15 貧民街の雑貨店
「どうも。金色の羽ペン探してるんだけど、ある?」
盗品屋——もとい『ロシェの雑貨店』
「ゼノか。いらっしゃい」
落ち着いた声で答えたのは、店主の女性だ。
長い金髪をひとつにまとめあげ、眼鏡をかけた知的な彼女は、ちょうど商品の鑑定中らしく、小型のルーペを片手に、丸いブローチを見ていた。
「こんにちは、ロシェさん」
「久しぶりだな、会うのは三年ぶりくらいか?」
ロシェが手をとめてこちらを見た。相変わらず大胆に開いたブラウス。そこから覗くきめ細かな白い肌と豊満なそれには、目の置き場に困ってしまう。ゼノは少しだけ目をそらして言った。
「……そうだね。城にあがってからは来てないから」
「城? なんだ、兵士にでもなったのか?」
「いや。政務官。いま、ライアス王子のとこで補佐官やってる」
「ほう、それはずいぶんと立派になったものだな。……どれ」
そう言ってロシェが、ゼノの頭にポンと手をおく。
「ふむ、前言撤回だ。全然変わらないなお前は。好き嫌いでもしているのか?」
「……それはどういう意味かな」
安易に背が低いと言いたいのだろう。ロシェはすらっと背が高い女性だ。
対する自分は、低くはないが高くもない。そう、微妙なのだ。きっと。
「なに。私の弟子と同じくらいだと思ってな」
「弟子? あぁ、魔導品の……」
ゼノは机のうえに置いてある剣をみた。
そこには何かの文字と図形が描かれた、魔法陣が刻まれている。
「ん? これか。これは、流れてきた魔導品だ。うちは盗品も扱うが、本来は
そういって、彼女はその剣を指でコツコツと叩く。
(たしか、錬幻術士……とかっていうやつだっけか)
彼女は古い魔導を
錬幻術士に関してはよく知らない。
何度か聞いたことはあったが、ゼノの記憶には残らなかった。だた、由緒ある古い魔導師のひとつだと聞く。
「でも弟子なんかいたっけ?」
「いるとも。遠縁の子でな。お前たちがこなくなってから、取った者だから面識はないだろうが……確かいまはアウロラ商会にいるとか言っていたな」
「アウロラって、イナキアのあの大きな?」
「あぁ。ユーハルドにも時折来る大商会だ。この祭りにも出店していたみたいでな、これなんかも、そこで買ったんだよ」
ロシェがブローチをコツコツと叩いた。
きらきらと光る黄金色の宝石が銀細工に囲まれ、よりいっそう美しく輝いている。
「弟子の名はマークスといって、少し人見知りだが腕はいい奴だ。もし向こうに行く機会があったら声をかけてみるといい。何かと頼りになるだろうさ」
「わかった。覚えておくよ」
ロシェがカウンター裏の棚から何かを取り出す。
「ほら、探し物はこれだろう?」
彼女が見せたのは金色の羽ペン。ゼノの筆記用具……いや
「——! それ! それだ!」
思ったよりもすぐに見つかり、心からホッとした。
「これ、貰いものだから、無くしたら怒られるところだったよ」
「貰いもの?」
「うん。ロイド……王佐のロイディール公にもらったやつ」
「あぁ、あの魔導品マニアか」
「まにあ?」
「
(カモっていったよこの人……)
そういえば、ロイドは自ら遺跡巡りもするらしい。
魔導品が発掘されるような遺跡は古いから、
「ところで、それいくらで売ってくれる?」
「そうだなぁ」
元は自分のものではあるが、ここに流れついてしまった以上、買いとるほかはない。
不満はあれど、なるべく安い金額で頼む! と心の中で祈る。
ロシェが唇に指をあて、こちらを見た。色っぽい仕草だが、いまは値段が気になる。待つこと数秒。
「ふむ……仕方ないな。今回はタダにしといてやろう。そら、もっていけ」
ポンと羽ペンが宙を舞う。
「いいの⁉」
受け取り、驚く。
珍しい。ロシェは金に結構うるさかったはずなのに。
「いいも悪いも、どうせその様子じゃ、財布も盗られているのだろう?」
「え? あ!」
そうだった。羽ペンと共に、財布も盗られていたのだと思い出す。
「よく分かったね……」
「そりゃわかるさ。よほど金に困ってない限り、貴重な魔導品を売るわけがないからな。考えられるとすれば、落としたか盗まれたかだ。それからほら——」
再度ポンと、ロシェが何かをゼノに向かって投げる。
「——っ! 財布袋!」
