23 旧国ピナートの主張

 噴水広場につけば、例の演説が始まっていた。


「我々はピナート国の人間だ! 祖国を奪ったレオニクスを断罪し、公国を取り戻すことをここに宣言する!」


(うわー……)


 演説の主は若い青年だ。ゼノと同じくらいか少しうえ、といったところだろうか。

 彼の周りには同様に若い男たちが数人と、彼らを見に来た人だかり。それを巡回の兵たちが遠巻きに眺めている。


「そっか……流石に捕まえるまではできないのか」


 そう、街中での私闘(正当防衛以外)は禁じられている一方で、単なる見世物には干渉しない。過度なものこそ注意はしても、すべてを禁じてしまっては、それこそ広場に集う芸人たちが職を失ってしまう。だから、基本的には傍観のスタンスをとっている。


「ユーハルドの民たちよ! 我が祖国ピナートは四十年前、東の竜帝国が起こした大陸戦争に苦戦し、このユーハルドの庇護下ひごかに入った。それから数十年。農牧地として、貴公らとは苦難を共にしてきた。しかし!」


 青年は拳を握り、強く熱弁した。


「七年前のあの日、竜帝国が我がピナートの牧場を強奪した。それを取り返すべく、前線に立った我らを、あろうことかレオニクスは援軍に扮し、土地ごと敵と共に我らを焼き払ったのだ! これは裏切りである。許されていいものではない!」


「そうだ、そうだ!」


 高く拳をつきあげる青年に合わせるように、まわりの仲間らしき男たちが叫んだ。


「レオニクスは悪魔だ!」


「心無き王など、王ではない!」


「断罪すべきだ!」


 次第に加速するレオニクス王への憎しみの声。

 それを大多数の人間は冷めた目で見ている。一部、野次をとばし面白がる連中もいるが、この広場、ひいては王都で演説したところで非難の言葉しかない。案の定、ほとんどの人たちが眉をひそめるか、青年たちへ怒りの声をあげた。


「ふざけるな! レオニクス王は立派な王だ! お前たち裏切りの民とは違う!」


「そうだ! それ以上ウチの王様罵倒するなら、許さないぞ!」


 あちこちで、「帰れ!」「出ていけ!」と、人々が口にする。

 流石に青年たちもその圧に気おされ、少しばかり戸惑うようすをみせた。


(まぁ。だよなぁ)


 それだけ王は民から信頼されている。ゼノは人だかりの外から、王子たちとともに事の様子をうかがっていた。


「流石はお父上ね! みんなから愛されているわ!」


「うむ。あのような演説ごときで、揺らぐほど御父上への信は薄くはないからの」


 胸を張るミツバに、心なしか誇らしげに王子も頷いた。


「まぁ、そもそも無理がありますよね。歴史書には、『大陸戦争時ユーハルドの庇護下に入った』のではなく、普通にウチに負けて領地になったわけだし」


「そうだの。あそこは竜帝国との国境にある。それでなるべく穏便に済ませようと、彼らに温情を与えてやったにすぎん。焼けた土地の復興ふっこうから、負傷者の手当、農場地運営に金銭の援助。当時をかんがみれば、手厚い対応だったろうよ」


「ですね」


 さらにいえば、七年前の話もそうだ。

 牧場を奪った竜帝国軍を排除するべく、確かに村は焼き払った。

 しかし住民と、可能な限りの家畜たちは避難させたと聞いている。しかも、そのあとの復旧には力を注いだ。見捨てたわけでもないし、恨まれる理由はないのだが。


「さて、どう収めるか……」


 王子がわずかに思案顔で広場を眺めた。そんな彼にゼノはひとつ提案をした。


「ひとまず彼らを刺激しないように、説得するのはどうですか?」


「無理だの。話し合いで納得するような連中なら、そもそもこんな演説はすまい。それにこれだけ大勢の前に出ては目立つ。迂闊なことは出来ん」


「そうよ。お前バカなの?」


(うるさいな。穏便に済むようにと思っただけだっての!)


