閑話 懐かしい夢

01 夢をみた


 懐かしい夢を見た。



「もし、そこの子供」


 城の庭を歩いていたら、声をかけられた。

 もさっとしたひげに、ぼさっとした白髪頭しらがあたま。文官服を着ているその人は。

 おそらくどっかの貴族のじいさんだろう。

 身なりが良く、腰が曲がっているのか自分と同じくらいの背丈だ。


「ほほ、どこからか迷いこんできたのかな? 城なら向こうじゃよ」


「いや、アウル……養父とうさん探しててさ。リミュエル宮にいくとこなんだよ」


 そう言って、じいさんに弁当を見せる。


「弁当。門の前で待ってるって、言ってたのにいないんだ。アウルっていう、茶髪の騎士。じいさん見てない?」


「ふむ……アウル殿ならば、さきほど王に呼ばれて登城なさったぞ」


「うげ、まじかよ」


 王に呼ばれた。つまり時間がそこそこかかるということ。

 困った。はやく弁当を渡して学校へ行かなければならないのに。


(仕方ない……)


 玉座前の廊下で待っていよう、そう思い、ゼノはじいさんに礼を言って歩き出した。


「……ふふ」


「?」


 数歩歩いてすぐ後ろ。笑いをこらえるような声がした。

 疑問に思って振り向く。すると——


「ゼノってわりとお馬鹿ですよね」


 そこにいたのは黒髪の少年で、手には白い毛玉を持っていた。


「——シオン⁉」


「はい。シオンです。こんにちは、ゼノ」


 よく見れば、いや、よく見なくともそこに立っているのは、先月十二歳の誕生日を迎えたばかりの少年、ユーハルド王国第三王子——友人のシオンだった。


「……え、なにやってんの?」


「いやー、ちょっと姉さんがしつこくて」


「姉? あー、あの気の強い姫様か」


「えぇ。姉さん、僕のこと大好きだから。一緒にお茶しようってうるさいんですよ」


「いいじゃん。菓子いっぱいくえて」


「いえいえ。それが姉さん、料理下手なのにお菓子とか作りたがるから、黒焦げのクッキーとかが出てくるので……」


「うわ……」


「ね。だから逃げてきました」


 ぺろっと舌を出してシオンが言った。


「それにしても、姉さんもゼノもまったく気づかないとか……子供だましの変装なのに」


「悪かったな馬鹿で」


 お前も子供だろと思ったけれど、たしかにシオンの言う通り、思い返してみれば。

 特段声がしゃがれていたわけでもないし、小道具かつらも適当なものだった。

 それを雰囲気でじいさんだと思ってしまったのだ。


「ではひとつ、変装のコツを。変装は雰囲気がもっとも大切です。本格的にするなら声やしぐさを変えるのも必要ですが、これくらいなら服装と髪型でなんとかなるものです」


「うん。変装することないから大丈夫」


「えぇー」


 ばっさりと言うと、がっかりした顔をされた。

 なんだろうか。シオンは基本頭がいいのに、たまにおかしい。

 このあいだも、かくれんぼだとか言って、廊下の床下から出てきた。

 あれには驚いた。


「まぁいいです。ゼノ、アウルの謁見が終わるまで暇でしょう? 一緒に本でも読みませんか?」


「本?」


 そういってシオンは手に持った本をみせた。


「はい。フィーティア神話です。竜たちの争いをとめた異郷王の話。ゼノもきいたことはあるでしょう?」


「あー、少し?」


 シオンの言葉にぼんやりと思い浮かべる。


(神話だとかその手の話、興味ないんだよな)


 フィーティア神話というのは、妖精の涙フィーティアという団体が管理する翡翠石ひすいせきに刻まれた古い神話のことだ。なんでも、かつてこの世界は妖精が住まう楽園だったらしい。シオンはこの話が好きで、いつも神話の本を持ち歩いている。


「あれだろ? 竜達が喧嘩して、世界が滅んで、異郷の王がどうのってやつ」


「そうです。常若とこわかそので、竜達が言うんです。誰が一番強いのかって——」


 本を開いてシオンが語ろうとする。


「いいよ。オレ、興味ないし」


「えー」


「えーって言われてもな。お前、ほんとその話好きだな」


「だってワクワクしません? 妖精が住む異郷ですよ?」


「妖精って……作り話だろ」


 そんなもの普通に考えて居るはずがないし、見たこともない。

 それにいたらけっこう怖いと思うんだが。


「何をいうのかと思えば……。ゼノは光蝶スピルが見えるのでしょう?」


「え? あぁ、その辺に飛んでいる虫……? みたいなやつか」


 あたりを見る。半透明な羽らしきものがヒラヒラと花の近くを飛んでいる。


「そう、スピルです。魔法の適正があるひとに見えるというもので、いまはもういない、古い時代の『蝶』という生物に似ているそうです。彼らは妖精だと言われていますよ」


「それは知ってるけど、本当に妖精なのか? あれ」


 そういわれても正直ピンとこない。シオンには見えないらしいそれは、時々追いかけてきたり、人の行く道先を邪魔してきたりと、結構迷惑な存在だった。


「それは……確証されていませんけど……。でも、ごくまれに、光蝶スピルが見えるものが王家にも生まれますが、みな総じて高い魔力を持つと言われています」


「ふーん。魔法ねぇ。それならアウルにもらった腕輪があるけど」


 左腕を見る。

 そこには綺麗な細工が施された銀の腕輪があり、きらきらと輝く緑色の宝石が埋め込まれている。腕輪の内側を覗けば、なにかの文字が刻まれていた。


「それは魔導品でしょう? 魔導品は魔力を持たない人でも魔法が使える道具ですから。そうではなくて、もっとこう純粋な力といいますか……」


 シオンはどう説明したらいいかと呟きながら、口に手をあてて考えている。ゼノにでもわかる説明かぁ……とか言っているが、意外とひどい気がする。


「まぁ、なんでもいいよ。妖精とか信じてないし」


 面倒になってそう言えば、シオンはため息をついた。


「はー、まったくゼノは相変わらず夢がありませんね」


「ふん、シオンこそいつまで夢見てんだよ、このお子様め」


「お子様はどちらですか、相変わらずゼノは背が伸びなければ心も小さい」


「小さくねぇよ。伸びてるわ!」


「そう……でしょうか……?」


 疑問符で返された。

 自分より一つ年下のシオン。わずかにコイツのほうが大きいのだ。


「……もういい。アウルのところ行ってくる。もう謁見終わっただろ」


「えー、もう行っちゃうんですか?」


「行くよ。今日は森で試験をかねた実地訓練だから、欠席するわけにいかないんだ」


「そうですか……」


 残念そうにシオンが肩を落とす。


「あ、じゃあ。木苺ベリーを採ってきてもらえませんか?」


「ベリー? あの酸っぱいやつ?」


「えぇ。母上の好物なんです。多分、今の時期でも採れますから、お願いします」


 見つけたらでいいので、とシオンは笑って言う。


「わかった。あったら採ってくる」


「ありがとうございます」


「そんじゃな」


「えぇ。気をつけて」


 後ろで手を振るシオンに背を向け、ゼノはアウルのもとへと急いだ。

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