ビギニング


怪しげな試験管の並ぶ部屋、テーブルには様々な実験器具や書きなぐられた文字の並ぶ紙が散乱している。


「それで、まだ捕まえられぬのか。精霊姫や妖精どもは」


そんなテーブルで実験器具を手にした白衣の老人は、実験を続けながら部屋の入り口に立っている男へと問いかける。


「は、はい!発見したのですが、魔法を使う謎の少女達に妨害されておりまして……」


その声に、部屋の入り口に立っていた若い男性は声を震わせながらそう答えた。


「ふむ、それで地球の侵略状況は?」


淡々とした様子でそう返事する老人の反応に体を震わせながら口を開く男性は、酷く怯えていた。目の前の人物を怒らせたらどうなる?そんな想像をして、体が恐怖によって震え冷や汗止まらなくなる。


「そ、それがそちらの件も謎の少女達に妨害されておりまして──」


そう報告していた途中だった、老人はゆっくりと手に持っていた試験管に蓋をする。キュッとゴム擦れる音と共に試験管に蓋がされ、その場を沈黙が支配する。


老人は青い顔をする男性を一別すると別の試験管へと手を伸ばしながら口を開く。


「もう良い、下がれ」


「は、ははははいッ!失礼します!」


此方を見たときの眼光に慌てた様子で部屋の入り口から走り去る男性を気にすることも無く老人は試験管の液体を試験管立てに置く。


「レイベーダー様、お呼びですか」


扉の入り口に一人、綺麗な銀髪を持ち漆黒の鎧を見にまとい腰に黒い剣を差した若い男が膝を付き頭を垂れる。


「どうやら、地球の侵略が進んでいないようだ。、お前の出番だ」


彼の名はレオ・モーデル、フォールエンス三番目の強さを誇る剣士である。


「はっ!全てはフォールエンス、並びにレイベーダー様の御心のままに」


レオと呼ばれた男はそう言いながら振り返り部屋を後にする。


そんな彼の様子を見てニヤリと笑う老人、彼の笑顔はようやく地球の侵略が進む未来を見た結果なのか、それとも妖精や精霊を捕まえ自身の実験を進められる喜びからなのか……または外の何かに対してなのか。


それを知るものはこの老人、フォールエンスの創設者であるディストラ・レイベーダーにしか分からない。


「必ずや、不老不死の肉体をこの身にッ!」


今、フォールエンスとウィザーズによる地球の危機と精霊や妖精そしてアトラマジーナを掛けた戦いが苛烈を極めようとしていた。





















バスに揺られながら、過ぎていく町の景色を横目に私はバスの一番後ろの端の席に身を預ける。目の前を流れる景色は自分の見慣れたものではなく、新鮮な物ばかりだ。


ここは天野川市の隣町に当たる星雲町。

夏や冬は大きな公園で星を見ることが出来るイベント『星降祭』を毎年開いている事が有名だ。

ニュースで報道されていたからか、良く住宅の集まっている地区で人が集まって話している景色が流れて行くのが見える。


隣町へのバスが早い時間にあって助かったな。


そう思いながらバスに揺られていると今朝見たニュースの映像を思い出した。


映像には病院が映っており、外でテレビ局のレポーターである女性がマイクを持って話していた。画面の端にLIVEの文字が見えなかったので恐らくはテレビ局の人達はいないだろう。


服の上から、ネックレス………カタリストに触れる。


『ちょっとユズキ!先輩なんだし先輩とか、さんとかつけないとダメじゃない!』


そう話すサイドアップヘアーの少女はいかにも私は怒っています、と言った様子で腰に手を当てている。それに対して、首をかしげ困惑した様子をみせるワンサイドアップヘアーの少女。


『でも、ソラが良いって……』


『ソラが良くても私がダメなの!!』


『うぅ?』


ふと、昔の事を思い出した。


初めて彼女達が魔法少女となり私のいる軍の施設での顔合わせが始まった時だ。私の名前の呼び方でオトハとユズキが少し揉めてしまったのである。


いや、怒っていたのはオトハだけだったから、揉めていたと言う言い方は可笑しいかな?


