18 帰宅中の会話
「あれ、王子がいない」
城へ戻ると、王子はどこにもいなかった。離宮へ戻ったのだろうか。
「なによ、ライアスいないじゃない」
ゼノの後ろから、ミツバがひょこっと顔を出した。
(なんでついてくるんだよ)
あのあと彼女は「あたしも行く」と言って、ゼノたちについてきた。
「あの、ミツバ様」
「なに?」
「城へ来ても、いいんですか?」
なにせミツバは、リミュエル宮の事件以来、安全確保という名目で、リーナイツ領で匿われているのだ。実質は軟禁だが、それでも王城へ入ってなにかあっては困るだろう。
ゼノもいちおうは心配する。
彼女はシオンの姉であり、幼なじみのような間柄でもあるから。
「あたしに指図しないで」
「はい」
心配は無用だったようだ。
「それよりあんたその話し方、なに? なんでそんなよそよそしいのよ」
ミツバが
なぜコイツは、さっきから喧嘩ごしなんだよ。
そう思うも、ゼノはつとめて平静に話す。女というものは扱いが難しい。
「オレはもう城の役人なので、姫様相手に馴れ馴れしくはできないです」
「気持ち悪い」
ナイフのようなひとこと。彼女の態度に溜息が出る。
「で、王子はもう戻ったのかな」
「ん……たぶん」
机のうえをみれば、皿やら茶器やらが綺麗に片付いている。
入れ違いだったな、と肩を落とし、ゼノが執務室から出たところで、
「失礼します! ライアス殿下に書簡をお届けに参りました」
二十代くらいの政務官だ。書類を持ち、元気にはきはきと喋った。
「殿下に書類の確認をお願いしたく、御目通りをお願いできますか!」
「お疲れ様です」
対して、ゼノはごく普通の
「王子殿下は本日離宮へお戻りになりました」
「そうですか……」
その政務官はみるからに、しゅんと落ち込んだ。
「急ぎですか?」
聞けば、すぐに大臣へ回さなければならない書類らしい。
代筆でもいいというので、ざっと書類に目を通す。
(……豊穣祭、上納予測か)
豊穣祭の時期は、いつもよりも商いが盛んになる。だから売上分から祭税として徴収する仕組みになっていた。とうぜん商人たちには良い顔をされないが、国としてはこの機会に金を絞っておきたいのだろう。
(あとは購入記録書……? 絵画に魔石に、なぜナイフが千本……)
ここ数か月で、王子が私的に買ったらしい物品の数々が載っている。
ひとまず変な数字はないと思うが、金銭が絡むことを勝手に処理するわけにもいかない。
これは王子案件だと判断し、「サインもらってきます」と言おうとして、ミツバに書類を奪われた。
「こんなんさっさと片付けなさいよ、まったく」
「おい、勝手に……」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
(なんてことを……)
意外と綺麗な字で、王子の名が書かれた書類を彼へと渡すミツバ。
驚きもせず礼を述べるようすから、その政務官は彼女が第一王女であることを知らないんだなとゼノは思った。
「あ、そうだ」
急に政務官は、思い出すように言った。
「ロイディール様から、伝言を預かっております」
「王佐から?」
「はい! ルナの葉があれば分けてほしいとのことです」
「ルナ……あぁ王妃様の薬か」
ルナの葉は心を安定させる。王が病床についてからというものの、王妃——つまりルベリウスたちの母君にあたる第一妃は、心が弱くなっていった。
いまでは、王以上に公の場に出ることはなく、城の奥へ閉じこもっているらしい。
おそらくロイドは、城の医務官に薬の材料が切れたと報告を受けたのだろう。あの葉は仕入れるのに時間がかかる。そこで薬づくりが趣味な自分に、駄目もとで聞いてみた。まぁ、そんなところだろうなと、ゼノはあたりをつける。
「わかりました。明日、お持ちしますとお伝えください」
「承りました!」
伝言を頼めば、政務官は嬉しそうに応じ、執務室から出て行った。
それを見送ったあと、ゼノは横を見て、
「お前ね……」
「いーじゃない別に。どうせ最後はルベル兄様が見るんだし、適当でいいのよ。あんなもの」
(そういう問題じゃない)
とはいえ、コイツに何か言うと面倒だ。ゼノはフィーへ体を向けた。
「じゃ、今日はこれで解散。お疲れさまでした」
「おつかれさま」
フィーが手を振って、部屋を出て行く。
ゼノもそれに振り返し——はしないが、鍵をかけ、帰宅した。
◇◇◇◇◇
「あー疲れた」
城からの帰り道。すでに陽は落ちて、あたりは暗い。
ゼノは人混みを避けるため、噴水広場の端を歩いていた。
今日は祭りの最終日だ。みな仕事を早めに切り上げ、酒を飲んでは騒いでいる。
あちこちに
「今日は変なやつらに会うし、ほんとついてない」
月がかげった空を眺めながら、今日のことを思い出す。
(あの獣ような男はいったい……)
あれは、普通では無かった。
動きのそれが常人ではないし、なにより首を切られて動けるとは。あれだけの血を流し、走り、痛みを感じないのか。理解できない出来事だった。
「………………」
はーっと息を吐く。
「……あまり大きく事件にならないといいけどな——で」
ゼノはくるりと振り向く。
「いつまでついてくるんだよ」
うしろをみれば、赤毛のじゃじゃ馬姫、もといミツバがいる。
ゼノは再度ため息を落とすと、何も言わない彼女に前へと向き直った。
こつこつこつと、歩くこと二十分。
すでに家の近くまできた。この辺りは広場から離れた場所だからか、わずらわしい音は消え、比較的静かだった。そこに、ひたすら自分とミツバの足音が響く。
(え、これほんとに、どこまでついてくる?)
