08 シオンとの約束


 ——夢をみた。夢の中で夢をみている。

 ここはどこだろうか。

 とても美しい森。花園の中に誰かが立っている。

 周りにはんだ水のせせらぎ。円を描くように流れている。

 その水は、大きな水源へと流れていく。


「」


 誰かが口を開いた。

 何か言っている。よくわからない。

 表情も見えない。深いフードのせいだ。

 足元の花びらに幾重いくえもの雨が落ちた。

 あぁ、そうか。

 どうやらその人は、泣いているらしい——



 ◇◇◇



「————っ!」


 目を開けるとまぶしい光が入ってきた。

 起き上がった拍子に、涙がぽたりと落ちる。


(ここは……)


 まわりを見渡すと、どこかの病室のようだった。


「あれ? 確か森の中にいたような……」


 自身の記憶が間違っていなければ、騎士学校の訓練で森に行ったはず。


「すみませーん、誰かいませんか?」


 廊下に向かって声をかけると、すぐに足音が聞こえた。


「ゼノ! 良かった!」


「……? シオン?」


 目の前には心から安心した、というような顔のシオンが立っている。

 その横にはエドルもいる。


「起きたか、ゼノ」


「あぁ、ここは病室か? ……なんで病院なんかに?」 


「覚えていませんか? 森で魔力暴走を起こしたんですよ、三日も意識が戻らないから心配しました」


「え? 三日? 魔力暴走?」


「そうだ。お前は敵にわれた。その後、敵の内側から光があふれ、爆発。その余波で、森の半数以上が消し飛んだ」


「…………はい?」


 森が消し飛んだ、と聞こえたがそれは本当だろうか。


「そのあと、焼けた森で倒れていたゼノを彼が連れてきてくれたんですよ」


「そうなのか? ありがとう、助かったよエドル」


「いや。礼を言うのは俺のほうだ。お前がアレを倒してくれなければ、共に死んでいた。感謝する」


 そう言って、エドルは学校へ戻るからと病室を出て行った。


「なぁところで、その魔力暴走ってなに?」


「あぁそれは……」


 ゼノの言葉にシオンは難しい顔をした。


「魔力を持って生まれた者に限りますが、何かの拍子に魔力を暴走させてしまうことがあるそうです。それこそ、周囲を焼き焦がすほどの魔法が展開され、使った本人は命を落とすこともあるのだとか」


