王佐ゼノ ~妖精国の魔導師~(旧版)

遠野いなば

第1章

第1章① その名はゼノ

01 図書室にて

 ときどき見る夢がある。

 誰かが泣いている。そんな夢だ。


 朝に起きると、夢の内容は忘れてしまう。

 それでも。

 その人は悲しそうだった、ということだけは覚えている。

 深いフードを被り、いつも顔は見えない。

 足元の花びらに、ぽつりぽつりとしずくが落ちる。

 それをみて、あぁ泣いているのかと、気づく夢だった。


 決まってその夢をみたあとは、自分も涙を流して起きることになる。



 ◇◇◇◇◇



「────痛っ!」


 ばさばさと本が落ちてきて、ゼノは目を覚ました。

 しまった。

 謁見えっけんの時間まで長いからと、図書室で待っていたら、いつの間にか寝落ちしていた。さらには本棚の机に突っ伏していたものだから、後頭部にがつんと本が直撃した。


「しかも分厚い本」


 目尻に浮かんだしずくを払い、落ちてきた本を手に取った。


「フィーティア神話か……」


 それは大陸全土に広がる古い神話だった。

 この王国──ユーハルド王国でも、誰もが知っているおとぎ話だ。

 本を開けると、中は絵本になっていた。


「絵本なのに、まぁまぁ分厚いとか……」


 だけど読みやすい。まだ時間はあるし暇だからと、気まぐれに読んでみた。


「──かつて、世界は一つだった」


 それは古い古い神話の話。


「色とりどりの花が咲き乱れ、散ることのない穏やかな楽園。そこには、三匹の竜たちがいた。ある時、竜達は喧嘩をする。自分たちの中で誰が一番強いのかと」


 本には、青と緑と黄色の竜が描かれていた。


「その喧嘩は次第に苛烈かれつを極め、美しい空はかげり、大地は燃え、青き海はしゅへと変わった。これを嘆いた楽園の王は、争いをとめ、世界を三つに分ける。竜たちが二度と争わないようにと」


 ページをめくる。


「以降、三つの世界が交わることはなく、再び大地に平和が戻った。そして、王は失われた楽園──異郷いきょうにて、今でも竜たちを見守っている。フィーティア神話、序章──」


 ぱたんと本を閉じた。


「変な話」


 しかも長い。序章ということは、まだ続くのだろうか。

 厚さを見る限りそうみえるが。


(本当にこんな話のどこがいいんだが)


 昔、熱く語っていた友人を思い出しながら、ゼノは本棚へと本を戻した。


「──あぁ、いたいた。ゼノ、殿下への謁見の時間だそうだ。時間になっても来ないと、大臣が嘆いていたぞ」


「え? あぁはい!」


 かけられた声に、ゼノは振り返る。


「いま、行きます」


 図書室の入り口には、自分と同じく文官服を着た壮年そうねんの男が立っていた。

 この国の王佐、ユーハルド公爵ロイディール・リラ・リーナイツ。

 長いので、まわりからは『ロイド』という愛称で呼ばれている彼は、呼び名と同じ長い灰色の髪をしていた。


「君が図書室とは珍しいな」


「……まぁ、たまには本でも読まないとと思いまして」


「はは。それはいい心がけだ。本は人生を豊かにする。君に言うのもあれだが、もっと多くの本を読むといい。そうすれば、今よりも色んな景色が見えるだろう」


「はぁ」


 そう言われても。謁見までの時間を潰すため、図書室にいただけだ。ゼノは普段から本を読むわけじゃない。さきほど読んでいた本も、つまらない雑話集に、神話と、これといって彼が言うような『人生を豊かにする』本の類ではない。


 ただ、この国で一番、博識であろう王佐に言われては、ゼノも「そうですね」と言うほかなかった。それになにより、彼はゼノの養父、アウルの友人だった。だからなのか、下級文官である自身に対しても、こうしてよく気にかけてくれていた。


「あぁ、そうだ。大臣が言っていたが」


「……?」


「お前の配属先が変わったそうだ。サフィール殿下ではなく、ライアス殿下の補佐官だとの話だよ」


「え! 嘘!」


「本当だとも」


 それはまさに、寝耳に水というやつだ。

 しかしそれでは、今向かっている謁見の先というのは──


「え、じゃあ今から挨拶するのって、ライアス王子なのか⁉」


 思わず、ゼノは馴れ馴れしく話しかけてしまったが、ロイドはさして気にする様子もなく頷いた。


「そうだな。──あぁ、ほら大臣がお待ちかねだ。はやく言ってやるといい」


 ロイドが視線を向けた先には、恰幅かっぷくのいい男が、ひどく慌てたようすでこちらへ走ってくる姿がある。あぁ、あれは怒っている。


「うわー、最悪」


 ひとこと呟いて、ゼノは大臣の元へ歩いていった。



■■■■■

一話を読んでいただきありがとうございます。

最初の数話は主人公の心情にあわせて、退屈な展開になっております。


物語が動くのは5話から。

ゼノが王佐を目指す理由は7話に。

9話(と番外編)でひとまず序章分となります。

そこまで読んでもらえたら嬉しいです。

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