追憶

ほとんどの学校が休みであろう土曜日、浅桜神社では浅桜 陽愛アサクラ ヒヨリが境内を竹箒で掃いていた。


「うーん良い天気、ぽかぽかしてていいなぁ」


『ですねー』


『だなー』


日差しに余りながら目を閉じるヒヨリと共に背中の羽で飛び共に日差しを浴びる精霊姫フェイン。そしてヒヨリの頭にのり腕を伸ばして背伸びをする赤髪をポニーテールに纏めたフェインと同じくらいの大きさの彼女は炎を司る妖精、サラマンドーラ。


浅桜 陽愛ことウィザーズ・スカーレットが炎の妖精魔法ウィッチクラフトを使う事が出来るアイテム、クラフトストーン『フレイムクラフト』に変身する事の出来る妖精である。


「私達より年齢が上の人なのは分かるんだけど……」


『はい、それにウィザーズとは違う……でも確かに魔法を使っていましたのは間違いありません』


『でもよ姫様、ウィザーズ以外で魔法を使う奴なんてこの世界じゃ見たことないぜ?アタシら妖精が認めたヒヨリ達以外はだけどよ』


ヒヨリやマナミ、そしてユリエ達ウィザーズはウィザーズへと変身する事で初めて魔力を扱う事が出来る。


セルリアンはウィザーズではないが、だとしたら何故魔法を使えるのだろうか?


そんな疑問を覚えるフェインとサラマンドーラだったが、ヒヨリは別の事を考えていた。


セルリアンを通して思い出したのは、セルリアンと出会ったあの日の戦いだ。今まで、ヒヨリは他のウィザーズと連携しフォールエンスの怪物との戦いに撃ち勝ってきた。


だが、あの日はコハルとコユキ達と分断されユリエとマナミのみで戦わなければならなかった。魔法を使っても倒すことの出来ない怪物、ユリエちゃんとマナミちゃんと一緒なら、そう思った。


でも彼女らは、知らなかった。


あそこに、逃げ遅れた人がいると言う事を。


もしセルリアンが現れなければどうなっていたか?


そんな想像をすると背筋に冷たい物が流れるのを感じた。


「もっと、強くならなきゃ………」


静かに呟いたヒヨリの覚悟の籠った声にフェインは心配そうに、ドーラは獰猛な獣のような笑みを浮かべる。


あんな風に、守れなかっただなんて事に二度とならないように、みんなに頼って……助けられてばかりじゃダメ。自分自身が、強くなって一人でも戦えるぐらいにならないと。


『ヒヨリさん……』


「ウィザーズとして、フェインちゃんの故郷も助けないといけないんだから」


『修行なら手伝うぜ?』


「ドーラちゃん、いいの?」


『おう!お前ならそろそろ使えるかもな!アタシの真の力を!』


「ドーラちゃんの、真の力?」


それは一体、そう思っていると境内へと通ずる石階段を昇る足音が聞こえて視線を向けると、ユリエ達の姿が見えた。


『ユリエさんやマナミさん達みたいですね』


「みんなもう来たんだ……」


『みたいだな。取り敢えずさっきの話はまた今度に話すよ、今はあのセルリアンについて話し合わねぇとな?』


そう話すドーラちゃんの声に頷き、ヒヨリは急いで掃除の片付けを始めるのだった。






















私立天野川学園、中等部の教室にて佐久魔 空良は授業を受けていた。


「先週も勉強したが基本的に短歌は五七五七七の和歌だ、課題で季語を入れた短歌を三つ作って来て貰った訳だがその中から自信のあるものを各々発表してくれ」


先生の声にいかにも面倒といった様子を見せる生徒や、真面目に返事をする生徒の返事が教室に響き渡る。


「そうだなぁ、出席番号順にいこうか」


「えー!」や「嫌だー!」「席順にしてくださーい」といった声に私は密かにイライラとしている。


この学園に通えているのは親がお金を出してくれているお陰であり、先生も私達に授業をするために頑張って勉強してこうして教鞭を取っている。


なのに、何故あのように露骨に嫌がったりする子達がいるのだろうか?