当時の私はその時は魔法少女として戦う事と守ることに集中していたから、自己紹介の際に新しく入った魔法少女達に私をなんと呼べば良いか聞かれた際『呼び捨てでも、魔法少女名でも何でも良いよ』と、そう答えた事が始まりだった。


内容はユズキが私を呼び捨てにするのはダメ、そうオトハが主張したものだった。結果的ではあるが彼女達を助けた私を、オトハは尊敬してしまった?らしい。初めて会った時のオトハの第一声が『あの時は助けて下さってありがとうございます!ソラ様!!』だった。


正直、あの時の周りの目線が凄く気まずかった事は濃く私の記憶に残っている。今となってはそれも良い思い出だ。


そんなオトハにどうにか頼み込み、様付けからさん付けにして貰った直後に起こったのがこの出来事である。


当時の私はその様子を見てどう鎮めれば良いか分からなくて、おろおろとして見守ることしか出来なかった。


結局はオトハが折れてくれて、ユズキは私を呼び捨てに。オトハはさん付けで呼ぶ事で解決したんだっけ。


「次は星雲病院、星雲病院でございます」


バスの放送が聞こえて意識が現実に引き戻される。バスのボタンを押し、チラリと窓からバスの行く先を見れば今朝テレビに写っていた星雲病院が見えた。


確かめないと、ニュースに出ていた少女がユズキなのかを。


バスの料金を支払って降りる、大きく真っ白な建物、建物の入り口には大きく星雲病院と描かれている看板が置かれていた。


病院の前ではチラホラと病院に来た車や車椅子で移動する人が見える。病院の入り口に設置された大きな自動ドアの入り口から中に入ると、大きなロビーがあり何個も置かれたソファーに受付待ちや会計待ちのお客さんが座っている。


病院に来る人の数が少ない、それは良い事だ。


前の世界じゃ病院では収まりきらない程の怪我人がいたし、受付や通路そして待機場すらも布を敷いて怪我人を休ませなければならなかった。


魔法少女となり医療に関する魔法を得た魔法少女の多くは、戦場以外はこの場で活動していた、いや活動しなければならなかった。


増加するビーストの出現に敵魔法少女の暗躍と破壊活動、それに伴い被害は止まることを知らない。本来ならば医療に関する知識がなければ行うことの出来ない医療行為、高校生にも至らぬ未成年であれども手術や医療行為を行わざるを得なかった。


公民館や学校の殆どは避難所か仮の病院として扱い、怪我人の治療を行う場所に変わった。私のような戦闘向けの魔法少女はビーストにより破壊された町の瓦礫等の撤収と生き残った人の探索と救出作業を行わなければならなかった。


家を失い、テントや野宿で過ごすような人もこの目で見てきた。怪我の痛みに喘ぎ、肩で息をすることで命の糸を繋いでいる人も見てきた。


だから、この光景が凄く愛しく当たり前を素晴らしいと感じてしまう。病院の前でこんなことを考えるのは、少し不謹慎だろうか?


受付の外の人が並んでいない席に座っている職員さんの元へと向かう。これでもし、彼女の名前を話して反応があれば今朝のニュースは彼女で間違いない。


「すいません、神島 結姫さんのお見舞いに来たんです。神島さんのお部屋をお教え頂けませんか」


「神島 結姫さんですね。ご関係は?」


「ッ……」


そう言って職員さんが受付の机に設置されたパソコンを操作する。


「……知人です」


なんとか、そう返事を返した。今の私は彼女の事を一方的に知っているだけの人だし、たぶんこれであっている筈だ。


すると、パソコンを見ていた職員さんの顔が少し申し訳なさそうな表情を浮かべると口を開いた。


「ごめんね、知人の方はご案内出来ないの。ニュース等で取り上げられた患者さんがいると、知人や友人を偽って患者さんに取材をしようとする記者さんが多いから、警備が厳しいの」


