02 アウルと王佐

「アウル」


「ゼノか! 弁当待ってたぜ!」


 眩しいばかりの笑顔で迎えてくれたその人はゼノの養父だった。

 すっきりとした茶色の短髪に、無精ひげを生やしながらも精悍な顔立ちの男。

 さきほどのシオン——第三王子護衛隊長のアウル・ペンブレード。


「はい、弁当」


「おう! ありがとうな」


 アウルがにかっと笑って、弁当を受け取った。


(相変わらず、太陽みたいな笑顔)


 陽気で話しやすく、誰からも好かれるこの人は、八年前森のなかで倒れていた自分を拾って育ててくれた人だ。あの頃の自分はひどい怪我を負っていて、おまけに何もわからず途方にくれていた。そんな時のことだった。


『うちに来りゃあいい』


 いまみたいに笑って、アウルが手を伸ばしくれたのは。

 命の恩人でもあり、育ての親でもあるアウル。

 そんな彼は元は国王直属の【騎士】だったそうで、任務で怪我を負ってからは前線を退き、いまはこうしてシオンの護衛役を務めていた。


「王様から呼ばれたって聞いたけど。なんかやらかしたのか?」


「いやー、実は食堂の飯が……ん! ごほ。違う、そうじゃなくて……だな。ちょっとまぁ、大切な用件でな」


「ふーん……」


(またか……)


 この人はいわゆる大食らいだった。城の食堂で何杯もおかわりをしては給仕のおばちゃんに怒られている。だからこうして養母かあさん手製の弁当を届けているわけだ。


「ほら先月、巫国かんなぎこくが島ごと消滅しただろ? あの災害の件で呼ばれてなー」


「巫国……サクラナ、だっけ?」


「そうそう。シオン様の御母堂ごぼどうの出身国だ。ウチから西にある小さな島国で、変わった食いもんが多くてなぁ。生の魚を喰ったり、やたら茶色いスープが出たりと……だが! これがまたみょーに癖になる味わいなんだ」


「あっそう、興味ない」


(ほんと食べものばっかだな、この人)


 それた話を戻そうと、アウルにつづきを促す。


「で? そのサクラナがどうかしたのか?」


「ん、あぁ、どうも災害の件に東の竜帝国りゅうていこくが絡んでるって話らしい。しかしどうだかなぁ」


「竜帝国……ってあれか? 邪竜をまつっているとかいう」


「ほだ。神話の三竜のうち、青のヴィクトルっていうのがいるだろ。そいつを崇拝し、国を治めている皇帝には竜の力が宿っているのだとか——まぁ皇族を神格化させるための伝承だな」


