リコネクト、リスタート

私立天野川学園の各教室に放課後を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。土日の休み明けの月曜日の授業を終えたクラスメイト達は嬉しそうに帰る準備をしたり、世間話をしている。


私は持ち帰る荷物をリュックにしまう、そして袋にいれた赤心こころさんから借りたハンカチを確認する。しっかりと洗濯してアイロンもかけたので綺麗になっていると思うけど、大丈夫だろうか?


そう思いながらリュックを背負って教室を出る、先輩が早く帰る可能性も考慮して早足で先輩のいる高等部の2年B組へと向かう。


廊下の窓から降り注ぐ日差しの暖かさに春からだんだんと夏への季節の移ろいが感じられた。正直な話、私にとって季節の寒さや熱さはあまり苦に感じない。魔法少女の戦いで相手の魔法で火をくらい火傷したり、相手の魔法で片手を凍らされ軽い凍傷になったりと色々と経験したからだろうか?


慣れない高等部ばかりが歩く高等部教室を見て2年B組を探す。高等部の方にはあまり来たことがないため、少し気まずい。


B組を探していると向こう側から狩野 文乃カノ アヤノさんが歩いてきていた。視線があって軽く頭を下げるとパタパタとこちらへと早歩きで近寄ってきた。


「えっと、この前の後輩ちゃんだよね?」


「お久しぶりです先輩」


「ここら辺は高等部の教室だけど、何か用事があるの?」


不思議そうにそう話すアヤノさん、アヤノさんは確か高等部だ。もしかしたら2年B組の場所を知ってるかもしれない。


「はい、2年B組に用事が。ですが2年B組が何処なのか分からなくて」


そう事情を説明すると目を見開いて文乃さんが口を開いた。


「え!?すごい偶然……私の教室だ。じゃあ案内するよ」


「ありがとうございます、先輩。助かります」


まさかアヤノさんも2年B組だったなんて、知らなかったな。偶然だろうけど私の知る魔法少女であった人達が同じ教室に二人もいるだなんて。


本当にすごい偶然だと思いながらアヤノさんの横に並んで歩く、こうして文乃さんの隣を歩くのは凄く久しぶりだ。


「そう言えば、前はごめんね。急に頭を撫でたりなんかしちゃって」


「大丈夫です、別に怒ったりとかはしてないですから」


「良かったぁ、もしかしたら嫌われちゃったかもって心配しちゃって!そう言えば自己紹介してなかったよね、私は狩野 文乃」


「佐久魔 空良です。よろしくお願いします、アヤノ先輩」


そう言って笑うとほっとした様子で息を吐いた後、アヤノさんと自己紹介をする。


「そう言えば、ソラちゃんはどうしてウチのクラスに?先生からの届け物とか?見た限りは資料とかは無さそうだけど」


「えっとその、赤心こころ先輩に用事があって」


「こころちゃんに?あ!ここだよ」


そう言って教室を指差してから入っていくアヤノさん、取り敢えず返すハンカチの入った袋を持ってから教室に入ると、教室にいる高等部の人達からの視線が私に集中する。


辺りを見回すとアヤノさんが二人の見覚えのある人達と共に話しているのを見かけて目を見開いた。


「こころちゃん、こころちゃんに用事があるって後輩を連れてきたよ!」


「ふふ、彼女が来たのかな?」


「心当たりがあるんですか?こころさん」


「まぁね、ほら私の曲に名前を考えてくれた後輩がいたと話しただろう?」


「あぁ、あの時に話していた子ですか!」


暗めの茶髪をポニーテールに纏めたこころさんが何処か楽しそうに笑いながら話し、話を聞いて思い出したとばかりに両手をパチンと合わせる黒髪のおさげを左右に結んだ人が、小暮 御菓子コグレ オカシさんがアヤノさんと話していた。


