34 サフィールと証書
「サフィール!」
扉が音を立てて開く。
「ライアスっ⁉ なぜここに」
驚くサフィールと、
(五大侯全員はそろってないのか)
警備が手薄になった門から侵入し、サフィールの思惑を阻止すべく、城の会議室まで急いだゼノたちだが、例の議会とやらの
(ローズクイン侯に、ビスホープのおっさん。魔導師団長はベルルーク当主の代理で、グランのじいさんは欠席か)
ぐるりと周囲を見渡せば、そのほかに数人の大臣と高官たちの顔がある。おそらく代々的にライアス王子を捕らえる算段だったのだろう。
ざわざわと幾つもの声がその場を包んだ。
「ゼノ」
掛けられた声に、横を向けばロイドが立っていた。
彼もまた、侯爵家リーナイツの当主であり、王佐としてもこの会議に列席していた。
その手には数枚の書類が握られている。
「———! それ貸してください!」
ロイドに駆け寄り、書類を奪う。
「こらっ」
ロイドの呼びとめを無視して書類をみれば、決議書と書かれたものだった。
内容は『第四王子ライアスを捕縛のみ、東塔にて幽閉』とある。
「こんなもの!」
ゼノはびりびりと紙を破いた。
すぐに鋭い声が飛ぶ。
「なにをする! 貴様!」
ビスホープ候が叫んだ。相変わらず趣味の悪いスカーフだ。
「見張りはなにをしている! はやく捕らえなさい!」
サフィールが部屋の外に向けて怒鳴った。
だが生憎と、見張りはすでに気絶させている。彼らが入ってくることはない。
そこでゼノはサフィールに言い放った。
「やり直しを要求する! ライアス王子はピナートの件に関わってはいない!」
一瞬の静寂のあと、サフィールが唇をきつく噛み、こちらに指を向けた。
「……なにを根拠にそのようなことを。ライアスが魔石を集め、ピナートの反乱分子へ流していたことは判明している! 当然、売り買いの現場も調査済みだ。白髪の男と幼い少女が魔石を運んでいたとの証言もある。それは君だろう、ライアスの補佐官殿!」
「違う! そんなの、ただのでっち上げだ。証拠なら——」
「待て。ゼノ」
「王子」
ゼノの前にすっと手が伸びる。
制止するように一歩前に出て、王子は静かに口を開いた。
「サフィー兄上。残念ですが、捕まるのは兄上のほうです」
「ぐ……ライアス……」
「兄上はイナキア側から魔石を買い、ピナートの者へ流していた。国家転覆の手助けをした。それは間違いないはずです」
「なにを馬鹿なことを。それは君だろう? ライアス」
「いや——」
そのときだった。フィーが扉から顔を出し、その横にはまっすぐにサフィールを見るペリードが立っていた。
「証拠、持ってきた」
フィーが王子に一枚の書類を渡す。
「ペリードくん、君……」
あっけにとられた様子でサフィールがペリードを見る。
「……申し訳ありません、殿下。やはり僕は貴方が道を踏み外すところなど見たくはありません。イナキアとの怪しげな商売など、どうかお考え直しください」
真剣な面差しで、彼はサフィールに諫言を言い募った。
それを無機質な瞳で一瞥し、王子は議会に提示した。
「ここに、魔石の誓約書と、購入記録がある」
右手にはいましがた受け取った書類と、左手には広場でサフィールから渡された記録書を掲げて、王子は皆に論を訴える。
「同日に同数の魔石が動いておる。なんとも奇妙な話だが、むろん偶然だと言い張るのもよかろう。しかし知っての通り、魔石はフィーティアが管理するもの。城の記録は偽れたとしても、あちらが管理するものは誤魔化せん。よってこの証書をもって、フィーティアに確認をとることを要求する!」
場が静まった。さきほどの喧騒が嘘のように、一同口を閉ざし、静寂がその場を支配した。
苦虫を噛んだような表情のサフィール。
その後ろでビスホープ侯が顔を青ざめ、ローズクイン侯と、魔導師団長が神妙な面持ちで口を結んでいる。
そこに、沈黙を破るロイドの声が重く響いた。
「ライアス殿下」
言って、彼は王子から書類を受け取った。
「このロイディール、王を補佐する者として、確かに証書をお預かり致しました。急ぎフィーティアへ確認を取りましょう。それまで両殿下は各私室にて御待機を」
王佐ロイドの言葉で、その場は一時解散となった。
◇◇◇
「いいんですか? あれで」
「なにがだ」
「あの場でサフィールを押さえないと、また何か裏でされるんじゃ」
「心配はいらん。ロイドが指示している通り、部屋の前には見張りがおる。余たちが外へ出られるように、サフィー兄上とて同じこと。調査が終わるまでは何も出来まいよ」
「調べるってすぐ終わるんでしょうか」
「ふむ……まぁ、もう夜だからの。明日の朝くらいにはわかると思うが」
「え、じゃあこのまま?」
あれから一時間が経過し、こうして執務室に待機している。
ロイドは私室と言ったが、正妃の子、サフィールのように城に部屋を持っているわけではないからと、いつも執務をとっている部屋で時が過ぎるのを待っていた。
流石にミツバはいない。
彼女は今回の騒動には関係ないからと、ロイドが別の部屋へ送った。
よってここにいるのは、ゼノと王子。ソファーで寝ているフィーに、その寝顔をまじまじと覗き込むリィグだった。
「お前……寝てるんだから邪魔すんな」
「いやー、かわいい寝顔だなーって思って」
「気持ち悪いからやめろ」
とくに表情を変えることもなく、真顔でフィーを凝視しているところがまた怖い。
コイツ、何気にヤバいやつかと思うが、どうやらあたっているようだ。
「うーん、あと五年したら超絶美人になりそう」
などと言っている。聞かなかったことにした。
(それにしても……)
サフィールの件でうやむやになっていたが、リィグはいつまで一緒にいるのだろうか。
「なぁ、リィグ。結局お前、オレたちについてきてるけどいいのか? 家に帰らなくて」
「えー? だから家も何も、憶えてないんだってば。マスター聞いてないでしょ、僕の話」
「いやだって」
星霊だとか言われたところで、半信半疑というものだ。猫に変身するさまを見れば、コイツが人でないことはわかる。
だが、いるのか? そんな存在なんて。
ゼノは腕を組み、斜め下に視線を落とす。考える時のいつもの癖だ。
(駄目だ。わからない!)
