番外編その1 箱の中の王子

 本編の第五話くらいのお話です。

 さらわれて木箱の中にいた時のライアス王子の心情です。(ちなみにゼノがわざわざ助けにいかなくても、王子はひとりで帰ってこれました)

■■■■■■



 ——ジャラジャラと反響する音。


 振動により、あちこちへ跳ね回るそれは。

 普段、気にもとめないだろうその響きも、ここまで近くで鳴れば、気絶から目を覚ますほどに十分な騒音だった。


「うるさい。暗い。そして痛い……」


 王子は箱の中にいた。

 路地裏から出た瞬間、突然何かの薬品をかがされ、そこから彼の記憶は無かった。


「どこかの行商か? 大量のイナキア硬貨を運んでいるようだが……」


 箱の隙間から差す光で、彼の目の前を転がるものが、金色こんじきの硬貨だということがわかる。

 さらによくみれば、王冠おうかんを被ったうさぎの紋章が刻まれていた。


「いや……通貨商つうかしょうの車か。一行商いちぎょうしょうが、こんな大金など運ばぬしの」


 ——通貨商。国内外の通貨を取り扱う機関であり、市場が動くこの時期は一日に何度か地方行きの馬が出ている。つまりこれは、その荷馬なのだろう。


「ふむ……なるほどの。そういえば役所の荷車は検問を素通りできると聞いたことがある。つまり余は誘拐され、どこかの地へ運び込まれる最中か」


 王子は誘拐されたにしては、どこか落ち着いていた。

 それもそのはず。王族の彼にとって、そんなことは日常茶飯事だからだ。


 何度も命を狙われれば、慣れるというもの。今回の件も、「いつものことだ」くらいの感覚でしかない。


「ま、適当な頃合いで逃げるかの」


 幸い、彼の手足に巻かれているのは、ただの草縄だ。鎖ではないから、これならば簡単にほどける。


「それにしても、今回の賊はやる気がないの……」


 彼は手早く縄をほどくと、最近入った新人補佐官(仮)のことを思い浮かべた。


 いちばん初め、どんよりと沈むゼノの顔を見て、あぁこれは三日も持たないなと思った。なぜならこの辞令は左遷させん通告だから。権力者の怒りを買った者、優秀だが身分の低い者、理由は様々だが、どう転んでもこの辞令に未来はない。


 つまりは『王子の補佐官』という大役は与えるが、出世からは外されるということだ。

 だというのに、新入りはそれを知ってか知らずか、いまだに辞めていない。


「左遷されてもなお、頑張るとは馬鹿なやつよな」


 まぁ余には関係ない話だ、とつぶやきながら、彼は頭上の板へ手を当てた。


「さてと、外に出るかの」


 ぐっと手に力をこめ、木箱のふたを押す。


「む?」


 動かない。再度押す。


「……動かんの」


 板はビクリともしなかった。おそらく何かうえに乗っているのだろう。開かないものは仕方がない。もう少し様子をみるか……と、彼は木箱の中で目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る