「そう、ですか」


どの世の中でも、そういう人はいるのか……。


「もしかして結姫さんと友達だったのかな?」


「え、と……はい」


「ごめんね……彼女の部屋が三階って事くらいしか教えてあげられないの」


「ありがとうございます、それじゃあ失礼します」


そう言って受付の人に軽く頭を下げてから病院の外に出る。人が通らなそうな場所へと移動して、頭を抱えて座り込む。


…………彼女、だった。


『次のニュースです、先日星雲町の○○地区にて、一人の少女が家庭内で育児放棄され暴力を受けていることが判明。星雲病院に運ばれたそうです』


今朝見たニュースの映像が、また私の頭の中で甦る。目の前が真っ暗に塗りつぶされていく。


彼女が今朝のニュースの、私がこの世界を望んでしまったが故に彼女にとって最悪な結末が起こってしまった。


私のせいだ、私が平和な世界を望んだから。


私はこんな世界を、彼女が救われない世界を望んでいた訳じゃない。


こんな未来のために、私はこの平和な世界を望んだんじゃない。


みんなで笑って、学校に行って、笑って………普通に生きて行きたかっただけなのに。


それだけだったのに、こんなんじゃ私は何のために……。


そんな時だった、私の脳裏にある記憶が甦った。
















私が魔法少女となったばかりの時の事だ。


『セルリアン、良いか?どんなに苦しくとも……歩みを止めてはならぬ』


綺麗な黒髪に黒地に金色の装飾が入ったコートを羽織った少女が夕焼けを背に立っている。


彼女は軍に所属する魔法少女の中でも強者に数えられる人物で、彼女は戦闘訓練を終えた私を連れて何故か建物の屋上へと訪れていた。


『いかにビーストが恐ろしくとも、状況が厳しくとも、どれだけ苦しく難儀であろうと決して諦めてはいかん、歩き続けるのだ』


彼女は優しく、まるで諭すような声で私へと話し続ける。


『諦めず歩み、そして進め。進み続ければきっと道は開ける』


夕方、逢魔が時と呼ばれる時間。瓦礫の散乱する地上の景色を眺め彼女の話を聞いていた私はふと思い出した。


いつからか、語られている彼女の二つ名。


とある地区の施設付近にて突如として発生したビーストからの襲撃を昼から夕方まで守り抜いた、一人の魔法少女。


『なぜこのような話をそなたにするのかって?ふふ、お主に賭けてみたくなったからだ。なんとなく、お主はこの絶望的な世界の未来を変える………そんな気がする!』


彼女はその手にもった大きな機械で出来たハンマーを持ち、ビーストと戦う。


逢魔ヶ時ノ王、魔法少女ラジアータ。


私に進むこと、そして諦めないことを教えてくれた人だ。





















「そうだ、まだ諦めたらダメだ」


彼女に教わったじゃないか、進まないと行けない。前へと進めば道は開ける、その為に私には何が出来るか……考えないと。


立ち上がり、ゆっくりと思考を切り替える。


目的は、神島 結姫を両親の元から保護する事。


今、彼女は入院している。


天宮 音羽が彼女と既に出会っている可能性を考えろ。前の世界から考えて、音羽と結姫が出会う可能性を。


偶然出会っている?これこそ一番望みが低い、学校での交流があった、これが今のところ結姫と音羽が出会っている可能性としてあり得る物だ。


『現在、少女は眠っているため詳細は不明です。からの通報を何度か受けており』


ッ!そうだ、ニュースでキャスターの人が話していた神島結姫が親から虐待していた事を通報していた。前の世界でも、あまり他人と交流することがなかった結姫が唯一共にいた友人とも言える少女は一人しかいない。


もし………もし彼女の親の虐待を通報したのが彼女なら必ず、いやもしかしたらお見舞いに来る可能性がある。まず彼女の部屋の様子を確認しないと。


病院の職員さんは彼女の部屋が三階だと話していた。また、最近は過激な記者のせいか警備も厳しくなっていることを。


なら、普通に中から入って彼女の部屋を探すのは難しい。こっそり忍び込んで見付かったなら両親に迷惑をかける結果になってしまう、それは避けなければならない。


なら、私だとバレない姿かつ外側から探すしかない。


幸いにも星雲病院は一階から入院患者の病室までにちょっとした指や足を掛けられそうな場所がある、それにこの病院はちょっとしたベランダがあるからそこに身を潜めればよさそうだ。


それに病院の裏は山。裏側から登れば職員や人に見られてバレる可能性は低い、ならば後は行動するだけだ。


私は外の人に悟られないようこっそりと病院の裏へと回り込む。太陽が遮られて、影が出来た周囲を見渡し、人が居ないことを確認して服の中からカタリストを取り出して握りしめる。


「オラシオン」


祈りの詠唱を口にすると、その声を鍵として私の体を魔力が包み黒のドレスの上から青いロングコートを羽織った姿へと変身する。


片手で背中に垂れた青いロングコートのフードを頭に被せ、病院の壁を見上げる。


「身体強化」


魔力が身体中に行き渡るのを感じ、私は深呼吸しながら手を握ったり戻したりと繰り返してから大地を蹴る。


建物を壊さないよう、壁のちょっとした縁に指をかける、その後足元近くにある縁に足を置く。次に右足を少し上にある縁へと伸ばしひっかけ、少し上の縁に指をかけて少しずつ上へと上がっていく。


