25 ニアの森

「こ……ここまでくれば大丈夫か?」


 王都を出て、息つく間もなくやってきたのは、騎士学校時代に訪れた森だった。


(し……しんどい)


 頭がぐらぐらとする。大きく息を吸って、酸欠の状態から脳を回復させる。

 かたわらには涼しい顔のミツバと王子。それからフィーがいる。

 ミツバは事前にフィーと打ち合わせていたようで、森の入り口に到着すると王子たちもいた。


「なんなのよアレ! 何でサフィー兄様が軍を差し向けてくるわけ⁉」


 甲高い声を張り上げるミツバ。

 なんでコイツはこんな元気なんだ?


「それで……はぁ、王子、さっきの……何だったんですか?」


 ゼノは息も絶え絶えに聞く。すると王子は一枚の紙をこちらにみせた。


「これだ」


「……購入……記録、書?」


 受け取って内容を確認すれば、どうやらそれは王子が私的に買ったらしい物品の記録書だった。


「そこに魔石を買ったという記録がある」


「魔石……あぁ、ほんとだ。王子、魔石なんか買ったんですか?」


「買っていない」


「……え、でも」


「よく見ろ。その名、余の字ではない。お前が書いたのではないか?」


(オレが?)


 見れば、流れるような筆跡だった。王子も大概たいがい字はうまいが、それよりもうまい。

 フィーの字か?

 ゼノは達筆ではないし、思い当たるのは彼女くらいだ。だけど、以前渡されたメモが読解不能のみみず文字だったから違うだろう。

 では誰がと逡巡しゅんじゅんしたところで、ミツバがぽんと手を叩いた。


「それ、あたしが書いたやつ」


「お前かよ!」


 そういえば。

 コイツは性格に反して、意外と綺麗な字を書くんだったなと思い出して、理解した。


「あ、なるほど……これ、あのときのやつか……」


「あのとき?」


「先月のことです。王子が離宮に戻られた時に、至急確認が必要な書類が回ってきたんですよ。これ、その時に見たやつです」


「……ふむ。そこでなぜ余を呼ばないのか、ということはさておき。なるほどの。サフィー兄上もやってくれる」


「どういうこと? 説明しなさい、ライアス。なんで兄様が兵を向けてくるのよ」


「単純に。サフィー兄上にとって、余の存在が邪魔なのだ。おおかた今回のこれも、兄上が魔石を買い、ピナートの連中に流したのであろうよ。騒動がおこり、以前より叛意はんいを抱く連中を捕らえれば兄上の功績になる。そのうえで体よく罪を被せ、余を排除する。あの人が考えそうなことだの」


 王子の言葉にフィーが頷いた。


「そうか……宝剣を見つければ、王子が次期国王になる。サフィールにとっては、政敵になるのか」


「へ? 何言ってるのよ、次の王はルベル兄様でしょ」


「いや。多分だけど、レオニクス王はルベリウスを選ばない。選んでいれば、すでに王太子に定めているはずだし、なにか理由でもあるんだろ。だから、剣を見つけてきた各王子、もしくは姫を正当な後継者にする、という宣言を半年前に出した。違いますか?」


「うむ。おそらくそうだの」


「なにそれ、聞いてない!」


「え、そうなのか?」


「聞いてないわよ! そんなこと!」


「いや……オレに怒られても」


 どうどうとゼノはミツバをおさえる。


「それは姉上がリーナイツに軟……いえ、いずれサクラナの巫女を継ぐからであろう」


(巫女?)


「それはまぁ……そうだけど。でもだったらそれはそれで、ロイディールのやつ教えてくれてもいいのに」


 まさか、コイツも王位狙うつもりか?

 一瞬頭によぎったが、王子の口ぶりからそういうわけではなさそうだ。

 それにしても。巫女を継ぐ、というのは何なのだろうか。


「まぁ……ともかくだ。そもそも兄上は、父上の言が出る前から刺客を送ってきていたからの。いまの状況をかんがみれば、当然といえば当然だの」


 兄上はあれで小心者なのだ、と頷く王子の背に、フィーがさっと移動した。


「フィー? どうし——」


 ——とす。


 地面に矢が突き刺さった。


「追っ手か⁉」


 距離にして数十。弓を引く兵の姿があった。数は六人。

 その後方には、土煙をあげながら追ってくる部隊がみえる。


「——っち。とりあえず、木のうしろへ!」


 ひょうのように降り注ぐ矢に、ぱっと木の影に隠れる。


「奥へ逃げましょう。森の中なら、草木が矢避けになる」


「待て。このまま進んでも追いつかれよう。二手にわかれ、敵をかく乱する」


「了解です。なら落ち合う場所は、あそこに見える大樹の下で。班分けは——」


「わかったわ! じゃあ、あたしはあっちへ行く!」


「では余はあちらに」


「フィー、ライアスと一緒」


「え! まっ——」


 各々、自由に走っていった。


「そして早い!」


 ここまで全力で逃げてきた。疲労困憊ひろうこんぱい。そんなにすばやく動けるはずがない。

 だというのに、ゼノを除いた全員が早い。なぜ。


(もしかしてオレだけ体力が無い……?)


 いやでも、怪我の治りかけだし。

 ゼノは心の中で言い訳をしながら走り出した。



 ◇◇◇◇◇



「で、ミツバはどこだ?」


 可能な限りで走ってはみたが、どうやらまだ追いつかないらしい。

 王子のほうにはフィーがついていったから、ゼノはこちらにきた。

 あたりを見れば、さきほどまでの森とは違い、何かの施設のなかだった。


(まさかのオレ迷子?)


 いやまさか。

 ここにくるまで、確かに入り組んだ木々の合間を抜けてきた。

 いちおう、これでもミツバの足音を追ってきたのだから、間違いはないだろう。

 なにせアイツの走りかたは騒がしい。


 あんなんでも姫なのだから、もう少し淑やかに走れないのかと思うが、こんな時に限っては役に立つ。茂みの揺れる音が、どの方向へ行ったのかと知らせてくれる。


「旧時代の遺跡か……」


 以前はわからなかったが、こんな場所があったのか。


 しげしげと見回す。遺跡のなかは荒れてはいるものの、状態は意外と良かった。

 窓からは木の根が入り込み、それが天井やら床やらまでめぐっている。そのせいで足元をとられることもあったが、幸いあちこちに光石が輝いており、視覚には困らない。

 壁に手をつき、こつこつと爪ではじく。


「はじめて見るけど、変わった建物だな」


 なんの素材で作られているのか。木や石とは違う、硬く平らな白い壁。薄汚れていて、わかりにくいが、ところどころに方向を示すような印がある。だからだろう。広いとはいえ、そう迷うような造りではなかった。

 

 小部屋が幾つもある様子から、診療所か研究所の類じゃないかと思うけれど、それにしても頭痛がひどい。


 どくどくと脈を打つ頭部。せりあがってくる吐き気。

 ここは、気分が悪い。

 よく考えれば、この森はあのときの場所だ。

 黒い獣に、ぐしゃりと落ちる肉と血だまり。助けを呼ばれたのに動けなかった。


「——は……とりあえず進むか」


 いまのところ兵たちが追ってくる音はしない。

 はやくミツバを探して、合流しよう。ゼノは足を早めた。

 その横を黒い光蝶スピルがひらりと待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る