12 宝剣クラウスピルの伝承

「勉強って……」


 ゼノは城の図書室へ向かった。

 なお、王子もフィーも忙しいとのことで執務室に残った。どう考えても、菓子を食べたいだけだろうと思うが、そう言われては仕方がない。


 ゼノはひとり本棚と対峙した。


「探せと言われても」


 広い図書室の中で、歴史書が置いてある棚の前に立つ。


「えーと、宝剣……宝剣……」


 宝剣に関する資料を探し、手近な本から開いていく。


「……やばい。全然、頭に入ってこない……」


 基本的にゼノは学術的な本が苦手だ。天文学に歴史、星霊学に算学、軍略集。どれもシオンの補佐官を目指すおりに一通り学んだが、勉強が大変だった。


「薬学書は面白いんだけどなぁ、図鑑とか——と、あった」


 ちょうど開いた本に、黒剣の話が載っていた。


「えーと、なになに?」


 文字に集中する。だが、それはすぐにさえぎられた。


「やぁ、ゼノじゃないか」


「うるさい。緑」


「緑っていうな!」


 緑髪の青年が叫んだ。


「僕には、ペリード・ラン・ベルルークという立派な名前があるんだ。名前でちゃんと呼んでもらいたいものだね」


「うるさい。ペリード」


「……ぐっ」


 緑——いや、ペリードが押し黙った。

 自分がしっかりその名を呼んだからだろう。


 深い森のような髪色。それよりも少し淡いペリドットの瞳。眼鏡をかけた彼は言われれば知性的に見えなくもない。そして、ゼノと同じ文官服のローブには、サフィール直属を表す『青い大鷲おおわし』の刺繍ししゅうほどこされていた。


「で、なに? オレいま忙しいから、手短にどうぞ」


 どうせまた、くだらない話だろうなと思いながら、用件を聞いた。

 視線はそのまま本に向けながら。


「——ごほん。別に君に用があるわけではないが、姿を見かけたものだからね。声をかけたんだ」


「あ、そう」


「サフィール殿下から、最近の小麦の収穫量を調べるよう言われてね。僕も図書室へきたんだ」


「ふーん」


「君も文官のはしくれなら知っているだろう? 年々、作物の出来が悪い。殿下は収穫量減少の原因を日々調査なさっている。常に民たちが飢えに悩まされないようにと、お考えなのだ。いや立派な御方だよ。この前も町へ出た時に、貧民街へと足を運ばれて、食事をお配りになったんだ。正直にいえば、僕はその光景につい、顔をしかめてしまったんだけれどね。あの方は、身なりの良くない子供たちに囲まれても、笑っていらっしゃった。僕も五大候ごだいこうのひとつ、ベルルーク家の者として、そのお姿には見習わなければと思ったよ。それと——」


「…………」


 返事をすることが嫌になった。

 長い。

 そのひとことに尽きる。


「——ともかくだ。小麦の収穫量を調査している。君は何か知らないかい? 君のお母上はグランポーン侯爵の姫君だろう」


「姫つーか、そうだな。かなり元気な人だけど。それから養母な」


 養父アウルの妻、ケイトは侯爵家の出身だ。

 ちなみに、余談ではあるが『侯爵』の称号を持つ家は国内で五つしかない。


 グランポーン、ベルルーク、ローズクイン、リーナイツ、ビスホープ。


 各地方を治める彼らは、五大侯と呼ばれていて、王からの信頼も厚い。

 その五大侯を父に持つケイトは、アウルの亡きあとグランポーン地方へと戻ったのだが、よくゼノに農作物を送ってきてくれる。あの地方は農業が盛んなのだ。


 なお、先日はリンゴだった。その際ついてきた手紙には、リンゴの取れ高が悪いとあった。だったら、こんなに大量にくれなくてもいいよ、と十箱もあるリンゴをみて青ざめたのは、ゼノの記憶に新しい。


「小麦は知らない。でも今年もリンゴの実りが悪い、ってケイトさんが言ってたな」


「そうか……となると作物の種類ではなく、問題は大地のほうか……」


「知らない。土壌でも調べたら?」


「土壌か! なるほど、君にしてはいい案だ。さっそく調査してみよう」


(ひとこと余計だよ)