「えっと……傾きし、皓き名月、空昇り

薄野原に、風そよぎゆく。です」


「これは秋の短歌だな、この短歌に使われている季語は『皓きしろき名月』で10月を差す。よく調べたな柚木」


「はい」


私が前に生きていた世界では、学校はビーストの襲来の可能性もあり学校は継続不可能となり、学校の先生は避難所となった学校の一部を使い青空教室のような物を開いていた。


私にとって、魔法少女として戦った二年間は勉強は何度もしたいと思う事の連続だった。


「白雪や、学びに暮らす、助けとて

あまり積もれば、足ぞとらるる。以上です」


「白波、勉強はほどほどにな。ちゃんと寝なさい、次」


軍に所属して作戦等の説明に使われた書類を見ても漢字の読みが分からず、自衛官知り合いによく教えて貰っていたっけ?


「爆発は、芸術なりと、騒ぎ立て、周り巻き込み、自爆する馬鹿」


「うーん季語は何処いった?」


「爆発ですよ!爆発!オールウェイズで使える季語ですよ!!」


「そうそうオールウェイズで使えるグレートな──て違うわ!!」


他にも計算は先輩の魔法少女に頼んで教えて貰っていたな。


「スマホ見て、夜道歩けば 棒当たり

棒を蹴飛ばす、愚か者かな」


「あー、季語は?」


「でも~本当にいるじゃないですかそういう人ー」


「うん、だから季語は?取り敢えず、次」


そのお陰か、こうして今の学校での授業に無事ついていけるし先生に計算や公式の説明を指名されても問題なく答えられるようになった。


本当に、あの人達には感謝しかない。


「夏祭り、綿飴抱え、笑う君、仮面に隠す、赤き頬かな」


「うん、ありがとう美琴さん。ちゃんと季語のついた短歌聞けて先生嬉しいよ……」


そんな事を考えているといつの間にか私の番がすぐそこまで迫っていた。


私は開いていたノートに書いた三つの短歌を見る。


風が舞う 桜木揺れて ひらひらり

落ちる花びら、いとおかし。


寒空を、舞い降りる雪、身に纏い

儚くも強く、咲く霧の花。


麗かな、太陽照らす、道のりは

祝福の日、入学式。


「お酒飲み、桜眺めず、酔い過ぎて

片付けもせず、迷惑ばかり」


「スゥーー……先生は自制しています。ちゃんと季語を使っているようで何よりです。次」


春の短歌は二つに冬の短歌を描いたけど、正直発表するのはどれでも良い。そう思いながらクラスメイトが短歌を読んで発表するのを聞く。


「春はあげぽよ!!」


「よーしまずは短歌を覚え直そうか!先生教えるから放課後に職員室来なさい」


「ゲッマジで!?うちの放課後の予定が………ぴえん」


「ふぅ、次は佐久魔だな。」


「はい……」


先生の名前を呼ぶ声に返事を返して起立かてノートを持つ。


「風が舞う、桜木揺れて、ひらひらり、落ちる花びら、いとおかし。」


「全体的にきれいに纏まっているな。季語もちゃんと入っているし、擬音語も入っている。次」


発表が終わったので椅子に座り、ノートに季語のメモを続ける。暫くすると授業の終わりと放課後を告げるチャイムが教室になり響く。


「今日はここまで、一部のバカ以外は素晴らしい短歌だった。来週からは竹取物語について学んでいくぞ、それでは起立。礼!」


「ありがとうございました!!」


机の上の教材を終い、リュックに入れて背負いすぐに教室を出る。魔法少女として軍に所属していた時は荷物準備や片付けは素早く行わなければならなかった。だからかこうして整理整頓をするのは以前より早くなったと思う。本当にあの人には頭が上がらない。