「それ、結構ヤバイやつじゃね?」


「そうですね……とある一種の特異体質だとか」


「特異体質……?」 


「えぇ。なんでも魔力が体内で暴れて、体調を崩しやすくなるのだとか……まぁこれは知り合いから聞いた話ですが、あまり他言しないでくださいね。良い話でもありませんし」


「うん? わかった——ってアレ! アレはどうなった?」


「アレ?」


 すっかり忘れていた。あの獣竜じゅうりゅうはどうなったのか。


「あの、すごい巨大な、鳥っぽいような獣のような生き物! アレなに? どうなったんだ?」


「え? いえ、ゼノが消し飛ばしたと……」


「あ、そっか」


 頭がまだぼんやりとするせいで、うまく話が整理できていない。

 そんな自分を心配するように、シオンが顔をのぞいてきた。


「——大丈夫ですか? もう休んだほうがいいですよ」


「いや……大丈夫。ところで結局、なんだったんだ? アレ」


「さぁ……。軍も事後処理で忙しいので、それが済み次第、追々調査をするとのことですが」


 そこでシオンが、気まずそうな顔で言った。


「その、内容が内容なので……」


「あー、信じてもらえない感じ?」


「はい。魔獣のほうはともかく、そんな大きな生き物など存在しないですからね。エドル殿がうえに話したときも、頭を疑われていました」


「そうだよなぁ、普通」


 ズキズキとうずく頭に、手をあてながら思い出す。


「あ、そうだ。これ頼まれてたやつ……て、あ、ごめん。思いっきり潰れてる……」


 それはシオンの母妃にと頼まれていたベリーだ。

 何度か転んだせいで、潰れて赤い汁が袋の中に飛び散っていた。

 これでは食べられそうにない。


「あ……はは。気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうゼノ」


「ごめん」


「いいですよ。それより、少し厳しい話をしてもいいですか?」


「なんだ?」 


 シオンが神妙な顔つきで、口を開いた。


「今回の件、ゼノが森を焼き払ったとして、貴方は処刑されるかもしれません」


「うそ!」


「本当です」


「なんで?」


「今回の件、本来は結界水晶クリスタルを動かした騎士見習いのせい、ひいては騎士学校の監督不行きが原因です。しかし、学校側は貴方が勝手に魔法を暴走させ、仲間ごと森を焼き払ったと主張しているんですよ」


「なっ! そりゃないだろ!」


「えぇ。もちろんアウル殿も、エドル殿も学校へは抗議しています。ただその……」


「……?」


 シオンはどこか言いづらそうに言葉を続けた。


「元々ゼノは問題児なので」


「どこが⁉」


「え、まぁほらいろいろ……」


 色々ってなんだよと思うが、少しだけ心に引っかかるものはある。


「処刑か……。確かにまぁ、燃やしたのはオレなんだろうけど……」


 正直、重すぎる刑だと思う。

 だけどこのユーハルドでは自然をたっとんでいて、森を燃やすことは重罪行為だった。とうぜん規模にもよるけれど、森の大半を吹っ飛ばしたとあれば、こうなるのも頷ける。


「…………すみません」


 悲しそうな顔でシオンが言った。

 なぜ、そこで謝るのか。よくわからなかったが、


「私に軍への発言権があれば貴方のことを擁護ようごすることができたのですが」


「え! いやシオンのせいじゃない! これは事故だ。そもそも、あの馬鹿どもが石を動かしたのが悪いんだろ」


「そうですね」


 そうだ。確かに森を燃やしてしまった自身にも責はある。

 だけど、だからといって「はい、そうですか」と言って、処刑されてやることはないはずだ。それに、あんなものが出てくるなんて、誰が想像できるのか。

 その理不尽に腹が立った。


 ゼノが隣を見れば、なにか悩む様子であごに手をあてているシオンがいる。

 いつもの癖だ。

 コイツは思考に沈むと、いつも決まってそのポーズで固まる。


「うん!」


 シオンが顔をあげた。なにか思いついたらしい。表情が明るい。嫌な予感がする。


「ゼノ。提案なのですが」


「うん?」


「ゼノはお勉強好きですか?」


「嫌い」


「はは。そう言うと思いました。だけど、勉強してもらいます」


「どういうこと?」


「貴方には私付きの補佐官になってもらいたい」


「…………はい?」


 いま、補佐官といったか。

 補佐官といえば、王族の側で書類やらなにやらをたばねている、あれだ。

 確か、家柄や教養が優れた者から選ばれると聞いているから、自分が選ばれることはないはずだ。


「さきほども言ったように、私は軍の決定に口を出せない。ですが、自身の補佐官を見逃せ、という命なら出せる。だから、私の補佐官になってください。ゼノ」


 それは、いいのだろうか。

 いろいろと問題な気がするのだが、シオンはニコニコといい笑顔をしている。


「えーと……それって、あれか? ズルってやつ?」


 つまり罪人だけど、偉い人の身内だから見て見ぬふりしろよ、というやつだ。


「はい、そうです」


 シオンがにこやかに言った。


「…………」


「向こうが正攻法ではないのだから、こちらもズルい手を使っても構わないでしょう?」


「…………うーん? そうか?」


 これで処刑はまぬがれますね、と目の前のシオンはうんうんと頷いている。

 発想が黒い。でも。


(そうだった。コイツこういう奴だった……)


 今更ながらシオンの怖さを思い知る。

 いっけん弟系な雰囲気を出してはいるが、意外と黒いところがある。

 周りの大人たちは騙されているのだ。


「——それに」


(……?)