本当に、本当に凄い偶然だ。


魔法少女として活動していた時も仲良さそうだった四人の内の三人が目の前でこうして平和な日常を謳歌している姿が見られた。


「あ、来た来た!こっちだよ!」


若干の気まずさを感じていると、アヤノさんがこころさんの所に来るよう手招きしている。私は頷き返してから彼女達のいる場所へと向かう。


「やぁ、久しぶりだね。後輩」


「お久しぶりです赤心先輩」


「こころでいいよ後輩、赤心って名字は少し言いにくいだろうし」


そう笑いながら話すこころさんに釣られて笑いながら袋に入れていた借りていた折り畳まれたハンカチを取り出して先輩に渡す。


「以前にお借りしたハンカチです、しっかり洗濯してアイロンもかけたので安心して使ってください。」


「あぁ、ありがとう後輩。所で後輩の名前を教えてくれないかな、前に話したときに後輩の名前を聞くのを忘れていたからね」


ハンカチを受け取りポケットへとしまったこころさんがそう言って私を真っ直ぐ見詰めてくる。真っ直ぐ見詰め返しながら私は笑顔を浮かべながら口を開いた。


「ソラです、佐久魔 空良。」


「ソラだね、漢字はどう書くんだい?」


「えっと、佐久魔のまはあいだの『間』ではなく悪魔や魔法の『魔』で空に良しと書いてソラです。」


「へぇ、珍しい名字だね。なんだかファンタジーを感じる、後輩を表す良い名前だね」


「ありがとうございます」


「ソラちゃんって言うんですね、私は、小暮 御菓子コグレ オカシ。こころさんの友達よ、宜しくね」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。コグレ先輩」


「ふふふ、可愛い後輩のお友達が出来て嬉しいわ。よかったらオカシ先輩、でもいいですよ」


また、この三人と出会うことが出来た。そしてこうして知り合いに慣れたことに、嬉しさと懐かしさを感じる。


「せっかくだし、後輩さえ良ければ今から喫茶店でもいくかい?財布にも優しいし静かで良い店があるんだ」


「いいですね、ソラちゃんとの仲を深められますし!今日なら家の手伝いがお休みなので私もご一緒できますよ?」


「なら四人でいこっか?ソラちゃんはどう?」


「ご一緒させて貰います」


「オッケー、なら行こうか」


「私も準備出来てますよ」


「準備早くない!?す、すぐに準備するから待ってて!30秒で支度する!」


そう言ってこころさんが立ち上がって鞄を持つのに続いてオカシさんが教材をいれた鞄を持って立ち上がると、二人が準備を終えていた事に驚いたアヤノさんは慌てた様子で自分の席に向かい鞄に教科書等の教材を詰め込み始める。


「ふふふ、焦らなくてものに」


「30秒で支度する様に言うのは此方側のネタなんだけどね」


こころさんの案内で、私達は学校から少し歩いた場所にあった喫茶店へと来ていた。外には店の名前が書かれた小さな看板と花壇のある一昔前の、ちょうど火守さんが好きそうなアンティークな雰囲気を持つ店だ。


看板には『nasuka』と明朝体で書かれていて、ここで本を読みながらコーヒーを飲んでいる人達がいそうなイメージが連想される。


「さぁ、入ろうか。みんな」


先導して店内へと入っていくこころさんに続いて中に入るとレトロな置物が所々に置かれていて、何処か高級そうなソファで挟まれた木製のテーブル席が片手で数えられるほど設置された空間が広がっていた。また木製の椅子が並ぶカウンターにはコップやコーヒーカップが納められた棚をバックにしてコップを磨いているYシャツの上から黒いエプロンをかけた40代くらいのメガネをかけた男性が立っていた。


「おや、今度はたくさん友達を連れてきたね?」


目があった店長と思われる男性に軽く頭を下げて挨拶しながら店内を見渡す。私達以外にお客さんはいないようだ。この雰囲気とか結構お客さんとか来そうだけど。


「うん、テーブル席で頼むよ」


「お好きな席にどうぞ」


私はこころさんの隣に座り、アヤノさんとオカシさんが向かいの席に座る。


「さ、せっかくの後輩との交流の機会だ、後輩のドリンクは私の奢りだ。好きなものを頼むといいよ、後輩」


「ありがとうございます、こころ先輩」


「えぇー!いいなぁ」


「ふふふ、良かったねソラちゃん。さて、私は何にしようかなぁ」


他の三人にも見えるようにメニュー表を開いてドリンクメニューを見る。ドリンクメニューや軽食メニューはどれもこころさんが言っていた通り財布に優しい値段ばかりが並んでいる。


