白い妖精


地球とは異なる次元、そこにはアトラマジーナに住む妖精とはまた違った容姿と力を持つ妖精達の暮らす、大空に浮かぶ大きな島があった。


その国の名はスカイレイス。


精霊王姫ケルビム・セラフィーが統べる妖精達が暮らす国である。


そんなスカイレイスの国の中央にある城、そんな城の謁見の間に一人の少女が頭を垂れ膝を付いていた。


彼女は一言で表すのなら、真っ白な妖精であった。そんな彼女の向かいにある玉座に座っているのはスカイレイスを統べるストレートヘアに桃色の髪を持つ精霊王姫、ケルビム・セラフィーである。


「良くきてくれた、メリアよ。いきなりだが本題に入る、こことは異なる次元にある地球という星で突如として魔力の反応が現れた」


メリアと呼ばれた妖精は、ケルビムの言葉に眉をひそめながら口を開く。


「?……地球の魔力を扱う技術は、衰退したはず」


そう、かつての地球には魔法を扱う技術があり魔力を感じられる者達がいた。だが、女性の多くが13世紀から18世紀までの間で盛んだった魔女裁判で死刑となり帰らぬ人となった、男性は悪魔や魔女の下僕と考えられ、虐殺される事となった。


「故に、地球に何かが起っていると考えられる。ソナタには地球へ赴き、原因を調査して欲しい」


「仰せのままに」


ケルビムの言葉に頷くと、メリアはその場で背中の機械的な見た目の2対の翼を広げる。翼から光で出来た羽を広げ、地面を蹴る。


謁見の間の天井が開き大空が広がる中、城から飛び出したメリアは目の前に手を翳す。すると光輝きながら空中に線が現れ、線は魔方陣を描くと先程より強く発光する。


メリアは魔方陣へと突き進むと先程のような景色から一変し、真っ暗な夜の空が広がっていた。ゆっくりと減速して滞空しながら、大地に広がる建物が並んだ地域を見下ろす。


「ここが、地球……。」


そう呟きながらメリアはゆっくりと、建物の間を飛行する。


時間帯は夜、大抵の人は眠りに付き住宅街は静寂に満ちていた。そんな住宅街の建物を飛行する中で、メリアは1つの建物に目を止めた。


「ッ!」


メリアはその建物、家の門に掛けられた表札には佐久魔と書かれており、二階のガラスで出来た窓から中の部屋を覗く。そこには一人の少女がベッドの上で静かに眠っていた。


彼女を見た瞬間、何かを感じたメリアは窓のガラスに平行になるように魔方陣を宙に描く、そして発光した魔方陣を通り抜けると先程まで窓の外から見ていた家の中にいた。


メリアはゆっくりと彼女の眠るベッドの枕元に滞空すると、ゆっくりと眠る彼女のおでこへと手を置く。


「ッ!この人は……」


メリアは彼女が通常の人よりも記憶量が多く、どれもが深く、それこそ魂に刻まれているのでは無いかと考えられる程に鮮明な記憶を所持している事に気付いた。


それに気付けたのはメリア………彼女が記憶を司る妖精だからであろう。


スカイレイスに住む妖精は自身の姿をそれぞれ固有の形状のアイテムへと変身させる事が出来る。


彼女達は自身の魔法と変身したアイテムを使える、使いこなす事が出来ると感じ認めた相手に忠誠を誓い、仕えるという事がある。


メリアは彼女が、自身の変身した際のアイテムとアイテムを通して発動する事の出来る魔法を扱えると感じたのであった。


彼女の魔法は只でさえ、記憶量が多くなければ意味がなく、鮮明に覚えていなければ発動できないという外の妖精より尖った物である。


そんな彼女は、頬を僅かに上気させ眠る少女の顔に触れる。まるで運命の人と出会ったときの様な表情を浮かべた彼女はゆっくりと口を開いた。


「見つけた、私を扱うに相応しき人……ご主人様」


彼女はゆっくりと翼を畳み光の羽を消して少女の枕元に着地すると、眠る少女の枕元の布団に肩まで入り横になる。


彼女の脳には既に精霊王姫ケルビム・セラフィーから受けた使命など存在しなかった。あるのは目の前の少女に仕え、力になりたいという純粋な奉仕心のみ。


なら何故メリアは少女の枕元で横になったのか、それは彼女が仲良くなるには、一緒に眠ると良いと思っているからだ。


何故かというと城の図書室の奥にて、ケルビムが血眼になって荒く呼吸しながら読んでいた一冊の本には仲良くなる際は『一緒のベッドで眠る(意味深)』とイラストと共に描かれていたのを見たからであり、メリアは意味深の部分が分からず一緒に寝れば良いと会釈したのである………桃色髪の人物はやはり、特定属性の持ち主なのだろうか。