足は壁に直角になるように乗せて、登る時の動きの基本的に足から手へと、出来るだけ腕は伸ばして足で体重を支える。過去に敵魔法少女が拠点にしていた廃ビルへと潜入するため、外側から登っていた際に先輩の魔法少女から学んだ事の1つだ。


あの時のように出来るだけ早く、そしてバレないように三階を目指す。たまにチラリと下を見て、誰かが近付いて来ていないか見ていないか確認する。


よし、誰もいないな。上に行くに連れて風が強くなるから、注意しないと。


三階まで上り切り、ゆっくりと端から端まで移動して部屋の中を覗く。


この部屋はどうやら違うらしい、人がいないから空き部屋のようだ。ゆっくりと音を立てぬよう横へと移動して部屋を覗く、今度はなんとお着替え中でブラジャー等の下着が見える女性だった………あの子が見たら大喜びしそう。


前の世界で濃かった魔法少女達の中でも一際ずば抜けて濃いキャラで百合大好きレズで特殊な性癖を持った彼女の姿が一瞬浮かび上がった。


………うん、忘れよう。


次の部屋へと移動して部屋の中を覗く、すると部屋の中からこっちを見詰める少女と目が合う。


「っ!?」


すぐに顔を潜めて、体をベランダの下にある建物の影に入り込む。体を小さくして影から出ないよう気を付ける。


「お母さん、今ベランダに青い服着たお姉ちゃんが……」


「もう、そんな訳ないでしょ?」


「でも、いたよ?」


ふぅ、取り敢えずバレなくて済んだかな。あの子には申し訳ないけど幻を見たか何かの錯覚だと思って貰おう。


「きっと気のせいよ………うちの子、もしかして霊感あったりするのかしら?よく宙を眺めたりしてるし……霊媒師の勉強とかさせてみようかしら?」


なにそれ怖い……。


取り敢えず、上手く誤魔化せた筈だ。


さっきの子にバレないように移動して、次の部屋を見る。部屋では医者と思われる白衣を着た男性とお婆ちゃんが話していた。


ここも違う、そう思い身を潜め即座に隣に移ろうとした時だった。一番端の病室が妙に騒がしい事に気付いた。


出来るだけ音を立てないように端の部屋へと向かう、近付くにつれて大人と女の子の話し合いの声だと気付いた。


「だから!私がユズキを引き取るって言ってるの!絶対に貴方にこれ以上ユズキを傷付けさせない!!」


聞こえて来た聞き覚えのある声に、私は慌てる心を落ち着けてからゆっくりと部屋の中を覗いた。


あぁ、良かった彼女だ。


病室のベッドで震えるワンサイドアップヘアーの少女、神島 結姫を守るように立っているサイドアップヘアーの少女、天宮 音羽だった。そしてそんな彼女達と対峙するように立つ大人の女性。


「ふざけた事言わないでくれる?そいつは私の奴隷なの、あんたにどうこう言われる筋合いはないって訳、お分かり?」


オトハの言葉を小馬鹿にした様子で話す女性、どうやらあの人がユズキの母親らしい。


建物の縁を掴む私の手に力が入る、あの女性の目と顔は、何度も見てきた敵魔法少女らと共通するものを感じる。絶対にユズキを返してはならない、あの女性は確実に黒。


今聞こえて来た天宮 音羽の会話を聞いた限りだと、彼女はユズキをあの母親の元から引き取って共に暮らそうとしているらしい。


「何母親顔してるのよ!ご飯をあげないし、怪我をしても放って!ユズキをぶって、傷付いて死んじゃいそうなのに何もしない人だなんて親とは認めない!!警察に訴える!絶対にユズキは私の妹にするんだから!」


そう叫ぶオトハは振り返り、震えているユズキへと口を開く。


「ユズキ、貴方はどうしたいの!このままアイツの言いなりでいいの!?貴方が私に助けてって言ってくれたらいくらでも私は手を伸ばすわ!」


「わ、わたしは………」


「ふざけてんじゃないわよ!私が奴隷をどう扱うかなんて私の自由じゃない!アンタ頭おかしいの!?」


いつでも部屋に突入してあの女性から二人を守れるよう構えたまま、様子を見守る。


俯くユズキを他所に大声で怒鳴りつける女性、そんな彼女の怒声に震えることも怖がることもせずにオトハは口を開く。


「ユズキ、自分で選んで。この人の言いなりのままか、それとも私と一緒に来るか」


「ソイツの手を取ったら、分かってるわよね?」


そう言いながらオトハはユズキへと手を差し伸べる、その一方でユズキの事を睨み付ける女性。ユズキは数秒後に目から涙を流しつつ、ゆっくりとオトハの手を両手で掴んで顔を上げた。