いつもよりも静かな彼女に恐怖すら感じつつ、少しだけうしろを確認する。
まずい。目があった。
そこでやっと、ミツバが口を開いた。
「ねぇ。今日泊めてよ」
………は?
(今、なんつった?)
家に泊めろと言ったのだろうか。聞き間違いでなければ、どういう神経での発言なのか、聞き返したかった。——いや、聞いた。
「なんで?」
「泊まりたいから」
「あ、そう」
答えになっていなかった。ひとまず、至極まっとうに「嫌だ」と断れば、ミツバは眉間にしわを寄せて口をとがらせた。
「なんでよ」
「だって、お前泊めたら棚とか壊されそうだし、絶対嫌だ」
なにせ、部屋に多くの薬品がある。うっかり壊して、液体が混ざって危険なガスが……ということもありえなくはない。もちろん、保管には気をつけてはいるが、それでも誤って、薬草やらを水浸しにでもされたら、堪ったものじゃない。
「壊さないわよ、失礼ね」
「嘘だね。お前が城のドアノブ、壊してるの何度か見てるもんね」
「あれは! 老朽化のせいよ」
「いや、お前だよ。お前の馬鹿力のせいだから」
ゼノの言葉にミツバが黙った。勝った。これで諦めてくれれば助かるが、と彼女のようすをうかがえば、
「なるほどね」
にやりと嫌な笑みを浮かべて、ミツバが言った。
「そうよね! あたし美人だもの。同じ部屋に泊まったら、どっきどきよね」
とりあえず呆れた。どっきときとは、変な言語を使う。
(頭……大丈夫かな、コイツ)
自信満々にのたまう彼女は、こちらの呆れも知らずいい笑顔だ。
この状況が長く続くのも、御免こうむりたいので、ゼノは代替案を出した。
「城に泊まれば」
そう言って、少しだけ後悔した。
ミツバが一瞬泣きそうな顔をしたから。よく考えれば、リミュエル宮はもうないのだ。
まして、いくら城のほうへ泊まるといったって、肩身は狭いだろう。
あの離宮にいた侍女も使用人も、あの事件で何人も死んだ。生き残った者も、ほとんどが職を変えたり、故郷へ帰ったと聞く。
ぱちんと、
「……悪い」
気まずくなり、謝る。すると、ミツバがぽつりと言った。
「お金……持ってないの」
「金?」
問えば、しばしの沈黙後、ミツバが顔を赤くして叫んだ。
「しっ、仕方がないでしょ⁉ 急に向こうを出てきたから、お金なんか持ってないの! ここまでだってねぇ、途中で獣を狩ったり、鳥を落としたり……苦労して王都まできたんだから!」
そうだったのか。それはまたなんというか。
(サバイバリィな冒険……)
前提として、よく無事に王都へ着いたものだと感心する。
「うぅ……」
ミツバは言いたくなかったのに、というような表情で地面をみつめた。
「……………はぁ」
ゼノは懐から革袋を取り出す。昼間盗まれた財布だ。情けないことに、あのあと、フィーが金を貸してくれたので、ある程度の貨幣が入っていた。
それをミツバへと放り投げる。
「ほら。それやるから、どっかの宿にでも泊まれ」
「いいの? お前ケチなのに」
「…………いらないなら、返せ」
「い、いる!」
渡した財布袋をぎゅっと握りしめ、「ありがとう」とミツバが笑った。
「じゃあな」
そこでゼノとミツバは、別の方向へと歩いていった。
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