02 王子ライアス
「ふむ、お前が余の新しい補佐官か?」
「はい、殿下。本日よりライアス殿下にお仕えいたします。ゼノ・ペンブレードにございます」
青髪の少年の言葉に、大臣が答えた。自身と同様に膝をつき、にこやかな笑みを浮かべる大臣だが、実はここへ来るまで小言がうるさかった。
(すごい変わり身)
すりすりと両手を揉み合わせ、なにやら王子に賛美の言葉を送っている。
それはいい。猫なで声が気持ち悪いが、気になるところはそこじゃない。
(なぜにケーキ?)
まっしろな生クリームに、艶やかな大ぶりの苺。
ホールケーキを頬張りながら、つまらないといった顔で見おろしてくる王子に、流石のゼノも言葉が出ない。
「……ごほんっ」
大臣が咳払いをした。
(帰りたい……)
こんな、就任挨拶の最中に菓子を
ゼノの心は曇っていったが、そこで大臣が声を大きくした。
「ペンブレード!」
「え? あぁ……」
正直気乗りはしない。
だけど、このままでいるわけにもいかず、
「……大変失礼いたしました。ライアス殿下。本日より補佐官として大役を仰せつかりましたゼノ・ペンブレードにございます………………ってあの、やっぱり何かの間違いじゃありません?」
「こ、これ馬鹿者!」
大臣が焦っている。
無理もない。王子の御前だ、そりゃあ焦るだろう。
(だけどな、オレもそれ以上に焦っているんだよ……)
なにせライアス王子といえば、よからぬ噂ばかりを耳にする王子だ。
その相手の補佐官をやれと言われたのだから、「本当か」と聞き返したくもなる。
(現にいまもケーキ食ってるし……)
ゼノはちらりと王子の顔をみた。
ユーハルド王国、第四王子ライアス・フィロウ・ユーハルド。
確かいま十五だったか。先日、誕生日を迎えたばかりだと聞いている。
鮮やかな蒼の髪に、落ちついた緋色の瞳。口元には白い生クリームをつけ、白地のシャツとサーコート風の緑の上着を羽織った、ややぽっちゃりとした少年だった。
「間違い? 何の話だ」
王子が口にフォークをくわえながら言った。
「も、申し訳ありません、殿下。実はこの者は元々、第二王子サフィール殿下の元へ配属が決まっていたのですがその……諸事情でライアス殿下の元へお仕えすることになりまして。本人にも先ほど告げたことゆえ、少々混乱しているのかと」
「ふむ」
大臣の説明に、どうでもよさそうに相槌を打つ王子は、今度は茶に手を伸ばした。
「ん……少しぬるいの。淹れ直すか……。大臣よ。事情はわかったが、どのみち余に補佐官などいらぬ。下がらせてよいぞ」
「い、いえ殿下。そういうわけには」
「そうはいうてもな、どうせその者もすぐに辞めてしまう。任命したところで意味はなかろう」
(……まぁそうだろうな)
これはとある噂話だ。第四王子に仕えた者はみな、数か月もたたないうちに辞めてしまうらしい。なんでも、彼の王子はかなりのワガママで、人使いが荒いのだそうだ。
「大臣よ。補佐官ならばフィーがおる。彼女で十分であろう?」
王子はそう言って、隣に立つ少女に菓子を食べさせた。
もぐもぐと口いっぱいにケーキを頬張る愛らしい少女は、十歳そこそこの見た目だ。雪のように輝く長い銀髪に、狼を思わせる
(めずらしい髪色……異郷返りかな)
異郷返り。いわゆる先祖返り。
この大陸──エール大陸はかつて、妖精の住まう世界とひとつだった。それゆえ、先祖に妖精の血が入っている家系があり、稀にその血を色濃く受け継ぐ者がいる。それらを異郷返りといい、妖精界つまりは異郷に住まう王の使いである、というのが大陸全土に広がる
(すご……七色に光ってる)
フィーと呼ばれた少女が、ティーポットに手を伸ばした。
その拍子に髪が陽の光に照らされ、プリズムのようにきらめく。
少女はそのままティーポットから茶を注ぐと、カップを王子に渡した。ふわりと蜂蜜の甘い香りが部屋に広がった。
「殿下。フィネージュ殿は護衛官。書類仕事は苦手でございましょう? その点この者は少々変わり者ではありますが、そこそこ優秀な文官なのです。きっと殿下のお役に立ちましょう」
(そこそこ……?)
意外と失礼だな、コイツ。
「ならばなおのこと、兄上たちにお付けすればよかろう? 何故余のところにまわってくる」
「それはその……」
大臣が気まずそうに、変な柄のハンカチで額をぬぐった。
「実は殿下の妹君──リフィリア姫の側近に、ベルルーク家の三男が着任する予定だったのですが……」
「ベルルーク? 侯爵家のか」
「はい。ですがその……姫君の傍に異性の側付きとは如何なものか、というお話がありまして……急遽別の者に変更したのです。その為、サフィール殿下の元にはベルルークの者をお付けし、彼はライアス殿下にと」
「そうか」
(ほんとに急遽だった)
配属が変わったことは仕方がない。
腑に落ちないが、できればもう少し早くそれを伝えて欲しかった。
がっかりする度合いが幾分かましになるというものだ。
「そなた、爵位は?」
「爵位……ですか?」
いつのまにか、王子はケーキを食べ終えたらしい。
口をぬぐって、茶を飲み干し、今度は自分に問いかけてきた。
「平民の出身ですが」
「なるほどそれで……」
「……?」
ふと王子は何かを考えるように上を向いた。その様子を見て思う。
だから宮廷勤めは嫌なんだ。
国の要職なんてものは、そのほとんどが貴族から成り立っている。平民は無能だと
かくいうゼノも貴族のお偉方から嫌味を言われ、何度苛ついたことか。
「あの、平民はお嫌いで?」
「ん? いやそうではない。余は別に、身分云々を言いはせん」
(なら、なんで聞いたんだよ)
とうぜん口には出さないが、王子はこちらの言い分を察したらしい。
そのまま言葉をつづけた。
「なに。そなたも外れくじを引いたなと思っただけよ」
そう言うと彼は椅子から立ちあがり、
「『仮』の補佐官。それで許可してやる。明日から
振り向くことなく、部屋から出て行った。
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