24 魔石騒動

「火……? 嘘だろ、魔導品ばいかいがないのに」


「よく見ろ。魔石に直接文字が刻んである」


 驚くゼノに、王子が冷静な声で言った。


(文字?)


 青年が手に持つ魔石をみれば、確かにはっきりと古代語らしき文字が浮かんでいる。


「はは! 流石は新式のものだけある」


 魔石のまわりを炎がゆらめく。青年は告げた。


「この場にいる者たちに危害を加えられたくなければ、仲間を放せ! いますぐにだ!」


 青年の言葉に兵たちが顔を見合わせ、ひとりが青年をおさえようと前へ出た。


 そこに、


「ぎゃっ!」


 ごうっと、火柱がのぼった。

 兵と青年を隔てる火壁ができた。激しく燃えさかる炎に兵は怯み、数歩うしろへとさがった。途端、広場はパニックになる。あちこちからあがる悲鳴と逃げ惑う人々。それらを捕らえるように、再度火の手があがり、青年が怒鳴った。


「動くな!」


 民衆を逃がさないとばかりに、炎が広場を囲う。


(どうする、この状況……!)


 迂闊に動けば、この場ごと焼き払われかねない。


「大丈夫ですか!」


 炎に驚き転んだらしい老婆に、誰かが駆け寄った。

 そこで老婆の前方の、広場の噴水が目に入った。青年は魔石をかかげながら、噴水近くまでやってきた。


「……! よし!」


「ゼノ⁉」


 ミツバの声を背にゼノは走り、ざぶっと噴水へ左手をつっこんだ。

 瞬間、腕輪が光り、風と共に水霧すいむが舞う。


「なに⁉」


 焦ったような青年の声。炎は静まり、勢いが弱まった。


「今だ、フィー!」


「んっ!」


 叫べば、ゼノの横を駆け抜け、フィーが彼の顔を蹴り飛ばす。風のように流れる動作。いつもながら驚くほどに速い。


「くそ……」


 青年がよろめき、その手から魔石がこぼれ落ちる。からんと石畳に響き、ぴしりと音を立てて割れた。


「これで詰みだ。おとなしくしてもらおうか」


 フィーに背後から鎌を突きつけられ、動けない青年へゼノは言った。


「ぐ……」


 彼は青ざめ、ずるずるとその場にへたり込んだ。腰を抜かしたらしい。合わせるように、首元をおおうう刃も下がっていく。それを見た青年の仲間たちも悔しそうに顔を歪めた。


「よくやったの」


 王子がゼノのもとへ歩いてきた。見れば手には魔石の入ったかばんを持っている。いつのまにか確保していたらしい。


「あとはこれで——」




「——総員ライアスを捕らえなさい!」




 地鳴りに近い数十もの足音。突如多くの兵に囲まれる。


「な……」


 ゼノは言葉を失くし、その場に立ち尽くした。


「なんの冗談でしょう、サフィー兄上」


 王子が抑揚よくようのない声で言った。

 兵たちが左右二列に並び敬礼する。その真ん中を、重々しく歩いてくる騎士がいる。

 第二王子サフィールだ。

 その後ろには彼の筆頭補佐官だろう、初老の男が付き従っていた。


「残念です。ライアス。まさかあなたが国家転覆を目論んでいたとは」


 深い憂いを帯びた声。サフィールが口を嚙みしめ、補佐官に指示を出した。


「例のものを」


「はっ!」


 補佐官が一歩前に出て、ライアス王子に何かの紙を渡す。


「……これは」


 王子が眉をひそめた。


(なんだ?)


 珍しく渋面を作る王子。サフィールが口を開いた。


「それが何か分かりますね? それは貴方が、さきの春先に使った金額です。計上書といえばわかるでしょうか。季節ごとに提示し、そこには買い求めた品々も記載される」


「むろん知っております」


「結構。では、そのサインは貴方のもので間違いありませんね?」


「そうだの。これは余の名前だ」


「……結構。詳しい話は城で聞きます。皆の者、連行しなさい!」


「はっ!」


 サフィールが兵へと目配せをする。


 そのときだった。

 青白い閃光せんこう。あまりのまぶしさに思わずゼノは目を閉じた。


「逃げるわよ!」


「はっ?」


 突如、誰かに大きく手を引かれた。


「ちょっ! 待って」


 ばたばたと、そのまま人混みをかき分け、広場を出た。

 背後からは敷石を蹴る音が響き、怒号が飛び交い、悲鳴までもがあがっている。

 しかし、うしろを振り向く余裕はない。


 駆けながら前を向けば、赤く長い髪が顔にかかってくる。それがミツバだとわかり、ゼノは静止の声をかける。


「おい、とまれ! いったい何が!」


「決まってるでしょ! 閃光石を使ったの! あのままじゃ捕まっちゃうもの、ひとまず逃げるわよ!」  

 

「王子は⁉」


「フィネージュが連れてる!」


 短く答えて、彼女はそれきり口をつぐんだ。その後ろをゼノは必死についていく。

 途中、大通りの人々に何事かと凝視され、ぶつかった相手からは罵声ばせいを浴びせられる。


 それを無視して、ひたすら疾走すること、ようやく正門前までやってきた。


「とまれ、そこの者!」


 門兵が立ちはだかった。

 どうやら、こちらのほうにまで命令が出ているらしい。


「くそっ! こうなったら力づくで」


「邪魔!」


 ミツバが兵たちに飛び蹴りをくらわせた。


「そこの者、とまりな——」


「邪魔!」ばきっ。


「とま——」


「どく!」ばきっ。


「待——」


「うるさい!」ばきっ。


(………………)


 開いた口がふさがらないとは、まさにこういうことだろうか。

 飛び出してきた門兵たちは、ことごとくミツバに蹴り倒されていく。

 その様子にゼノの顔が引きつった。


 ご愁傷さま、と心の中で呟きながらゼノとミツバは正門を通過した。

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