廊下を歩いていると少し先を一人の女子生徒が歩いているのが見えた。


制服の形状から、自分より上の学年……高等部の生徒であることが分かった。綺麗な黒髪を編んでお下げにしているあの髪型と後ろ姿を、私は知っている。


文乃あやのさん……」


狩野 文乃かの あやの、勉強を教えてくれたり、洗濯や料理などを幅広く教えてくれたお節介な先輩の魔法少女の一人。


あの最後の戦い日は別の場所での戦闘で、生き残ることが出来たのか、それとも死んだのか分かっていない。


でも、この世界で……目の前にいる私を知らない貴方は普通の高校生として、自分の夢だと語っていた教師を目指して勉強を頑張っているのだろう。


「えっと、貴方かな?もしかして私の名前呼んだ?」


振り返り戸惑いながらも此方を気にかけて口を開く彼女の動作に、私は自分の口から声が漏れていたことに気付いた。


「えっと、呼んでません。先輩……」


「そ、そうだよね?なんか急に変な事聞いてごめんね」


そう言いながら恥ずかしさを紛らわせようと笑いながらアヤノさんは、私の頭を撫でた。


「あの?」


「ご、ごめんね急に撫でたりして!つい……」


『ご、ごめんね!急に、撫でるのに丁度いい場所に頭があったから撫でちゃった。私は狩野 文乃かの あやの、アヤノって呼んでねソラちゃん』


初めて軍に所属して寮に住む事となり、同室となったアヤノさんと初めてあった日が脳裏に浮かび上がる。


あのときも、今みたいに優しく頭を撫でていたっけ?


彼女の優しさに、目頭が熱くなる。


勉強が分からない私に根気強く教えてくれて………何かお返しをしようと考えていたけど、結局は何も返すことが出来ないまま別れてしまった。


ありがとうと伝えたくても、私の知る貴方はこの世界では私の事を覚えていない。


「すいません、失礼します」


泣きそうになっているであろう自分の顔を見られたくなくて、私はそれだけ話すとアヤノさんを背に俯いて顔を見られないように玄関へと早歩きで向かった。





















今日最後の授業である家庭科の移動教室が終わり、自分の教室を目指して学園の廊下を歩く。中等部から高等部になり一年、勉強にもなれた私は夢である教師を目指し日々の授業を頑張っている。


そう言えば今日は初等部が休みで、中等部と高等部だけが学校なんだっけ?今日が休みなのは羨ましいなぁ……。


文乃あやのさん……」


自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしていて歩みを止めて振り返ると、中等部らしきのストレートヘアーの女の子が私を見つめていた。


「えっと、貴方かな?もしかして私の名前呼んだ?」


「えっと、呼んでません。先輩……」


「そ、そうだよね?なんか急に変な事聞いてごめんね」


彼女の答えに謝りながら、彼女の頭を撫でる。


はぁ、勘違いで話しかけちゃった。変な先輩とか思われてないかな?それにしても、あの子も私を見るのは当たり前かもしれない。


前を歩いていた子が急に振り返れば確かにこっちを見つめるだろうし、困惑するよね……あぁ、恥ずかしい事しちゃったなぁ…。


「あの?」


「ご、ごめんね急に撫でたりして!撫でるのに丁度いい場所に頭があったからつい……」


そう言いながら慌てて彼女の頭を撫でていた手を離す。


またやっちゃったよ!?なんだよ『撫でるのに丁度いい場所に頭があったからつい』って、これじゃあ私は初対面の後輩の頭を急に撫でる変な先輩だと思われちゃったよぅ………。


「すいません、失礼します」


「あ!」


気がつけばあの子は俯いたまま玄関へと走っていき、私は思わず手を伸ばしたまま固まってしまった。


どうしよう、もしかして嫌われちゃった?急に頭を撫でられたんだし当然だよね……学園生徒共同授業の時に一緒のグループになったら変な目で見られちゃうよぉ…。


「あれ、文乃ちゃん手を伸ばしたまま固まってどうしたの?」


「あ、小暮こぐれさん……」


私の名前を呼ぶ声に振り向くと黒髪のおさげを左右に結んだ髪型のクラスメイト、小暮 御菓子こぐれ おかしさんが私の方を不思議そうに見ていた。


「どうしよう、私あの子に嫌われたのかも……」


「えぇ!?急にどうしたの……取り敢えず教室に戻りながら話そう?」


「うん、実は──────。」


彼女達は知る事も、思い出す事も無いだろう。


佐久魔 空良の経験した戦いの記憶。


その記憶では彼女達が佐久魔 空良にとってどのような存在であり、どのような人物だったのか。


それを知るものは、佐久魔 空良しかいないのだから。


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