考えても答えに行きつかない。二度目だが、やはりここは何も聞かなかったことにして、ゼノは椅子にもたれかかった。
「暇だの」
「そうですね」
さきほどからいつ伝令がくるかと、あくびをしながら起きている。
王子の言う通り、朝方になるだろうがそこはわからない。ロイドのことだから、仕事が早いとみてもいいだろう。
「チェスでも打つか?」
「チェスですか? チェスはオレあんまり……」
正直にいって、ゼノは苦手だ。
まず決められたマスの目しか動けないという制限が厳しい。
その中で、手順を読まなければならない。とはいえ型が決まっているから、それこそすべての手さえ覚えていれば勝利する可能性は高い……が、そんなことは現実的に不可能だ。
ゼノがうーんと
「ではゴモクはどうだ? シオン兄上とは打っていただろう?」
「え、あぁまぁ……」
とはいっても、別に得意というわけでも無い。
だけどチェスよりは、かろうじで勝負にはなるはず。ゼノは「わかりました」と頷いて碁盤を用意した。
赤と白の陣取りゲームが始まった。
両者、黙々と石を置いていく。リィグはフィーの寝顔を見ることに飽きたのか、窓の外を眺めているようだ。静かにパチパチと音が鳴り響いて、三十分が経過した頃だった。
「……暇だの。何か話せ」
「何か……ですか」
話題がなかった。
記憶をたどり、話題を探す。痺れを切らしたらしい王子が話を振った。
「お前は薬に詳しいのか?」
「え? あぁ。そうですね」
急にどんな話題だと思ったが、ひとまず答える。
「すでに知っておるとは思うが、リーアは体が弱い」
「はい」
「普段はまぁ……あれの身体に負担がかからぬよう、エレノアには命じておるが、彼女も薬師の知識があるわけでは無いからの。とつぜんの高熱には対処が難しい」
「あぁ、あのひと」
確か姫からエリィと呼ばれていた侍女だったか。
「そこでだ。たまにで良い。お前にあれを診てやってほしいのだ」
「オレがですか?」
ゼノが驚くと、王子は軽く頷いた。
「城の医務官は腕が悪いとは言わんが、信用に欠ける。そのうえ呼んでも忙しいとやらで、来るのが遅くての。その間にリーアに何かあっては困る」
「あぁ……」
城には何人かの医務官がいて、彼らは軍医も兼ねている。だから王子の言うように、忙しいというのは間違っていないだろう。
腕のほうは、まぁ個人の感覚だから何も言わないが、王子が心配するのもわかる。
「——先日、あれが熱を出したとき、医務官めが出した薬では役に立たなかった。だが、お前が持って来た薬はよく効いた」
(いや、だってあれはなぁ……)
眉をよせて話す王子に、つい先日のことを思い出す。
高熱を出した姫。その様子を見にきた医務官は、ごくありふれた風邪の薬を処方した。熱が出たときは、発汗を促す薬を飲ませて休ませるしかないから、一般的な対応といえる。しかし、高熱を出している相手にそれは酷な話だ。
そこは解熱薬を出すのが最も良い策だけれど、ちょうど薬草を切らしていたらしく、出せないという。それで仕方がないから、フィーと一緒に城の薬草園から、熱さましのハーブを採ってきた。
(なんというか……)
王妃の薬のこともある。城の医務官はどうも在庫管理が甘いとみえる。
「どうだ」
王子が、ぽつりと声を落とした。まぁそれくらいなら、とゼノは思う。
「わかりました。対応ができるものに限られますけど」
「それで構わぬ——では、これで終わりだ」
決着がついた。六拾四目差で負けた。
(王子、つっよ!)
強い。強すぎる。自身が弱いのもあるだろうが、この差は酷かった。
「伝令です。ロイディール公が、会議室へいらっしゃるようにとのことです」
(来たか——)
ちょうど勝敗が決したところで、部屋の外から声がかかった。
ゼノたちはロイドのもとへ急いだ。
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