「私は決まっているけど、みんなは?」


「奮発してクリームソーダにしようかなぁ」


「私はロイヤルミルクティーと抹茶アイスにします、ソラちゃんは決まりました?」


「えっと、それじゃあアイスココアで」


「マスター、クリームソーダにロイヤルミルクティーと抹茶アイス、アイスココアとホットコーヒーを頼むよ」


こころさんの声にカウンターにいたマスターさんが頷く。凄く居心地の良い店だと感じる、マスターさんを見てからこころさんは此方へと視線を戻す。


「それにしても、いつこんな良いお店を見つけたんですかこころさん」


「高等部になったばかりの頃かな、雰囲気も良いし暇なときや歌詞を書く時とかはここにくるんだ」


「え、こころちゃん歌詞書けるの!?凄いなぁ、今度聞いてみたい」


「ふふふ、ありがとうアヤノ。機会があったら是非聞いてほしいな、ちなみに私の創作した曲に名前をつけてくれたのが後輩なんだ」


「そうなの!?」


嬉しそうに笑いながら話すこころさんに驚いた声をあげながら私の方を見るアヤノさんと楽しそうに微笑みながら話を聞くオカシさん。


「ふふふ、後輩は私にはない発想やアイディアをくれるんだ」


「え、こころちゃんいつソラちゃんと知り合ったの?」


「一週間くらい前かな」


「結構最近なんだ」


アヤノさんがまたもや驚きの声をあげた時だった、奥から出てきたマスターさんが私達のテーブルに注文した品の載ったお盆を持ってきて置いていく。


「お待たせしました」


こころさんに以外のみんなが軽く頭を下げる、するとマスターさんがささっと先程と同じ場所に戻っていった。


頂きますと口にしてからアイスココアに差されたストローに口をつける。うん、甘くておいしい。こころさんはブラックのままコーヒーを飲み、オカシさんは先に抹茶アイスに手をつけている。アヤノさんはどうやら下のジュースより先に上のアイスを食べ始めるみたいだ。


「うん、やっぱりマスターが淹れるコーヒーは美味しいな」


「そうなんですか?今度来たときに頼んでみようかな……」


「二人とも大人だなぁ、私は苦くて無理なのに……ソラちゃんは?」


アヤノさんはコーヒーの美味しく飲むことの出きる二人へと羨ましそうな声をあげ、私のほうを見る。


「えっと、飲めますけど……好んで飲んだりはあまり」


ここに連れてきてくれた先輩には申し訳ないけど私はコーヒーはあまり好んでは飲まない。苦いのが少し苦手だ。


「良かったぁ、私以外にもコーヒーが飲めない人がいたよ」


そう安心した様子でクリームソーダのアイスを食べるアヤノさんを見つめて微笑みながらそれぞれの飲み物を口には運ぶ二人を見ていると、ふと考えてしまう。


私は、この人達に数えきれない程助けられ、返しきれないほどの恩を受けてきた。私は貰った分の恩を、この人達に返すことが出来たのだろうか?そんな事を考えてはいられない程に、私は戦場で戦ってきた。この体を犠牲にしてでもみんなを守りたいと、必死に私は日々を過ごしていた。


そんな私は、果たして彼女達に何かを返せたのだろうか……。


今の平和な世界で生きるこの人達に感謝の言葉を伝えたとしても、きっと首をかしげるだけだろう。


前は何も返せなかったかもしれない、ならせめて。この人達がこうして平和な日常を過ごせるように、私があの怪物達を倒せば、きっと目の前の人達への恩返しになる……なると、いいな。


そう思いながら私は先輩達との時間を楽しんだ。



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