09 補佐官ゼノ
「すみません! 王子。危ない目に合わせてしまいました」
賊を捕らえたあとの街道で、ゼノは王子へ頭を下げた。
賊の剣を向けさせてしまった失態と、エドルの思惑に気づかなかったことに対してだ。
「いや、構わない」
どうやら王子は気にしていないらしい。
相変わらず表情が読めない顔で「ところで」と切り出した。
「先ほどの話は本当か? 王佐になるため、余の補佐官になったと」
「え? まぁ……」
(ライアス王子の補佐官なのは偶然だけど)
それは言わないでおいた。
「ふむ……。そなた兄上の従者だったのか」
「違います」
即座に否定する。
従者と言われるのはなんとなく嫌だった。
「それで、王佐になってお前は何がしたい?」
王子が問う。しかしそれに対する答えを、ゼノは持ちあわせていなかった。
「『何』、ですか」
そういえば具体的に考えたことはなかった。
何をしたいか。それはつまり『どんな
正直よくわからない。
自分の役目は王を支えることであり、政を決めるのはその王であるからだ。
「そ、うですね……」
答えに悩む。そんなときだった。
────皆が笑って暮らせる、良い国にしましょう。
聴こえてきた。その言葉を。
誰もが夢や希望を持ち、笑顔で暮らせる国。
それはどんな王でもなしえることができないだろう、無理難題だ。
シオンの父であるレオニクス王にもできなかったことであり、それを成し遂げたいとシオンは言った。ならば答えは決まっている。
「えっと……誰もが笑顔で、希望に満ちた国作り、ですかね?」
「そうか」
王子はいつものように、興味の薄い声でつぶやいた。
そして──
「合格だ」
「え?」
「明日より正式に余の補佐官に任命してやろう」
それだけ言って、彼は倒れている馬のもとへ歩いて行った。
(合格⁉)
「あの! 待ってください!」
いま、『正式』に補佐官にすると言ったか。
ゼノは王子の言葉を聞いて、思わず目を丸くした。
「いいんですか、本当にっ」
「構わぬ。ちょうど退屈していたところだしの。お前のその、ケーキのように甘い夢想話に余もつきやってやろう」
(ケーキって……)
たとえがだいぶ変わっている。いや、それよりも急にどうしたのか。
急な心変わりに戸惑っていると、王子が馬を撫でながらぽつりと言った。
「──兄上は」
「え?」
「シオン兄上は、余にゴモクを教えてくれたのだ。退屈しているのなら、どうかと言っての」
「はあ……」
王子の背中を眺める。言葉の意味がよくわからない。
ユーハルドの王族は、同じ母親以外の兄弟姉妹とは距離をとって暮らす。もちろん多少の会話はするだろうが、シオンが他の王子たちと親しかった話は聞いたことがない。
(でも……)
なんとなく、その寂し気な背中に、この人にもそんな表情をみせることがあるんだなと、関係のないところで思った。
「そろそろ帰るぞ」
「え、はい」
ちょうど遠くから、いくつかの駆ける馬の足音が聴こえてきた。
きっとサフィールの部隊がかけつけてくれたのだろう。
見れば、いつのまにかいなくなっていたフィーが、彼らの部隊を先導しているようだった。
「…………」
赤い、燃えるような
──見ていてくれシオン。必ず、その夢を叶えるから。
大陸歴一〇二二年。春の日。
花が美しく咲き誇る、そんな季節の出来事だった。
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