記憶の巡る物語
神木駿
第1話 記憶とは
あぁ…今日も雨が降っている。
私は周りの建物よりも少しだけ高いビルの上で傘をさす。
少し前から降り続けている六月の雨は止む気配がない。雨が打ち付ける傘の音は私自身をひどく憂鬱にさせていく。
雨の日は嫌いなんだ。嫌な思い出だけが頭に浮かんでくる。
兄が死んだ日も、母がいなくなったときも、父の葬式のときも。
雨の音が私の耳を打ち付ける。こんな記憶無くなればいいのに。
何度も…何度も、何度も何度も!
そう願ったのに私の記憶から消えることはない。
雨の音も、兄の死に顔も、母の最後の言葉も、父の遺影も。
すべてが私の脳裏に焼き付いて離れない。
もういいよ。もう十分だよ。もうこれ以上、私を苦しめないでよ!
兄は私を庇って死んだ!満足げな顔をして流れ出る血を雨が洗い流していった。
母は兄が死んだのをきっかけに私を苦しめた!兄のほうが優秀だった。お前が死ねばよかった。最後の言葉はそれだった。
父は一人ですべてを抱え込んだふりをして逃げた!自分だけが苦しいだなんて勘違いして私を置いていった。
私だけが雨とともに残された。
私はいつの間にか傘を落としていた。
冷たく降りかかる雫の一滴一滴が私の体を蝕んでいく。
このまま私の体温を全て奪い去ってくれないか。そう切に願うがそれは叶わない。
もういいよね。もうなにも残らないから。もう消してしまっても、消えてしまっても。
傘に当たる雨の音は私の耳から遠ざかる。
その代わり、少しの浮遊感と体にかかる風が少しだけ体をひどく寒く感じさせた。
記憶を抱えて生きていく。それがどれほど辛いのか。死んだものには分らない。いなくなったものには分らない。
ただそれを抱える人間に重さが増えていくだけである。
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