そんな事はさておき、こうしてメリアは少女の枕元でゆっくりと瞼を閉じて眠りに付くのだった。
























意識がゆっくりと浮上する感覚と共に瞼を開け、目の前に広がる見慣れた天井を眺めながら休日開けの月曜日の少し気だるけな気分を味わう。


あぁ、これが私の望んだ普通の女の子としての日常だ。


ゆっくりと瞼を開け意識を目覚めさせることが出来たのは恐らくここ最近では稀な方だろう。悪いときはあの時の夢を見て慌てて飛び起きる為に、朝から疲労感が少しあるのだ。


だが、今は窓から差す太陽に清々しい物を感じる。


そう言えば、昨日は窓のカーテンを閉めるのを忘れてた。今日からは気を付けよう、取り敢えずベッドから降りて着替えないと。


前は軍の寮に住んでいた為に起きてからの行動はかなり早かったから、朝起きてからすぐに行動出来ていたけど、こうして普通の日常を過ごしていく内に家のベッドの布団から出るのが少しだけ遅くなった気がする。


上半身を起こしながら布団を避けて畳み、腕を天井へと向けて伸ばす。


「ふぅ、ん?……っ!?」


『んにゅぅ?』


腕を下ろしたときに左手にふにゅりと、変な感触がした後に聞き覚えのない声がして思わず固まる。即座に左手の方を見ると、そこには白髪で片目を隠した小さな少女……冗談抜きで10cmくらいの身長の少女が、ベッドのシーツに横になっていた。


ゆっくりと彼女の体に触れている手を引き戻した次の瞬間にベッドから距離を取って胸元のネックレスについたカタリストを握り締め、いつでも変身出来るよう構えてベッドの上にいる少女を観察する。


10cmくらいの身長の彼女はベッドから体を起こしながら眠そうに眼を擦っている。


いつの間にあそこに眠っていた?そもそもいつ侵入された?目的はなんだ?そもそも彼女はなんだ?10cmくらいの少女なんてあり得ないし、あの背中についた機械?装甲?のような物は一体なんだ?


『………おはよう、ございます。ご主人様』


「は?」


聞き取れた言葉に思わず口が空いたまま止まる。彼女は今なんと言った?ご主人様と言ったのか?誰に?私に!?


「貴方は何者なの、何の狙いがあって私の所に……」


「そう言えば、自己紹介まだだった。私はメリア、記憶を司る妖精。別の次元に存在するスカイレイスから来た、今日からご主人様にお仕えする?から、よろしくお願いします」


そういって頭を下げる10cmくらいの少女…メリアに敵意は無さそうだと感じて構えを解いてカタリストから手を離す。


別の次元?妖精?スカイレイス?ウィザーズと呼ばれていた彼女達と何か関係があるの?それともフォールエンスからのスパイ?だとしたら私がセルリアンに変身するとバレている?


「ソラ、起きてるー?」


思考の沼に沈んでいく意識を、お母さんの声が現実へと呼び戻す。ふと時計を見れば私がいつも起きて下に降りている時間帯を10分程過ぎていた。


「あ、起きてるよ。すぐに降りるから」


そう声を書けるとお母さんから「わかったわー」と言う返事が返ってきた。取り敢えず階段を降りていく音が聞こえたのでもう話しても大丈夫だろう。


「取り敢えず、貴方は──」


『メリア』


言葉をさえぎられる、もしかして名前で読んで欲しい?とか。そう言う事なの?