 呆れた目でみてくるミツバに腹が立ちつつも、王子の言葉に確かにそうだなと思う。


 現状、腹を立てた民衆たちが、青年たちと怒号を交わしている。もしここで王子が出ていったとして、好機だといわんばかりに青年たちに捕まりでもしたら……考えるだけで寒気がする。それになにより——


(——魔石……か?)


 彼らが肩から垂らす鞄には、リンゴ大の大きさの石がいくつか詰め込まれていた。

 おそらくそれは魔石。琥珀色に光っている。


(随分と大きいな。あんな大きさなんか見たことないけど……)


 大抵の魔石は小さい。なぜなら、魔導品には装身具そうしんぐが多いからだ。そこに付けるとなると、大きくとも硬貨程度。あれほど大きなものは、魔獣が持つ魔石くらいか。あまり刺激すると、なにをしでかすか分からない以上、王子の言う通り迂闊うかつな真似は控えたい。


「なるほどの。そういうことか」


 王子がぽつりとつぶやいた。


「……? なにがです?」


「お前たちが言っておったろう? 貧民地区で魔石を集めている輩がいると」


「あぁ」


「おそらく彼らのことであろうよ。正規の経由ルートでない以上、当然偽物や粗悪品も多く集まる。質の良いものは自分たちで使い、その他は住民へと配る。そうすることで、荷物になるぶんを処分しておったのだろう。なにせ、珍しいものだ。みなも喜ぶしの」


「それで……」


 あの場所は裏取引が盛んだ。一般的には出回らないものに出会うこともある。だけど代わりに偽物も掴まされるのだ。彼らとてそれは回避できない。ならばせめて有効活用を……と考えたのだろう。


「ふん、こそこそした連中ね!」


「そりゃあ、大々的には集められないだろうし……でもあれって高いものだから、そんな大金、あいつらが用意できるとは思えないけど……」


「それはこれから聞く」


 ゼノの意見に王子は、人々の中を割って入りずかずかと前へ進んだ。

 その後ろをフィーが人混みに流されないよう、器用についていく。


「え、ちょっと!」


 先に行く王子。手を伸ばすも彼は青年たちの前へ出ると足をとめた。


「そこの者。余はユーハルド王国、第四王子ライアス。そなたたちの演説は聞いた。しかしその内容には根拠がない。よって、我が父への侮辱罪ぶじょくざいとし、罰することとする。兵士たちよ、彼らを捕えよ」


「…………は、はっ!」


 いきなり現れた王子に、兵たちは口をぽかんと開けている。

 数秒たって、我に返ったらしい。兵たちは青年たちを囲んだ。


「王子! なんで前に出てるんですか!」


 ゼノはすぐに王子のもとへ駆け寄り、声を絞って言った。  


「さっき、説得はしないって言ったのに!」


「だからしておらん。単に捕えることにした」


(どっちも一緒だよ!)


 こんな風に堂々と民衆の前に出ては、目立つというものだ。

 おい、さっき迂闊なことできないって言ってたよな? 

 そう言いたかったが、口をつぐんだ。周りがざわざわと騒ぎはじめたからだ。


「ライアス様だって?」


「第四王子か!」


「へぇ、噂通りぽっちゃりしてんなぁ」


「あの銀髪の娘、やべぇ、かわいいぞ!」


 民衆が思い思い意見を述べた。

 これは早く彼らを捕まえて退散したほうがいいだろう。

 王子をとめるのはやめ、ゼノは事の顛末を見守ることにした。


「くそ! はなせっ」


「抵抗するな! おい、そっちも捕まえろ」


 兵が青年たちの腕をひねりあげる。当然ながら彼らは抵抗し、もみ合いになった。

 その最中で、魔石の入った鞄が落ちて、ごろんと魔石が転がる。それらを蹴散らすように暴れ、先ほど演説を行っていた青年が兵の手から逃れた。


「捕まってなるものか!」


 落ちた魔石へと手を伸ばす。その瞬間、彼の手から緋色の炎がほとばしった。

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