第2話 親友の記憶

彼女がいた場所に花が添えてある。


雨で流されてはいるが、血の色が微かに残る地面が私の瞳に映る。


私の目の前にある光景は残酷にも私が何も知らなかったことを意味していた。


彼女が抱えていたものを私は知った気になっていただけだっただ。


私は彼女が一人なのを知っていたはずだった。可哀想だと手を差し伸べたはずだった。彼女の苦しみを理解しているはずだった。


思いあがりだった。私は何も知らなかった。分かってなかった。


彼女の兄が亡くなったことは知っていた。でもどうやって亡くなったのかは知らない。


彼女の母親が出て行ったのは知っていた。でもなんで出て行ったのかは知らなかった。


彼女の父親が亡くなったのは知っていた。でもどうして亡くなったのかは覚えていない。


彼女のことは何も知らなかった。何が好きで、小さい頃は何をしていたのか。どんな色が好きで、どんな音楽が好きで、どんな人が好きなのか。


彼女の周りにある情報だけをすくって彼女自身のことを知らずにいた。


彼女の抱えている闇なんて何も知らない。


私の記憶にあるのは…あるのは…血の色が微かににじむ目の前の光景だけだった。


おかしいよね。何もない。友達だったはずなのに。


彼女の顔も、声も、仕草も…なにもない。


彼女を思い出そうとしても、私の浅はかな言葉しか浮かんでこない。


「私はあなたの味方だよ」


「私はあなたよりもつらい人を知っている」


「あなたもすぐに立ち直れるよ。私がいるもん」


「もうそろそろ乗り越えなよ。つらいのはあなただけじゃないんだよ」


「世界にはあなたよりも不幸な人はたくさんいるんだよ。あなたは生きてるから幸せだって思わないと」


何を言ってるの?何その言葉?自分に酔っている。


気持ち悪い、きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい!


唐突に来る吐き気を抑えられずに私は胃の中のものを吐き出した。


周りからは嫌悪の視線が突き刺さる。あぁ…なんだろう、この感じ。私が私をひどく嫌悪している。


私と彼女が友達だって?どこが?こんな最低なやつ友達なんかじゃないだろ。


自分に酔って、うその笑顔を張り付けて、友達が死んだのに涙の一つも流せないやつなんか。


傘を落としたことも忘れて、私の身体は冷たい雨に打たれる。


彼女がいた場所から少し歩いて大きな道にでた。車のヘッドライトが目の前を通り過ぎていく。


あぁ、いまなら少しだけ彼女のことが分かるかもしれない。


死にたくなるってこういうことなのかもしれない。痛いよね。怖いよね。でも軽くなるならいいよね。


私はあなたの重さに耐えられなかったよ。何にも知らないのにね。


鉄の塊と私の身体が鈍い音を立てながら宙を舞い、強い衝撃が私の頭に残った。


最後に思い出したのは彼女の瞳に映る汚い私の顔だった。

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