幕間-ふたつの影

「行ってしまいましたね」


 路地のうえ、屋根にふたつの影がみえる。


 ひとつは線の細い少年で、やや長めの赤い髪を、風にたなびかせている。

 もうひとりはフードを深く被った女だ。こちらは顔がみえない。

 彼らの目の先には、いましがたやってきた巡回の兵士の姿がある。


「まさかミツバ様の邪魔が入るとは、不覚でしたね」


「別に構わないのだわ。目的は達成できたわけだし」


 そう言って女は、懐から暗器を取り出すと兵士にあてた。

 その後、ひらりと路地へ降りると、床に転がる白い男の側にしゃがみこんだ。

 男の腹部には、丸くぽっかりとした穴が開いている。


「うわー、エグっ。あのお姫様、怪力すぎじゃない? 素手よ、素手」


「そうですね。噂には聞き及んでいましたが、なかなかに元気な御方だ」


 女にならい、少年も路地へと飛び降りた。


「……それにしても、やはり手足の数本くらい折っておくべきでしたか……」


「えー、お姫様を? それは流石に怒られるんじゃない?」


「いいえ。あの、白髪頭のほうです」


「あぁ、彼……」


 女は、少年の物言いに目を細め、可笑しそうにぷっと吹き出した。


「それって私怨? まったく男の嫉妬は醜いのだわ」


「違います」


 ムッとした表情で少年が答えると、「ま、なんでもいいけど」と彼女はつぶやき、倒れた大男の胸部を短剣で引き裂いた。


 ぶちぶちと肉の断つ音。

 その胸部。正確には心臓を、彼女は素手で鷲掴みにする。

 ずるりと伸びる、血管やら白い糸。

 引きずり出されたそれを見て、少年は眉をひそめる。


「気持ち悪くはないのですか?」


「気持ち悪いわよ?」


 どくん、どくんと脈立つ心臓。

 赤く染まった女の手には、肉体を離れてもなおも動く肉塊が乗っている。

 そこからぐりっと、丸い宝玉のようなものをえぐり出した。


「回収完了。ほらどうぞ」


 女が少年に宝玉を投げた。

 それと同時に、さぁーっと白い灰が風に流れる。

 大男の身体が崩れ落ち、灰へと転じたのだ。少年がうっとおしそうに手でちりを払った。


「じゃあね」


「お待ちを。どこへ行くのです、長殿」


「我らが光に報告してくるの。これでもあたし、まとめ役だから」


 ひらひらと手をふって女は言い、そして振り返る。


「そうそう。今度『長』って呼んだら殺すから」


 にこっと微笑むその姿は、どこか狂気じみている。


「……失礼しました。ロビン殿」


 少年が詫びると、彼の前から女は消えた。


「さて——」


 側には気を失った兵と、赤毛の姫に絡んだ男たちが倒れている。

 それにちらりと視線を向けたあと、少年は屋根へと飛びあがった。


「私もあの方に報告しなければ」


 空には、夜を知らせる星が光りはじめていた——

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