11 失われた宝剣

 王子の執務室に着き、ゼノは出された茶を飲んだ。


(甘っ……)


 時刻は十時。

 朝休憩の時間とやらで、次々と軽食が運ばれてくる。本日の菓子はショコラのケーキに、蜂蜜茶だった。甘い菓子に甘い紅茶。さらには追加でリンゴの甘煮ときた。


 流石に身体を壊すだろうと、それらを眺めていると、「ゼノも」とフィーから皿を薦められた。朝食を抜いた手前、手を伸ばしたいところだが断った。

 甘くて震えるから。


(それに、リンゴがなぁ……)


 シャリシャリとするアイツは苦手だ。

 空腹を堪えるゼノの横で、王子とフィーのティータイムがはじまった。


 そのかん暇なこちらは、美しいショコラ細工を眺めていた。おそらくは光蝶スピルをイメージしたものなのだろう、透けるような羽の再現度が高い。なかなかに目を見張るものがあるなと、しげしげと細工を観察し、一時間が経過した。


 そう、つまるところ今日も暇だった。


(なんか話題を振ろう……)


 この緩やかな空間に耐えきれず、ゼノは口を開いた。


「今後の方針、どうします?」


「方針?」


 ゼノの投げかけに、こちらを見ようともせずに応える王子。その口元にはチョコレートがついている。


「王子が王へ選ばれるための作戦といいますか……」


「王? ……あぁそうだったの。お前は王佐になりたいと言っていたか」


「えぇ」


「ま、確かにお前が王佐になるには、余が王にならねばならん。歴代の王佐はみな、王太子の補佐官がなると決まっておるからの」


「そうですね」


 むろん例外はあるが、慣習としてそういう決まりになっている。よって、各王子たちは優秀な補佐官の選抜に時間をかけていた。ゆくゆくは国をともに背負うことになるからだ。


 もっとも、ライアス王子の場合は、そのあたりが無頓着むとんちゃくのようにもみえた。


「現王には、七人の御子がいますが、王太子はまだ決まってません。順当にいけば、第一王子殿下のはず……でしたけど、半年前の王の言葉で状況が変わった」


 王子がそうだというように、こくんと頷いた。


 ——宝剣を見つけた者を次の王とする。


 そうレオニクス王がげたのは、昨年の秋のことだった。

 それまでは第一王子が次の国王だろうと、城の誰もが思っていた。だから多少の派閥争いはあっても、貴族間の中だけだった。それが王の発言を受け、王宮の派閥事情は大きく変わることとなる。


 第一王子ルベリウス派と、第二王子サフィール派に分断され、どのお偉方も宝剣を探すことに躍起やっきになっていた。


「……でもなんでなんですかね。王は病気だし、代理も兼ねた跡継ぎくらい、さっさと決めればいいものを」


 疑問だった。


 レオニクス王は、二年ほど前から病床について長い。そんな中、跡目を立てていないのもおかしな話だ。王座をめぐり、御子たちが争う姿が容易に想像できるだろうに。


「なんだ。そんなことも知らんのか?」


 王子が茶をすすりながら言った。

 その隣で、フィーがリンゴの甘煮に手を伸ばしている。


「いや、宝剣が盗まれたから、継承の儀が出来ないってのは知ってますけど」


「そうだの。剣が無いからの。儀式が出来ず、王太子も立てられないと父上が話されていた……フィー、余のぶんのリンゴも残しておいてくれ」


「ん」


 フィーが王子の皿へリンゴを乗せた。


「立てられないって……どうせ形式的なものなんだから、別に無くても……」


「いや、無いと困るの」


「そうなんですか?」


「なんだ。シオン兄上から聞いておらんのか?」


 そう言われ、なにかあったかと思い出してみるも、わからなかった。


「特には……。第一王子のルベリウス殿下は、シスコンだから王位を継げない、とは言っていましたけど」


 当然ながらシオンの冗談だろう。


「ふむ……それは理由になっておらんが、まぁそうだの。……念のために聞くが、お前はユーハルドの王位継承の制度を、どの程度知っておる?」


「……? 男児優先の継承順位で、王と五大侯家ごだいこうけの総意によって次代の王を決まるということ。一番目の御子が選ばれやすいということ」


「それはまた……教科書通りの答えだの」


「すみませんね……教科書通りで」


 聞かれたから答えたというのに、手厳しい感想にゼノは落ち込んだ。


「まぁあれだ。いまはそうだが昔はの、剣が次代の王を選ぶと言われておったのだ」


「剣が?」


「——宝剣クラウスピル。闇夜のごとき黒剣で、選ばれたものが持つと星の輝きをみせる……まぁこの辺りは本にでも書いておる。あとで調べろ。問題はその逸話をなぞり儀式を行うから、剣が必要ということだの」


「へぇ」


(そういえば昔、シオンが話していた気もする……)


 シオンは歴史や神話の話が好きだった。


 ゼノは興味が無いから聞き流していたが、黒い剣がどうのという話は聞いた。盗難に遭う前は、謁見の間に飾ってあったらしい。それが数年前、城の宝物庫が賊に破られ、その際財宝と共に宝剣も奪われたそうだ。


(あの剣か……)


 正直その宝剣とやらには、良いが思い出がない。

 アウルのことを思い出すから。


 嫌な記憶に、思わずゼノは顔をしかめる。

 そんなゼノを一瞥いちべつして、王子が言った。


「そういうことだ。方針も何も剣を探す。それしかあるまい」


「まぁ……確かに」


 剣を見つけてきた者を次の王にといっているのだ。

 そういうことならば、剣を見つけることは最優先になる。


 そもそも誰が継ぐか、以前に剣が無ければ儀式が行えないのだ。ならば探すしかない。


 とはいえ、賊はすぐに捕えたものの、いくつかの財宝とともに、剣の行方もわからなくなってしまったと聞く。それを探してこい、というのだから途方もない話ではある。


(うーん……)


 本音を言っていいのなら、面倒だ。

 もの探しほど、骨の折れるものはない。ましてや盗品。国をあげて探しても見つからないものを、どうやって探そうかと考えていると、わずらわしそうに王子が言った。


「お前には知識が足りないの。剣を探す前に、図書室にでも行って勉強してこい」


 命じたまま、彼は次の菓子へと手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る