 せっせとサンドイッチを口につめこみながらアウルが話す。

 まだ、昼になっていないのに、食べたらダメじゃないかと思うが、パンからはみ出たチーズとハムがうまそうで。

 ゼノもひとつもらって食べた。うまい。


 それを通りすがりの文官たちが眉をひそめて見ている。ここは城内の廊下だからだ。


「ふーん。でも、なんでその件でアウルが呼ばれるんだ?」


「そりゃお前、第二妃様のご容態がすぐれねぇからだろ」


「シオンの母親が?」


「なんだ、シオン様から聞いてねぇのか? 島が海に沈んでからというもの、ほとんどお食事をおとりになられなくてな。ずっと床に伏せていらっしゃる」


「そうなのか……」


 そんなこと、シオンは言っていなかった。

 それは多分、拾い子の自分に気を使ってのことだろうが——


「………………」


 少し悲しく思う。

 第二妃様には時々お菓子を貰ったり、よくしてもらった。


 せめて知らせてくれれば良いものを、そんな気持ちが顔に出たからだろうか、アウルが話題を変えた。


「ゼノ」


「うん?」


「これから学校だろ? いいのか、そろそろ行かなくて」


「え? あぁ……そうだった。あんま行きたくないけど」


「ばっか! お前。いいか? 騎士はモテる! 男なら剣の道に進み、騎士を目指すもんだ」


「そう言われても、オレ剣なんか使えないし」


「はははっ、お前握力ないもんなぁ」


「笑うな!」


 アウルは大きな口をさらに大きく開けて笑った。


「はぁ……、弁当届けたし、もう行くよオレ」


「おう、気をつけてな——って、危ねぇっ」


「え?」


 とつぜんアウルに手を引かれ、その腹に顔をぶつける。


「ぶはっ! なんだよ、いきなり……」


 痛くはないが、びっくりした。急になにごとかと思って、アウルを見上げれば、アウルは呆れたような顔で自分のうしろをみていた。


「ロイド、本を運ぶなら、部下たちに手伝って貰えよ」


(ロイド? 王佐のひとか)


 うしろを見る。そこには灰色の髪をした男が立っていた。山積みの本を抱えていて顔がよくみえない。だけど、そのひとがアウルの友人で、この国の『王佐』という偉い人だということは知っている。


 確か名前は、ユーハルド公ロイディール・リラ・リーナイツ。


 長ったらしい名前だからか、ロイドという愛称でアウルは呼んでいた。ときどき、酒に酔いつぶれたアウルを、家まで送ってきてくれるひとだ。


「すまない。書庫に行ったのだが、ちょうど手の空いてるものがいなくてね」


「そうかよ。しかし相変わらずお前も本の虫だなぁ。——と、おーい! そこの兵士。王佐殿の荷物をお運びしてやれ」


「はっ!」


 ちょうど廊下を通った兵士のひとりに、アウルが声をかける。

 慌てたようすで兵士が駆けてきた。


「あぁ、構わないよ。わざわざ君の手をわずらわせるわけにはいかない」


「しかし」


「そうだぜ、ロイド。仕事を部下たちに任せるのも、うえの役目だぞ」


 アウルが茶化したように言うと、王佐は少し悩んだ素振りをしたあと「では任せようか」と言って、兵士に本を渡した。


「おや? ゼノもいたのか。久しぶりだな、あれから魔導品は使えているかな」


 王佐がゼノの頭に手をあて、ぐりぐりと撫でた。


(いたのかって、声でわかるだろうに)


 この人はときどき、ぼんやりとしていることがあるらしい。普段は国の重役として、しっかりしているが、気を抜くと阿呆になるんだとアウルが以前言っていた。


「魔導品ってあの羽ペンだよな。あれ、すごく軽い槍になったり、ペンとしても使えたり、いまいち仕組みがわかんないんだけど」


「あれは、古い遺跡から出てきた遺物だからな。解析はしたが、仕組みはわからなかった。少なくとも、スピルス文明時代のものだろう」


「ふーん?」


(よく、わからん)


 遺物だとか、解析だとか言われても理解ができない。シオンといい、この人といい、考古学とかいうものが好きらしい。とくにこの人は、遺跡を回ったり、魔導品を集めるのが趣味なんだと聞いた。


「まぁまぁ、仕組みなんて難しいことは気にすんな! あれは、お前が剣も弓も槍も重くて持てねぇっつうから、コイツが不憫ふびんに思って、くれたもんなんだ。ありがたく使っとけって」


「悪かったな、いつも武器をすっ飛ばして」


 手からすぽんと抜けてしまうのだ。剣も槍も。弓にいたっては弦を引くのが難しい。


「はは、大きくなったらそのうち武具を扱えるようになる」


 王佐は苦笑しながら、また頭に手をおいてきた。


(このひと、いつもひとの頭を撫でてくる)


 子供好きなのか、よくシオンにも菓子を渡しているのを見たことがある。だけどひどいことに、シオンはもらった菓子を食べない。大抵は捨ててしまう。いや、別におっさんからもらったものが嫌だとかいうわけではなく、誰から貰ってもそうだった。


「おっと。ゼノ、流石にもういかねぇと」


 昼の鐘が鳴った。学校は昼過ぎから始まる。急がないと遅刻してしまう。


「行ってくる!」


「あぁ、今度こそ気をつけてな」


 アウルと王佐を背に、ゼノは学校へ走った。

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