「それも一緒についてきた。持ってきたのは子供だったが……まさか子供にやられるとはな。買い取ったときは笑いを抑えるのが大変だったぞ」
くくっとロシェは笑いながら言った。
革袋を振れば、ぺちぺちと手に当たるだけで、中身が空なのがよくわかる。
「なんというか……。お前はシオン様と違って、脇が甘かったからな。気をつけろ? 油断していると、ここらの連中は平気で物を
「ぐ……」
彼女の言葉に何も言い返せない。
脇が甘い。それはよく、シオンにもアウルにも言われたことだった。
しかし、それにしても。
「やっぱり、相変わらず治安悪い?」
「悪いな。窃盗に殺し……は流石に少ないが、貧しいものと素性の知れないゴロツキどもの
「そっか」
なんでもないように言って、ロシェは作業台へ戻った。
「それで? 用件はなんだ?」
「え?」
「うん? 何か用があってきたのだろう? それとも何か。純粋にソレを探しに来たのか?」
「え、あぁ……」
(いつもながら、ロシェの洞察力は鋭いな)
こんな場所で、こんな店をやっているからだろうか。
客のようすを見れば、大抵のことはわかるのだと前に言っていた。
「このあたりで黒剣を持った人が、辻斬りしてるって噂聞いたんだけど、知らない?」
「黒剣、は聞かないが……。妙な辻斬りの話ならあるぞ。まるで獣にでも引き裂かれたような、損傷のひどい遺体が放置され、異臭を放っていた、とかな」
「怖っ」
震えるゼノにロシェがくすくすと笑う。
「あぁ。怖いだろう? だから気をつけたほうがいい。お前の髪はなかなかに目立つしな。それからそっちのお嬢さんも。可愛い娘はそれだけでさらわれやすい」
「だいじょうぶ。フィー、強い」
フィーが鎖鎌をみせた。
それを見たロシェが「ふむ」とうなづき、ゼノを見る。
「では、ゼノ。お前だけ気をつけておけ」
「なんでオレに振るんだよ!」
思わず叫ぶゼノに、ロシェが吹き出し、ひとしきり笑ったあとに話をつづけた。。
「まぁ、なんだ。辻斬りもそうだが、最近は魔石の裏取引も多いか」
「魔石? 魔導品についてる石のこと?」
「そうだ。古い魔導品や、魔獣なんかからも採れる鉱物だ。一般ではあまり出回らない貴重な品のはずなんだが……最近、このあたりでよく見るな」
「ふーん……? なんでそんなものが」
「さぁな」
魔石は主に魔導品に使われる鉱石であり、その用途は広くない。
加工が難しいのと、ロシェのように魔導品を扱える技師が少ないからだ。
だからそんなものを集めてもと思うが、世の中には物好きもいる。
おおかた、どこかの
「と、これくらいだな。私の知る情報は」
「わかった。情報ありがと」
「あぁ、お代は金貨百枚な」
「高いよ!」
ちなみに、ユーハルド銅貨一枚でリンゴがひとつ買える。金貨となると、おぞましい数のリンゴが積みあがる。
「冗談だ。そう顔を青くするな」
「あ、そう……。とりあえず、もう少し辻斬りの情報知りたいな」
「ならば酒場はどうだ? ウチより、情報は集まるだろう。ちょうどここから歩いて、少し奥にあるぞ」
「うーん、酒場か」
チラッと隣をみる。流石にフィーを連れていくわけにはいかない。
どう考えても、まだ子供の彼女を連れていくのは気が引ける。
「フィー、ここで待っててもらえるか?」
「フィーも、行く」
「いや流石に酒場はちょっと……」
「だいじょぶ。フィー、お酒のめる」
「えぇ⁉」
嘘だろ? それしか言葉が出なかった。
ユーハルドでは十五歳以下の飲酒は禁じられているのに。
「フィー、甘酒好き」
「……なんだ甘酒か。変わったもん知ってるね」
サクラナの、子供でも飲める酒だったか。
名前に『酒』がついているものの、米を発酵させた、ただの甘い飲料で、ドロッとしたその独特の口当たりが人を選ぶ。ゼノは苦手だ。
「まぁいいじゃないか。人手が多い方が見つけやすいだろう。子供といっても、こんなに可愛いんだ。きっと役に立つ」
「可愛さ関係ある?」
「あるとも」
「そ、そっか」
彼女の綺麗な笑顔をみて、そういえばこの人の基準は、可愛いがすべてだったなと思い出し、ゼノはフィーを連れて酒場へ向かった。
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