33 主を諫めるのも臣下の務め

「証書?」


「誓約書のことだ」


 ゼノが「えっ」という顔をしたからだろうか、王子が補足で説明してくれた。


「魔石の売買には、フィーティアと交わす誓約書が必要なのだ。それを証書という」


 王子の言葉に、ペリードが付け足す。


「ほら。宝石を買うと、本物かどうかを示す品質証がつくだろう? それと似たようなもので、魔石の品質が書かれた紙があってね、そこに魔石を悪用はしないという誓いのサインをするんだ。それのことだよ」


 いや、知らないし。魔石も宝石も買ったことはないし。

 ゼノはそう思うも、ペリードの話に王子が頷き、淡々とつづきを話した。


「城の帳簿上では余の名前になっておるが、誓約書には直接購入した者のサインが書かれる。これはフィーティア機関が発行しておるものゆえ、嘘偽りは書けない」


「嘘偽りって、どうやって判断を……」


「……買って数日以内にフィーティアから確認の連絡がくる」


「なるほど」


 それはよく管理が行き届いている。

 魔石は各国で扱える量も決まっていると聞くから、個々人ここじんかんで独占しないようになっているのだろう。


 ペリード曰く、二枚組の紙にサインを入れ、自身とフィーティア側で一枚ずつ保管するとのことだった。なんでも書類は合わせ絵になっているらしく、失くしてしまうと万が一のときに困るのだそうだ。


「まぁ、流石に本人の名では買わんだろうから、従者の誰かの名であろうが十分だ。どうせ兄上の性格上、証書は捨てずに取っておる。購入の日付さえ合えば、簡単に証明が取れる」


「確かに」


 ゼノが驚いていると、同時にミツバも目を丸くした。


「ライアス、おまえ頭いいわね」


「普通です。姉上」


 フィーがこくんと頷いた。

 そこで、これまで静かにこちらの経緯を眺めていたリィグが言った。


「ねぇ、話がまとまったなら早く行こうよ。もうすぐ日が暮れるよ?」


 空をみれば、わずかに赤みがさしている。

 王都へ急いで、着くのは夜といったところか。だがちょうどいい。

 闇に乗じて中に入ってしまえばこっちのものだ。


「ところで、ゼノ。そっちのものは誰だ?」


「え、コイツ……は」


 よし、行くかと思ったところで、王子がリィグに視線を向けた。困った。


(星霊とか言ってたけど……そのまま伝えて頭がおかしいとか、思われたらどうしよう)


 王子の問いに、ゼノが答えに窮していると、リィグが片手をあげて笑った。


「リィグだよ。さっき、マスターに拾われた猫だよ」


「マスター?」「猫?」


 ゼノとミツバは声を揃えて言った。ちなみに「猫?」と言ったのがミツバだ。


「うん。君、さっき僕と契約したからね。まだ仮だけど、隣人マスターって呼ぶことにするよ。それから猫ってのは、ちょっと待ってて——」


 突如、ボンっと煙が舞った。


 するとすぐに金色の猫が「みゃおー」と言って現れた。


「「猫!」」


 またしても、ゼノとミツバの声が重なった。


「ふむ。なるほど、化け猫か」


 王子は納得したように頷くと、「行くぞ」とひとことだけ言って、来た道を歩いていった。


(え、反応それだけ?)


 あまりに淡泊な対応に驚きつつも、「まぁ王子だしな」と、ゼノはある意味安心した。いっぽう、後ろでは目を輝かせたミツバがリィグに詰め寄っていた。


「ど、どうなってるの⁉」


「おっと、これはなかなかの美人さんだね」


傾国けいこくの美少女って呼んでいいわよ!」


「傾国の美少女」


(…………)


 これは、何の会話だろうか。

 半分呆れて見ていると、リィグは自分に尋ねてきたように、「ねぇ、君。僕とどこかで会ったことある?」とミツバに聞いていた。

 そんなふたりを一瞥いちべつし、王子がゼノに視線で命じた。


『さっさとつれてこい』


 ゼノは樹のツルでペリードを縛り、王子のあとをついていった。

 その際、うなだれる彼にゼノは何も言えなかった。



 ◇◇◇



「うーわ、兵多すぎ。どうやって入るのよ? あれ」


 王都の正門前。強固な守りを目にしてミツバがうなった。

 すでに陽は落ち、正門前には松明たいまつがくべられ、橙色の灯りがぼんやりと城壁を浮かび上がらせていた。兵は十五人。突破できなくはない人数だが——ゼノはさっと上空を見る。