 シオンが口を開く。


「いつか、私が国王になったとき、貴方に隣に立っていてほしいと思っていました」


「国王……?」


「えぇ。実は私の夢は、ユーハルドの王になることなんですよ」


 それは初耳だ。

 流石にそんな野望なんか持っていなかった気がするが。


「無理だろ。第一王子や第二王子がいるんだ。それを差し置いて王になんかなれるかよ。お前の王位継承順位、三番だろ?」


「まぁ、姉さんがいるので一応は四番目ですけど、実質はそうですね」


「だろ?」


「えぇ。でも私は王になりたい」


「なんで? 金か?」


 王になれば、金というか世の中のものが全部手に入る。贅沢三昧し放題だ。


「ゼノじゃないので、違いますよ」


 苦笑しながら、シオンはいうと病室の窓を指さした。


「ゼノはこの国をどう思いますか?」


「……? オレは好きだけど。食い物がうまいし、自然も多いし」


「えぇ、そうですね。私もそう思います。ユーハルドはまるで神話の異郷のようにいい国です」


 そう言うシオンの顔は穏やかで、優しい。

 心の底から、この国が好きなのだ。

 だからなんだろう。小さな歪みをシオンは許せないでいた。


「ただあくまで良い国なのは、強者にとっての話。弱いものは明日を生きるのにも難しく、希望を失った顔をしている。私はそれが嫌なんです」


「…………」


 それはこの国の歪みだった。

 ユーハルドは強者と弱者の境界がハッキリとしている。

 難しい話はわからない。しかし、シオンから見るとそう見えるらしい。


「私はこの国のみんなが笑って暮らせる国がみたい。そのために王に。父上でも為すことのできない夢を、私は叶えたい。ですから、ゼノ。私が王になったとき、それを補佐する王佐の役目を貴方に。私の、唯一の友人に任せたいのです。だから——」


 シオンが窓から視線を戻し、こちらを見た。


「私の補佐官になってください。ゼノ」 


 少し気恥ずかしそうに、そう言って笑うシオン。

 その瞳はまるで春の陽だまりのように温かい。


「………………」


 知らなかった。

 シオンがそんな夢を持っていたなんて。

 頭がいいくせに、基本周りへは無関心で、政にも軍事にも興味を示さない。

 だから宮中では次期王候補から名前が外されていた。なのに。


「ゼノ、回答は?」


 シオンが答えない自分に向かって返答を問う。

 正直、宮廷にあがるのは気が乗らない。

 貴族のお偉方は嫌いだ。めんどうな奴らが多い。

 それに王佐なんてもの、平民の自分がなれるわけがない。そう思う。だけど。


「————わかった。いいよ。王佐、目指してやるよ」


「——っ! 本当ですか?」


「あぁ。王佐になれば金と権力、手に入るしな。お前が王になったとき、オレはその隣で、贅沢三昧だ」


「えぇ……またそういう……その一言がなければ嬉しいのですが」


 呆れたようにシオンがため息を吐く。


「冗談だって」


「わかっています。——ありがとう、ゼノ」


 それはこっちの台詞だ。

 いくら補佐官にするといっても、そんな命令を出せば、シオンの立場が悪くなる。ただでさえ、サクラナの母を持つシオンとその姉は、血統を重んじる派閥からよく思われていないのだから。


「では、とりあえず試験を受けられる歳になるまで補佐官候補扱いということで」


「試験……? そんなのあるのか?」


「えぇ。十四になれば受けられます。なので、一年後の試験までにお勉強頑張りましょう」


 手を差し出しながらシオンがいった。

 勉強は嫌だけどと、その手を握り返す。


「あぁ、よろしくな。未来の王様!」


 それがシオンとの約束。

 その後一年かけて猛勉強し、政務官の試験に合格。

 年が明けたら、城へあがるはずだった。

 しかし——



「ゼノ! シオン様がお亡くなりになった!」



 その知らせに、言葉を失った。



 四年前の秋。

 リミュエル宮にてクーデターが起こる。

 第二妃および、第三王子シオンは惨殺ざんさつされ、

 生き残った第一王女はリーナイツ領にて保護。


 シオンとの約束は一生叶わない夢となってしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ひとまず一区切りです。ここまで読んで下さりありがとうございます。

次からヒロインが出てきたり、戦ったり、物語が本格的に動きます!

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