「……メリアは私に対して、何かしらの害を与える気は?」


『ない、ご主人様を傷付けるなんてしない』


「そう、取り敢えず貴方の言葉を信用する事にするわ」


即座にそう答えたメリア、彼女や即答から嘘は感じられない。取り敢えず今は警戒しなくても良さそうだ………気は抜かないでおこう、暫くは様子見かな。


そう思いながらパジャマを脱いで、Yシャツを来て黒いタイツを履いてから壁に掛けておいた天野川学園の制服に着替える。


そしてリュックの中に入った教材と机の端に貼られたクリアファイルに入った時間割り表を確認する。


「よし」


リュックを手にもって部屋を出ようとして、ふと左肩に何かが乗った感覚がして目線だけを向けると、メリアが左肩に乗っていた。


『ご主人様?行かないの?』


「せめて、朝食の時はリュックの中に隠れて。お母さんや妹に見られたら面倒な事になるから」


そう言いながら背負っていたリュックを手にもってジッパーを開く。取り敢えず教科書の大きさによって少しだけスペースがあるし、入っていても問題なさそうだ。


『わかった』


何の躊躇いもなく肩からリュックの中へと飛び降りるメリアに、本当に私に対して敵意が無いのだと感じて溜め息が出る。彼女は私が絶対に危害を加えないと思っているらしい。


リュックを手に持ったまま下の階への階段を下がると、既にコハルは朝食に手を出していた。


「あ、お姉ちゃんおはよー」


「おはようコハル、お母さんも」


「おはようソラ、ご飯できてるわよぉー」


椅子に座ってテーブルに並べられたご飯を見る、今日はトーストにミルクらしい。どちらかと言えば私はお米の方が好きだけど、たまに食べるパンもまた美味しいのだ。


手を合わせて朝食を食べる。


それにしてもスカイレイス、ウィザーズと何か関係がある国?なのだろうか。メリア、彼女は自身の事を記憶を司る妖精と名乗っていた。


私の知る知識には記憶を司る妖精なんていない、それにしても何故彼女は私に仕えると言い出したのだろうか?


「ごちそうさまでした」


疑問を浮かべつつ、朝食を食べ終え皿を流しに置いてからリュックを背負い靴を履いて家を出る。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい、気をつけるのよ?」


「うん」


今日、コハルは先週の土曜日が授業だった為に振り返り休日で学校は休みだ、お陰で彼女とゆっくりと話すことが出来る。数メートルほど移動してからリュックを手に持ち直してジッパーを開ける。


「もう出て来てもいいよ」


そう声をかけると、リュックからヒョコりと顔を出したメリアはゆっくりと外を見回すと、背中の機械的な何かを広げる。恐らく翼なのだろうか?2対となった機械的な翼の間から光で出来た羽が広がり、メリアは私の顔くらいの位置まで上昇してリュックから出てきた。


『外?』


そして先程と同様に私の肩に座ると、背中の翼?を畳んで服に捕まる。何で左肩に乗るのかわからないけど、このまま止まっていたら確実に遅刻してしまうためリュックを背負い直して歩く。


「メリア、誰の命令で私の元に来たの」


『私の意志』


「何故私をご主人様と呼ぶの?」


『スカイレイスの妖精は変身して道具……アイテムになる事、出来る。スカイレイスの妖精、自分の司る魔法と変身したアイテムを使いこなす事が出来ると感じられた相手に忠誠を誓って、仕えるしきたり?風習?がある。だから、ご主人様』


なるほど、だとしたらウィザーズと何ら関係は無さそうだ。


「何故、私を選んだの?」


『記憶量が普通の人より多い。どれも凄く濃くて鮮明、私との相性が凄く良い……理想のご主人様だったから、仕えることにした』


記憶量が多い、その言葉に心当たりはある。


私が平和な世界を願う前、魔法少女セルリアンとして戦い抜いてきた記憶。確かにあの事を覚えているし、鮮明に思い出せるから彼女の理由に納得出来た。


「確か、貴方は──」


『メリア』


「………メリアは別の次元から来たのよね、なら何故地球に来たの?」


『私は、ケルビム様……精霊王姫ケルビム様に地球の調査を頼まれた。』


彼女の口から引き出した新たな情報、ケルビムという人物が地球の調査をメリアに指示した。何故?


『地球に魔力の反応があった、地球の魔力を扱う技術は衰退した。なのに何故か魔力の反応、あった』


………なるほど、恐らくその魔力の反応は私やウィザーズが変身して戦う際に魔法を使うから確認されたのだろう。


仮にもしメリアがスカイレイスへと帰り、この事を報告したらどうなる?スカイレイスからの援軍?そんな都合が良い展開が在るわけがない、あり得るのなら漁夫の利を狙った侵略か?


だとしたら既に侵略の手を送り込んでいるはず……ダメだ、朝からこんな事ばっかり考えてたら持たない。


取り敢えず学校での授業を終えてから考えるとしよう。


「私が学校にいる間はどうするの?」


『近くを見て回る、一応ケルビム様から頼まれた件もあるから』


そう言いながら私の肩から飛び立つメリアを見上げる。


「周りの人に見られないようにね」


『大丈夫、外の人はすぐに忘れるから』


そう言ってメリアは学校の反対方向へと飛んでいった。


それにしても、外の人はすぐに忘れる?どういう意味だろうか、記憶を司る妖精だし何らかの認識阻害の魔法を使っているのだろうか。


思考を続けながらも私は天野川学園への門を潜るのだった。


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