 城壁の上部、そこにも兵士が配備されている。そちらはもう少し多い。


「どうって言われても、そうだな……」


 暗がりを盾に、門近くにとめられた馬車からのぞく。

 城壁三枚分はありそうなほどに分厚い石壁。それでぐるりと囲まれた王都は、高い防御性に特化している。さらに正門前には水路もあり、簡単には侵入できない造りになっていた。


「やる気ないな、うちの兵たち」


「そうね。夜だからみんな眠いのよ、きっと」


「そういう問題?」


 ゼノはミツバと並び、兵士たちを観察した。立ち並ぶ彼らの顔は、いささか緊張感に欠けている。あくびをしたり、談笑したり。まったくやる気が見られない。


「おい。無駄口叩いている暇はないぞ」


「すみません」


 うしろから、王子のとがめるような視線が硬く突き刺さる。


「さて、どう進むかの」


「うーん、そうですね……地下水道を使うのはどうですか?」


「ふむ。地下水道か……」


「えぇ、確か城にはいくつか隠し通路がありましたよね。そのうちのひとつに、貧民地区と繋がるものがあったはずです。ひとまず、門の中に入ってそこから城へ向うのは?」


「いいわね、それでいきましょう!」


 ミツバが同意した。


「待って。その貧民地区とやらに行く前に、結局その門を通らなきゃだよね? どうやって通るのさ」


 リィグが言った。

 それまで賛同していたミツバも「確かに……」とつぶやいた。


「面倒だの。正面から蹴散らしていくか」


 王子が一歩前に出た。その肩を急いで掴む。


「待ってください、それは流石に! なにか策を考えますからっ」


「なら、はやくしろ」


「はい……」


 圧のある視線を受けながら、ゼノは必死に頭をめぐらせる。

 そこで、フィーの手元が目にうつった。

 正確にはフィーに草縄を握られているペリードの姿が。


「……よし。こうしましょう。オレたちを捕らえたと言って、先にフィーを連れ、ペリードが門の中へ入る。その際に、近くでライアス王子を見たと兵に伝えてもらう。そうすれば、門にいるやつらも外へ探しに行くはずだから、その隙を狙ってオレたちも中に入る」


 なかなかいい案だろう。

 ゼノは心中で自賛しつつ、続けた。


「フィーは先に行ったら、そのままペリードとともに城へ潜入してほしい。そこで、さっき王子が言っていた証書だっけ? それを探してくれ。オレたちは、サフィールたちがいるだろう、会議室に向かうから」


「……りょーかい」


 ちらりと王子に目配せしたあと、フィーはペリードの縄を外した。


「……ゼノ、君」


 なんとも言えない表情で、ペリードがゼノを見た。

 ひどく疲労が蓄積され、影の差した顔だった。

 それを見て、まったくなんて顔してるんだ、と苦笑しつつ、ゼノは素直に思ったことを口にした。


「なぁペリード。お前がサフィールに恩義を感じているのはわかった。だけど、仕える主が誤った道に進もうとしている。だったら、それを正すのも臣下の務めだとオレは思うよ」


 一瞬ハッとしたように目を見開くペリード。すぐに目を伏せ、そらした。

 しかしそれでも、ペリードは言葉を絞った。


「……わかった。フィネージュ殿は僕と共に。殿下の部屋まで案内しよう」


 ペリードが何を思ったのかはわからない。

 だけど、なにかを決心したように口を結び、彼は門へ歩いて行った。

 その手には恰好だけは手と腰を縛られた、フィーの縄が握られている。


「ベルルーク家のペリードだ! ライアス殿下の護衛官を捕らえた。急ぎ、城へ連行する」


「は! ご苦労様です」


 兵たちはひと欠片かけらも疑うこともなく、ペリードたちを中へ入れたようだ。

 それどころか、縛られている少女を見て、あわれむ顔さえ見せた。


「うまくやったな。オレたちも行くぞ」


 王子、ミツバ、リィグが頷いた。

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