「助けて、オトハ。私もう痛いの、やだ……」


その声にオトハは頷きながら微笑んだ。


「うん、任せて。妹を守るのも、お姉ちゃんの役目だから!」


私は彼女の決断と判断に安堵しつつ、女性を警戒する。女性は、引き攣った様子で彼女らのやり取りを見るの、震え出した。


「あんたら、いい加減にッ!」


見るからに怒っている事が分かり、彼女らの元へと向かいながら手を振り上げる女性に思わず私は部屋に突入しようと体に力を込め──。


「そこまでにして貰いましょうか」


次の瞬間、聞こえていた声とは違う第三者の声が聞こえた。急いで部屋を覗くと、病室の入り口に白衣を着た身長195cmくらいの長身で服の上からでも分かる程に鍛えられた筋肉を持つ細身の男性が立っていた。


あの人、強い………。


「あんた、さっきの先生……」


どうやら、オトハと知り合いらしい。おそらく彼女の反応と声から出会ったのがここ最近、もしくは先ほどだと考えられる。それに先生と呼ばれていた事と白衣を着ている事から、この病室の医者である事は確実だ。


「何よあんた、急に出てきて。邪魔しないでくれる!!」


「悪いがそれは出来ません、まず何故、貴方がここに来ているのですか」


「はぁ?自分の奴隷に会う事に何か文句あるわけ!?」


「子供の事を奴隷と称する親がいますかね。それに今、貴方と彼女は接触禁止の筈です」


「そんな事関係ないわ、アイツは私の物なのよ?!とやかく言われる筋合いなんてないわ!!」


そんな女性の様子に男性はため息を付きながら肩を竦めると、口を開いた。


「やれやれだ……この病院には脱走防止設備として監視カメラが設置されている。」


お医者さんの言葉に背中を冷や汗が伝う。


え、私映ってないよね?大丈夫かな??てかさっきの病室の女性とかヤバくない?モロ映っちゃってない?


そう心配する私を他所に、病室での会話は進んでいく。


「すいませんが、貴方と患者は面会謝絶ですのでご退室願えますか?」


その言葉に今さらになって話していた言葉を思い出したのか、女性は怒ったような焦った様子で病室を去っていった。そんな彼女の様子にまたもや「やれやれだ」と呟くお医者さん。


「本当にこの部屋に監視カメラなんてあるの?」


「あれは嘘ですよ……流石に病院でも、それはプライバシーの権利に反しますから」


オトハの言葉にそう返すお医者さんの言葉に安堵の息を吐く。取り敢えず監視カメラの方は気にしなくても大丈夫そうだ。


「取り敢えず、さっきの女性に関しては私が証言者として名乗り出るのでご安心を。」


「あ、そっちの話し方なのね」


「………あくまで勤務中だからな」


取り敢えずこれでユズキとオトハの事は大丈夫だろう。


「九条先生!急患です!!」


「分かりました、すぐ行きます!取り敢えず、君は親御さんにこの事を伝えてくるといい。病室の少し先に公衆電話がある」


そう言うとお医者さんは急いだ様子で部屋を後にした。


「ユズキ、すぐに来るから待ってて!お母さん達に話してくる!」


「すぐに、帰って来て?」


「もちろん!」


そう言ってオトハが病室を飛び出していく、恐らく先ほど教えて貰った公衆電話へと向かうのだろう。


不安だ、死神は身構えていない時にやってくるとあの子が言っていた。私はある程度まで先程と同じ要領で降りた後に、飛び降りてオトハの後を追う。


せめて、ユズキがオトハの元に向かう日まで見守ろう。何かあってからじゃ遅い、前の世界で嫌と言うほどに学び体験してきた事だ。


物陰や建物の影、木々の影に入って病院を出て走る彼女の後を追っていく。公衆電話ボックスへとたどり着いたオトハは息を整えつつ電話ボックスに入る。


電話ボックスの近くで彼女の通話する様子を見守る、必死な様子で暫くの間話しているようだったが、やがてオトハは笑顔を浮かべていた。


どうやら、上手くいったみたいだ。


やがてオトハが電話ボックスを出て元来た病院への道を走り出した、先程と同様に彼女の後ろを走ろうとして、彼女の後ろを一台の車が走っている事に気付いた。


良く見れば、先ほどのユズキの母親がニタリと言う擬音が付きそうな笑みを浮かべていた。車はおおよそここの道路を走る車の標準速度以上に早く感じられる。


まさか、あの女性はオトハを轢くつもりなのか?