 相変わらず嫌味なやつだ。

 緑の彼が横から本をのぞいてきた。


「ところで先ほどから何を読んでいるんだ、君は」


「クラウスピルの記録書」


「クラウスピル……あぁ黒剣のことか。珍しいな、君でも本を読むのか」


「……読むよ、たまには」


 邪魔だな、と思いつつ適当に答える。


「——宝剣クラウスピル」


 ペリードがその名を口にした。


「通称、星霊剣。ユーハルドの初代王リーゼの剣であり、その刀身は夜闇のように黒く、ひと振りで山ひとつを吹き飛ばすほどの威力を持つ。宝剣は代々ユーハルド王家の象徴でもあり、次代の王は代々、剣が選抜する。中でも第二十九代国王ウェナンは剣と会話でき、そのカリスマ性で国を統治した……何度読んでもすごい話だね」


「どうせ作り話だろ。フィーティアといい、こういうものは話を盛ってるのが相場だ」


「それはまぁ……否定は出来ないけれど。実際、レオニクス王がお使いになったときは、ごく普通の剣だったと聞くからね。山を壊すことも、剣が語ることもなかったそうだよ」


「そりゃそうだ。剣が喋ったら怖い」


 ぱたんとゼノは本を閉じた。


「続きは読まないのかい?」


「あとで読む」


(ひとりでな)


 少し残念そうな顔でペリードが、腕を組んで言った。


「しかし、宝剣は数年前に賊に盗まれて以来、行方不明だと聞くが……」


 考え込むような彼に対し、ゼノは淡々と話す。


「三年前、偽物なら見つかったんだけどな」


「偽物……それはアウル殿の……」


「あぁ、そうだよ。アウルが処刑される原因になった剣だ」


 内心のむかつきをおさえ、ゼノはあの日のことを思い出した。


◇◇◇


 三年前のあの日、アウルは死んだ。

 多くの民衆と首つり台。王都の広場で行われた公開処刑だった。


 リミュエルの事件後、離宮の護衛長であったアウルは、王族の暗殺を防げなかったとして罪に問われた。おまけに事件に加担した、とも糾弾きゅうだんされた。

 それはなぜか。離宮裏の扉が、当時開いていたからだ。

 焼け焦げた離宮の錠は、壊れることなく綺麗だったという。


 つまり、内通者がいたのだ。


 当然ながら、それがアウルだという証拠はないし、理由もない。

 しかし、鍵の管理者は彼だ。ならば、彼が襲撃の企てをしたに違いない——と、つまらない話が持ち上がったのは、事件後すぐのことだった。


〝こうなっちゃ、仕方ないなぁ〞


 アウルは笑っていたが、納得がいかなかった。

 結局、元は栄えある『騎士』だった彼は、汚名返上の機会を与えられる。それが、


〝盗まれた宝剣を見つけ出せ〞


 勅命ちょくめいだった。王の命に応えるべくアウルは、半年かけて見事剣を見つけたのだ。

 だけどそれは、単なる偽物だったらしい。

 結果。任務失敗により罪状は加重し、アウルは処刑されることになった——


◇◇◇


「あれは……アウル殿が悪いわけではない」


 ペリードがぽつりとつぶやく。その顔は悲しげだ。


「事件の日、あのかたは非番だったと聞く。だというのに、王族が暗殺された以上、誰かが責任をとらねばならなかった。罪は押しつけられたにすぎない」


「………………」


 それだけじゃない。身分と政の話だ。


 当時警備を任されていた責任者が、侯爵家の息子だったそうだ。

 五大侯としての立場と、愛する息子の保身。

 言うまでもなく、責任から逃れるため、証拠をでっち上げた。


 そしてその矢面に立たされたのがアウルだった。もちろん、アウルの義父にあたる、グランポーン侯爵とて異を唱えたし、彼を守ろうとした。だけどそこには、挙げれば複雑な宮廷事情が出てくる。


 派閥ともいうか、つまるところ例の侯爵とグランポーン候は仲が悪かった。


「——はっ。政ってのは、ほんとうに面倒だ」


 そう吐き捨て、ゼノは本を棚に戻す。


「…………」


 そんなゼノをペリードが、なんともいえない顔で眺めていると、


「ペリードくん。少しいいですか?」


 青い軍服を着た、背の高い男が図書室へ入ってきた。

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