32 ペリード・ラン・ベルルーク
「ここにいたのか」
「王子!」
ペリードとの戦いを終え、ほどなくして王子と合流した。
側にはフィーとミツバもいる。
「ちょっとゼノ! お前なにやってるのよ。遅いじゃない」
「遅いって……落ち合う場所はここだろ」
「あっち」
フィーが首を振って
「あっちか……」
ゼノとしてはここにある大樹を示したつもりだったのだが、見事に全員との見解がすれ違っていたらしい。
王子が横たわるペリードに視線を向けた。
「その男は……確かサフィー兄上の補佐官だったか」
「えぇペリードです。ベルルーク家の」
「ふむ。息は……あるの」
王子がペリードの顔を覗きこんだところで、ペリードがゆっくりと
「ライアス……殿下?」
「問いに答えよ」
ひややかな声色で王子が言った。
「状況は……まぁ聞かなくてもわかるが。おおかた、余を捕まえるため、軍を率いてきたのだろう? 数は……魔導師含む、一師団規模。サフィー兄上は来ていない。今頃、城で
「……仰る通りです」
ペリードが
(すごい、なんでわかったんだろ)
流石は王子。先読みが鋭いというか、もはや超人の域に達している。
「リーアは無事か?」
「はい。姫殿下の安全は確保するようにと、サフィール殿下から厳命されております。もちろん離宮からは、お出にならないよう、お願い申し上げておりますが」
「そうか」
「では、もうひとつ。サフィー兄上は何を企んでいる?」
(企む?)
「なんのことでしょう」
ペリードは
「情報は入っておる。後継人であるビスホープをたびたび呼び寄せては、イナキアにいたくご
「————っ!」
ペリードの顔色が変わった。
「い……いえ。詳しいことは」
王子がじっとペリードを見る。三秒おいて、それ以上は聞き出せないと踏んだのか、傍らに立つフィーに命じた。
「フィー」
「ん」
王子の呼びかけにフィーが
すると、茂みからぞろぞろと
「——っ」
息を飲むペリード。
「お片付け」
ぽつりと告げられた言葉とともに、森狼が彼に飛びかかる。
まずい。
「待った!」
ゼノはペリードの前に立った。
狼がぴたっと止まり、その場で足踏みをした。彼らはしっぽを垂らすと、困ったようにフィーを見あげた。
「待ってください! 何も餌にしなくても!」
いくら何でも、同僚が狼に
「なぜだ?」
王子が問う。その瞳はひどく冷たい。
「なんでって……普通に捕えて、司法会議に掛けたほうが……。こいつの家、いちおう五大侯家ですし、のちのちベルルーク家に
「ふむ……それは確かに一理あるの」
「でしょう? だから——」
「いいんだ」
ゼノの声を
「どのみち、僕は失敗し君たちに捕まった。戻ったところで、到底サフィール殿下には顔向けできないよ」
コイツ……。
人がせっかく、助けてやろうと説得してるのに!
余計なことを話すなよと、ゼノは、じとっとペリードを睨んだ。
「それから家のことならば気にしなくてもいい。もともと
「……? なんでだ? 家にとってはいいことだろ。第二王子の側付きなんて」
ペリードが横に首を振った。
「魔導師は常に善悪の狭間に立つように、というのがウチの家訓でね。代々、どの派閥にも属することなく、ただ国王陛下へのみにお仕えするのがしきたりなんだよ」
「ふーん……?」
つまり。
王に仕えるべき立場なのに、王位争いに参加しているペリードを、家の者たちはよく思っていない。そういうことなのだろう。
コイツも案外苦労してんだなと、関係ないところで同情していると、王子が静かに口を開いた。
「お前の事情など、どうでもよい。余が聞きたいのは兄上の
重々しい、低い声。
答えなければ命は無い。
青ざめている。
ペリードの顔から血の気が引き、そのまま彼は地に
(すさまじく怖い……)
本気で怒っている。
いつも適当で、何事にも無関心。
ゆえに、そこまで怒ることも無い王子が、怒っている。
がたがたと手を震わせるペリードの隣で、こちらもごくりと
「それで、返答は」
「——————っ」
びくり。大きく肩を揺らし、ペリードは土を握りしめる。
やがて、すぐに苦しそうな声で彼は語り出した。ぽつりぽつりと。
「殿下は……僕の恩人なんです」
◇◇◇
相変わらず彼の話は長いので、要約するとこうだった。
ペリードは、魔導の家系である、ベルルーク家の三男として生を受けた。しかし生まれつき魔法の才が劣っており、ユーハルド軍の第三師団——通称魔導師団へ入ったものの、すぐに引退の形をとる。本来であれば、師団長である次兄を補佐するはずだった。しかし才能に恵まれない彼は、副師団長になるどころか、一線で活躍することもできない。それは彼の心に暗い影を落とした。
そんな折に声をかけたのが、第二王子サフィールだった。
サフィールは、彼に文官として国に仕えてみてはと提案する。軍でなくても、魔導の知識は役に立つからと——。
「だから僕は殿下に感謝している。最初は、リフィリア王女殿下にお仕えする予定だったけれど、サフィール殿下のもとへ変わったと聞いた時は、君には悪いが、それはもう嬉しかったんだ」
「うん……その辺は
あれから四十分が経過した。
刻々と語り出したペリードは、己の出生から今に至るまでを、すべて話した。
王子がゼノのうしろで腕を組み、とんとんと指を叩いている。
あれは言うまでもなく、不機嫌だ。
「企てか……すまない。それは正直わからないんだ」
(わからんのかい!)
あぁまずい。王子の眉間にしわが増えた。
「……ただ。ビスホープ侯爵とは、イナキアの商売について話されていたよ」
「商売……?」
「あぁ。いまあちらでは、遺跡の発掘が盛んでね。そこから出てくる珍しい魔導品——とりわけ
「魔動機……」
たしか、魔導品よりも大型のものの呼称で、大型の施設などに置いてあるものだ。
用途は水の浄化と、研究機材が多い。
いずれにしても一般に出回ったところで、需要があまり無いだろうに。
「なんでそんなものを……」
「それはわからない。だけど、魔石の開発とやらにも、興味を持たれているご様子で、怪しげな商談と取引しているのを見かけたことがある」
「魔石の開発……」
何のために?
ゼノは目線を下に向け、考える。しかし、すぐに思考は中断された。
「——まぁよい。目的はどうせ、
王子がペリードに視線をむけた。
「ついてまいれ」
「へ?」
ペリードが間抜けな声をあげた。
「王子、どこへ」
「城へ行く。そこの者には、フィーとともに証書を探させる」
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