13 第二王子サフィール
「殿下!」
(あれは……サフィール殿下か)
灰色がかった
さらりと流れる短髪は、爽やかな王子然としている。よく通る声で、ペリードを呼んだ彼は、本来ゼノが仕えるはずだった第二王子サフィールその人だった。
「忙しいところすまないね。このあと、ビスホープ侯爵がお見えになるから、少し顔を出してほしい。新しい補佐官が入ったと、君を紹介したいのです」
「は。承知いたしました」
「ありがとう。でもまだ時間はあるから、急がなくていいですよ。僕は準備があるから、先に行きますが、一刻ほどしたら応接室へお願いします」
「はい」
サフィールは穏やかに笑い、ペリードと話をしている。
(相変わらず、騎士って感じの人)
シオンの評価では、『うさんくさい騎士風情』だったが、ゼノから見れば、サフィールは非の打ち所の無い、騎士そのものだった。礼節を重んじ、物腰も
「おや。君は……ライアスの補佐官の……」
少し驚いた顔で、サフィールが声をかけてきた。
「殿下。彼は僕の友人の、ゼノ・ペンブレードですよ」
(いつ友人になったよ)
ぺこりとゼノは頭を下げた。
「そうでしたか。では君が……」
「……?」
「本来、僕付きの補佐官についてくれる予定だったと、聞いておりました。急な変更でしたが、辞令の件では兄が迷惑をかけました」
「兄……ルベリウス殿下ですか?」
「えぇ。実はあの辞令は、兄上が急に言い出したものでして」
苦笑を浮かべるサフィール。困ったような声色で言った。
「兄は少々……妹想いと言いますか。過保護なところがあるので」
「はぁ」
妹、とは誰のことだろうか。
ゼノの記憶では、ルベリウスに同母の妹はいないはず。となれば、ライアス王子の妹姫か、シオンの姉姫か。
いずれにせよ、シスコンか。
冗談だろうと笑い飛ばした亡き友人の言葉に、
「昨日はご苦労さまです。あの子の救出に
「い、いえ……当然のことですので」
柔らかな笑みを浮かべるサフィールに、慌てて答えながら思う。
(ライアス王子が? とてもそんなこと、言うようには思えないけど)
やや怪訝な顔をするゼノに、サフィールがさらりと会話を繋げた。
「ライアスは元気ですか? 昨日のこともありますから、気落ちしていないといいのですが」
「え、元気……? どうかな……笑ったところとか、見たことがないのでわかりませんが、今日もたくさん菓子を食べていましたよ」
「こら、ゼノ、君……」
「え、なに?」
「はは。構いませんよ。まぁ……ライアスは悪い子ではないけれど、あまり人を寄せ付けない子ですからね……。僕も廊下で会ったからと声をかけることがありますが、いつもニコリともしてくれなくて……たまに心が折れますよ」
「あぁー」
容易に想像できる光景に、なんと返していいのかわからなかった。
実際のところ、王子は笑わない。
この人はほんとに十五歳なのか、と思うくらいに感情の起伏が無く、子供らしさの欠片もない。正直にいえば、どう接していいのか、ときおり戸惑うこともある。しかし。
(実の兄が、心折れるくらいだもんな……)
ならば自分がいまだ慣れないのもおかしくはないだろう。
うんうんと、ひとり頷くゼノに、
「難しい子ですが、優しい一面もあります。彼のこと、よろしくお願いします」
にこやかに笑い、青騎士の王子は図書室から出て行った。
その背を見送り、ゼノはペリードに尋ねた。
「——ところで緑」
「緑って言うな!」
お決まりの返しだ。
「……ペリード。おまえ、黒い剣の目撃情報とか知らない?」
「目撃? まさか君、宝剣を探してるのか?」
「探してる。城内のうわさ話とか、おまえ詳しいだろ?」
「確かに最近耳にした話はあるが……しかしそう素直に聞かれると、気持ちが悪いな」
「話す気がないなら、オレは行く」
「あぁ、待ちたまえ。——いいだろう。親友の頼みだ、教えてあげようじゃないか」
いつのまにか親友に昇格している。
「王都の北東区、そこで裏の品が取引されているのは知っているかい?」
「貧民地区だろ。盗品さばく店があるのは知ってるけど」
「なに? そんな店が……いや、いまはいい。実は最近、そのあたりで黒い剣を持った男が現れるらしい」
「男?」
「あぁ。なんでも妙な恰好をした男らしくてね。その男が人斬りを働いているという噂を聞いた」
「こんな祭りの時期にか?」
「あぁ。サフィール殿下が見つけ次第、捕らえるよう指示されていたから、間違いないよ」
「なるほど……」
「まぁ、黒い剣といっても、流石にその男が宝剣を持っているとは、僕も思わないけどね。知っている噂といえばこれくらいさ」
「そう」
(黒い剣に人斬り……)
物騒な話だな、と足元をみる。そして一瞬考える。
——もしかしたら、その男が持つ剣が宝剣かもしれない。
盗まれたのなら、一般の市場には流れないから、そういう怪しい奴がもっている可能性もありえる。ならばひとまず、そのうわさ話とやらを調べてみるか。
そう思い、ゼノは顔をあげた。
「情報どうも。さっそく行ってみるよ」
「なに。リンゴの情報をくれた礼さ。それより、貧民街に行くなら気をつけることだ。あそこは治安も悪い。財布には注意することだ」
「わかってるよ」
窓を見る。このぶんなら、急げば夕方までには城へ戻れるだろう。
ゼノは走って図書室を出た。
その一部始終を、扉の影に隠れていたサフィールが聞いていたことには気づかずに。
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