04 王子の行方

「ふざけるな! 軍を出せないだと⁉」


「そう言われてもな……我々も急に配置を動かすわけには……」


「いやいや、王子の誘拐事件だぞ!」


 あれからすぐに路地を出て、着いた先で嘆願してみれば、「無理だ」のひとことだった。ここは軍部の建物だ。

 受付の男が、気だるそうに頬杖をついている。


「仕方なかろう? ただでさえ豊穣祭の警備で忙しいというのに、街道の見張りもあるんだ。最近、賊や獣の被害が多発しているからな。街道の安全を確保せよとのお達しだ」


「だとしてもだ! 緊急事態だろうがっ」


「うるさいな。わかっている。いま非番の者たちを呼んでやるから少し待っていろ」


 受付の男はいかにもめんどくさい、といった顔で椅子から立ち上がった。


「いや、待って! 非番じゃなくて、各地区に配置している兵を動かせばいいだけの話だろ!」


「無理だ。今はサフィール殿下が森狼討伐のため、南街道に出ておられている。此度の指揮は殿下がなされているのでな、勝手に兵を動かしては怒りを買うやもしれん」


 そう言うと、男は近くの兵を呼びとめ、指示を出しはじめた。


(……………はぁ)


 今は豊穣祭だ。通常よりも警備が厳しくなるから、そのぶん兵たちも忙しい。

 だがこれは王族の誘拐事件だ。

 本来ならば全軍をあげて、捜索にあたる話であり、門前払いの対応などあり得ない。


(話には聞いていたが……ここまでか)


 ある話を思い出し、口に出す。


「あのさ。その対応って第四王子だから?」


 途端、受付の男が振り向き、バツが悪そうな顔をした。


「いくら庶民出の妃の子だからといって、それは無いだろ。この国の王子だろうが」


 そう。王子は第三妃の子供。つまり妾の子だ。


 さらには爵位を持たない平民どころか、素性の知れない娘だったらしく、宮廷からも軍からもあまり歓迎はされていない。今回の非協力的な姿勢もそこから来るものだろう。


「馬鹿を言うな! 我々はお前たち文官とは違う! 下らぬ階級差別などない! 騎士を愚弄する気か!」


 リンゴのように赤い顔。ひどくご立腹なようすで、男が怒鳴った。


「騎士ねぇ……」


(捜索に全力をあげないあたり、がっつり差別してんだろうが)


 男の様子に呆れつつ、ゼノはその髪を見た。

 金髪に黒眉。髪と眉の色が合っていない。

 カツラなのか、地毛なのかはわからないが、合わせる努力はしたほうがいい。


 次第に逸れていく思考の中、男が「ちっ」と舌打ちをした。


「──まったく。いくら亡き騎士、アウル殿のご養子だからといって、好き勝手がすぎる。いきなり来て、兵を動かせなどと……。今回は聞いてやるが、次はないと思え!」


 吐いて捨てるように言うと、男は部屋の奥へと歩いて行った。

 その背を見送り、ゼノもその場をあとにする。


「………はぁ、めんどくさ。これ、助けられなかったら、完全にオレの責任だよな──ってなんだあれ?」


 軍の姿勢に嫌気が差し、外へ出ると、今度はフィーが謎の奇行に走っていた。道行く人々が、ひそひそと彼女を見つめている。

 なにこの恥ずかしい状況……。

 ゼノは地面に突っ伏すフィーに声をかけた。


「あの……何をしてるのかな?」


「ライアス、探してる」


 なるほど。よく分からない。


 口数の少ない彼女はライアス王子の護衛長を務めているそうだが、言動のほとんどが舌足らずで単語が多く、会話が苦手なのかと思えば、そういうわけでもなかった。


 言葉よりも先に、行動に出るタイプなのだろう。


(現にいまも、奇行の最中だし……)


「フィー、鼻。鋭い。ゼノ遅いから、一人で探す」


「いや鼻って……」


 ふんふんと地面に鼻を擦りつけ、犬のようにいずり回わるフィーに、どう声をかけるべきか悩む。


「あれ? ………エドルは?」


 そういえば、エドルの姿が見えない。

 ゼノが軍部に応援を頼んでいる間、フィーと王子の捜索をしていたはず。

 聞き込みにでも行ったのかと思い、あたりをみるが、彼の姿はどこにも無かった。


「検問」


 フィーがスッとひとさし指を伸ばした。

 その先は正門に向かっていて、ひどく混雑しているようすが窺える。


「あぁ、なるほど。賊がかかってないか、確認しに行ったのか」


 列をなす行商人や観光客。荷物を確認する兵士や役人たち。

 流石に賊も検問でひっかかるほど間抜けではないだろうけれど、と眺める。


(ん? 待てよ……)


 ちょうど視界の先。

 馬にまたがる兵士が見える。どうやら連絡用の早馬はやうまらしい。

 おそらくは先ほどゼノが軍に伝えた内容を、サフィールのもとへ報せに行くのだろう。


 兵士は検問所の役人に何か言うと、その前を素通りした。

 荷物の確認はしていない。


(…………あ)


 そうだった。

 いちいち荷物を調べていては政務がとどこおるからと、軍や役所の者は免除されるのだった。

 それを思い出し、ゼノはあることに気がついた。


(だったら王子誘拐して、逃走するなら、役人とかの荷車に化けるよな)


 賊にとってそれが一番安全で確実に、王都を抜けられる手段となる。


「そうか!」


 ゼノは叫んだ。


「ん?」


 フィーが目を丸くしてゼノを見上げている。急に大声を出したから驚かせてしまった。

 そんな彼女に両腕を組んで、得意げに言ってみせた。


「なぁ、フィー」




 ────検問しない荷車って何だと思う?




「わからない」


「………………」


 気恥ずかしい気分になった。なにも真顔で言わなくても。


「あ……うん。ちょっと話いい?」


 ゼノはフィーに今気がついたことを伝え、王子を乗せているだろう荷馬車を探した。

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