「…………瞬速」


足で地面を踏み締め、地を蹴り加速する。そして彼女からまだ少し遠いぐらいの距離まで迫っていた車と彼女の間に入り込む。


すると、女性は突如としてオトハとの間に現れた私に対して目を見開くのが見えた。


エスペランサーは車の中にいるあの人の命を奪うことになる、峰打ちだとしても振りかぶる時間がいる。なら、この手で止めるしかない。


「身体強化、フッ!」


体全体に魔力が行き渡るのを感じ、私は拳を握りしめ振りかぶり、勢い良く目の前まで迫ってきていた車へと振り下ろす。


バゴンッ!という音を立てて車のボンネットに拳が突き刺さり凹む、そして突如として上から突き立てられた衝撃的により大きな音を立てて車が止まり煙が上がる。


私はゆっくりと振り下ろした手をボンネットから引き上げると、やはり車は固かったからか手の甲の皮が少し破けて血が出ていた。生暖かい血が手の甲から指先へと伝い、落ちていくのを眺める。


やっぱり、車を殴って止めるのは少し無理しすぎたかな?


手に流れる血を無視して、車の運転席へと近付くと、此方を見て怯えた様子のユズキの母親に小太刀くらいの大きさで青い刀身に金色に発光する刃を持つ短剣、リュミエールを取り出して、見せつけるように近付ける。


「これ以上彼女らに手を出すようなら、殺すから」


そう言いながら少し殺意を込めて睨むと泡を吹きながら気絶した、取り敢えずリュミエールを消してから瞬速でその場から移動する。取り敢えず、これでアイツもユズキやオトハに手を出すような事はしないだろう。


もしもの時の為にユズキが退院してオトハと共に帰るまでは見守った方がよさそうだ。そう思いながらオトハが星雲病院へと走って入っていくのを見守る。


その後、私はユズキがオトハの家に引き取られるまでの期間、時間が許される限りは彼女らを見守り続けた。晴れの日も雨の日も、決して彼女らを傷付けさせまいと、見守り続けて迎えた5日目。


私は病院の影からユズキがオトハがオトハの両親の元に引き取られる光景を見守っていた。


「これからはお母さんって呼んでね!ユズキちゃん!」


「ユズキちゃん、これからよろしくね」


両手を腰に当てて笑うオトハのお母さんに、穏やかに微笑むオトハのお父さん。そしてそんな2人の前でオトハと手を繋いだユズキはゆっくりと口を開いた。


「その……よろしくお願い、します」


オトハの両親は彼女に似た容姿で勝ち気な母親と、優しそうな父親の2人だ。これなら安心して見守りをやめた方が良さそうだ。


四人が車に乗り、病院を去っていくのを見送る。これで2人はもう大丈夫そうだ……オトハにユズキ、どうかこの世界で普通の女の子としての日常を送ってね。


私は、フォールエンスと戦って2人の平穏が脅かされないようにするから。


「話し掛けなくて良かったのか」


「ッ!?」


後ろから聞こえた声に驚き振り替えると、あの時の高身長のお医者さんが此方を見つめていた。


「5日前からアイツらを見ていた様だが、知り合いか?」


5日前から彼女らを見守っていることがバレている!?この男は、一体何者?


「一方的に知ってるだけだから、気にしないで」


そう言って私は早足でその場から移動する、これ以上は捕まえられて親を呼ばれる可能性がある。こうして私はオトハとのユズキが幸せな日常を送ることを願って家へと帰るのだった。
























みんなが寝静まり、静かな夜。真っ暗な夜の空を白い光が飛行する。白い光は飛行しながらゆっくりと形状を変えていく。


真っ白な髪で片目を隠し、背中に機械で出来た2対の翼を持つ10cmくらいの少女の姿へと。


真っ白な少女は背中の翼から光で出来た羽が広がっており、滞空しながら大地に並ぶ住宅街を見据えていた。


「ここが、地球……。」


またフォールエンスとウィザーズの戦いに、新たな異物が紛れ込んだ。

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