17 路地裏での会話
「……ありがとうございます。ミツバ……様」
「ふふん! もっと
なにやら偉そうに胸を張る女。
あたりを見れば、倒れた男たちが気を失っている。
息はあるようだ。確かに急所は外してあるらしい。血がどくどくと
(面倒な奴に会ってしまった……)
「あの、なぜ王都に? リーナイツ領にいるんじゃ……」
「シラオウを探しに来たのよ」
「しらおう? 人ですか?」
「違うわ、笛よ笛。真っ白な笛でこう……サクラの花模様が描かれたやつ。おまえ何か知らない?」
(白笛に……サクラ?)
そんな珍しいもの、一度見たら覚えていそうだが、
「見てませんけど」
「——ちっ。使えない男ね」
(えぇ……)
盛大に舌打ちされた。
姫という立場のくせに、それはどうなのだろうか。
呆れながらミツバの顔をみれば、その
(…………?)
そんなゼノと彼女のやりとりを見ていたフィーが、ぼそっとつぶやく。
「誰、これ」
フィーをみれば、いつもと変わらない無表情だ。
「あれ? フィーは知らないのか? この人はな——」
「ちょっと。誰とは失礼ね、
説明しようとして、ミツバが遮った。
「異人……じゃない。フィー」
(珍しくフィーが怒ってる……)
異人とは異郷帰りの
ミツバの言葉に、流石のフィーも腹を立てたらしい。眉間にしわを寄せている。
(なんだかよくない雰囲気……)
ミツバが腕を組み、フィーを見下ろし、反対にフィーはムッとした顔で見上げている。
まさに一触即発。そんな空気が漂っている。
流石にまずいな。
ゼノは仲裁に入った。
「第一王女ミツバ・ソラス・ユーハルド。シオン王子の姉姫だよ」
「第一……敵」
「なんでそうなるのよ! というかおまえ、ライアスのとこの付き人でしょう? 一度会ったことあるわよね。なんで知らないわけ!」
「フィー、興味ない……ひと、覚えてない」
(あぁ……)
ミツバの鬼のような、否、鬼そのものの形相になった。
空気が読めないのか、読んだうえであえて言ったのか。真意は定かではないが、フィーは可愛らしく首を振った。
「く……ちょっと小さくてかわいいからって、おまえっ——」
「な! それはまずい! 子供相手にそれは駄目だから!」
ミツバが手をふりあげる。
ゼノはふたりの間に入る。結果、殴られる。
「痛っ!」
「なんでとめるのよ!」
「当り前だろ……」
ぶたれた頬をさすりながらゼノはミツバを見る。
まだ目をつり上げて怒っている。なにをそんなに機嫌が悪いのか。
よくわからないが、そのようすに吐息を落とす。
(相変わらずのじゃじゃ馬……)
彼女はなんというか、昔からとても活発な姫だった。
ゼノがシオンと遊んでいると「あたしの弟を取らないでよ!」と突然殴ってきたり、「今日はクッキーを焼いてみたわ!」といっては、炭を食べさせられる。
正直あまりいい思い出が無かった。
「……はぁ、まぁいいわ。それより、ここで何をしていたの? この辺は兵士崩れの連中が集まるのに、危ないじゃない。さっきも襲われていたみたいだし」
「ちょっと探しものを」
「探しもの?」
「王子に言われて、黒い剣を持つ辻斬りを探しているんです」
「黒い剣って
「……まぁ」
「ふーん」
そういって、
「なんでおまえがライアスの従者と? たしかグランポーンにいるって聞いたけど」
「それは以前の話。いまは城でライアス王子の補佐官やってます。ほら」
ゼノは自身のローブに描かれた印をミツバに見せる。
「……銀の……蝶?」
銀の蝶は、ライアス王子の直属を表すマークだ。
というのも、ユーハルドの王族は、
第一王子ルベリウスが赤い猫。
第二王子サフィールが青い
第一王女ミツバが紫のクローバー。
現国王レオニクスは金色の獅子となっており、第五王子ヒースと、ライアス王子の妹姫——第二王女リフィリアは、まだ十五を迎えていないため、持っていない。
シオンも同様の理由で、紋章はなかった。
ミツバは、ゼノのローブを見ると声色を落として言った。
「……そう。つまりは他の派閥に、尻尾を振っているわけね」
「尻尾って……そういう言い方」
「なによ。間違ってないでしょ」
不満。
そう
(めんどくさ……)
この顔をした彼女を放置しておくと、さらに機嫌が悪くなる。
大抵は、菓子でも渡せば機嫌を直すが、いまは持っていない。さてどうするか。
(いいや、ほっとこう)
ゼノはすぐに結論に至った。
「フィー、戻ろうか」
「ん」
「あ、そうだ。先に軍に寄っていい? こいつらの手当と、そっちの化物は……まぁ
「ん」
頷くフィーに、ゼノは一歩足を踏み出す。
結局、黒剣の詳しい情報は聞けなかった。
ひとまず今日は帰って、また次の機会にしよう。
すねた彼女は見なかったことにして、ゼノはその場をあとにした。
「それじゃ、オレたちは失礼します。ミツバ様もお気をつけて」
「えっ? ちょ、ちょっと待ちなさい! ゼノ!」
(何も聞こえない)
ちょうど巡回の兵が近くを通ったので、経緯をはなし、現場へ向かってもらった。
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