第13話 人間という生物はね
女の子を落ち着かせてようやく情報を聞き出すことができた。女の子の名前はミルアム、職業は錬金術師。
ミルアムちゃんはとある町で薬や魔道具の開発や販売で生計を立てて暮らしていた。
彼女が住んでいた町では名が知れた子みたいで、彼女が開発した製品はどれも画期的なものばかり。
中でも傷を一瞬で癒す薬や強力な毒や病に対する抗体が完成すれば、多くの人々の命が救われると力説してくれた。
だけど魔道王国エイシェインはそんなミルアムちゃんを良く思わなかった。
国からの勧誘を断った頃から執拗な勧誘が始まり、何度も断ると今度は家の中にまで踏み込んできた。
「今にして思うと、王命じゃなかったのも姑息です……。王命で無理にでも連れていくと、さすがに国民から反感を買う可能性があります。私の店は町の人達から人気でしたし……」
ミルアムちゃんが観念した振りをしてその日は帰ってもらったところで、夜のうちに荷物をまとめて逃げ出した。
2、3日の逃避行だったけどついにこの森で追い詰められて私達に助けられたらしい。
魔道王国エイシェインか。私が生まれた国とも違う気がする。よく覚えてないけど、そんな名前じゃなかったはず。
「ふーん。話はわかったけど、なんでそこまでしてミルアムちゃんを捕えたかったんだろ? 便利なものを作っているなら、それでいいんじゃないの?」
「魔道王国エイシェインにとって都合がよくないからですよ……。病気にしても怪我にしても、すべて国が管理する治療院にて治療するのが当たり前。それが国の利益になっているのです」
「そっか。ミルアムちゃんが便利な薬を作ったら、国が儲からないわけね」
「薬だけじゃありません。生活用品になっている魔道具から武器や防具に至るまで、根っこを辿ればすべて国の利権となっています」
魔道王国エイシェイン。初めて聞く名前だ。いや、500年前の私なら知っていたかもしれない。
もう自分が住んでいた国の名前すら思い出せないから、こうして話を聞いて知識を仕入れるしかなかった。
ただ一つ聞いていて思ったのは、お金というものに対して人々は想像以上に執着している。
国の利権云々だって元をたどればお金だ。ミルアムちゃんに便利なものを作られて売られたら、国が儲からない。
だからどうにかしてミルアムちゃんを取り込むか、それができなければ殺す。
さっきの武装集団はエイシェインの兵隊だと聞いた。国は大規模な戦力を保有していて、有事の際は武力として行使する。
それがミルアムちゃんみたいな女の子一人を追い回すのに使われているのが何とも情けない。
いきなり嫌な場面に遭遇しちゃったな。本当はもっと楽しいことを期待していただけに、私は人間界というものに期待をしすぎていたのかもしれない。
「あの、助けていただいてありがとうございます。それで、その……。すごいですね」
「何が?」
「エイシェインの『術騎隊』を一瞬で倒してしまうなんて……。魔術師、ですよね? え、でもそっちの子は角が生えてる……」
「魔術師? あぁ、魔術師ね」
曖昧に返事をしてしまったけど、果たして正しかったのかな? 魔術を使う人間をそう呼ぶなら間違っていないはず。
それにしてもミルアムの様子からして、その術騎隊の強さを評価している節がある。
さもすごいことのように褒められたけど、たぶんブラッドバニー一匹相手にすら全滅しそうなほど弱かった。
魔宮初期の記憶だけど、あのウサギはよく覚えている。フェリルが言った通り、やっぱり私は人間界で敵なしってところ?
うーん、でもしっくりこないなぁ。それよりもミルアムちゃんだ。
「ミルアムちゃんはこれからどうするの?」
「私は隣国に亡命しようと思います。簡単ではないことはわかってますが……。あの、お願いがあります。しばらく私の護衛をしてもらえませんか?」
「護衛? あなたを隣国まで安全に連れていくってこと?」
「あ、すみません……。無茶なお願いでしたね。私に協力すれば、あなた達も国に追われる身になりますし……」
「いや、それはいいんだけどさ」
「やっぱりダメですよね。すみませ……え? いいんですか?」
「うん。ただし護衛料と情報を提供してほしい」
このミルアムちゃんの護衛を引き受ければ、さっきみたいなのがまた襲ってくる。
あんなレベルの敵を倒すだけでミルアムちゃんから色々と情報を引き出せるなら安いものだ。ただ一つだけ疑問がある。
「ミルアムちゃん、隣国に亡命したらすべて解決するの?」
「隣国のグランセルはエイシェインと双璧を成す国です。うまく亡命できれば、エイシェインといえど手を出せないはずです」
「……本当にそうかな?」
「ど、どうしてですか?」
「ミルアムちゃんが大きな存在なら、多少のリスクを覚悟してでも奪い返しにくる可能性があるよ。そうなったら、大きな戦争になるかもしれない」
朧気だけど人間界がどんなところなのか、思い出してきた。
人間はラキやセイみたいな共通の敵がいれば協力できる生き物だ。だけどお金が絡んだり思想が違えば、国同士でも争いがおきる。
エイシェインにとってミルアムちゃんが重要であるほど、リスクだって顧みない。
戦争が起きれば悲しい思いをするのはこの子だ。出会って間もない相手だけど人の役に立つ発明をして、権力にも屈しない人間が人並みの心を持っていないわけがない。
たった一人の人間をかけて戦争だなんて馬鹿げた考えだけど、馬鹿げたことに命をかけさせるのが人間だ。
命をかけさせる。そう、本当に願いを叶えたい人間は安全な部屋で暖を取って、おいしいものでも食べて待っていればいい。誰かが命をかけて望みを叶えてくれるんだから。
とはいえ、たまに気に入らないからって何度も世界を滅ぼしちゃう子もいるけど。
「なんだ、アリエッタ。我に何か言いたそうだな?」
「いえいえ、とんでもございません」
「フン、何をするにしてもとっとと決めてほしいものだな。我としてはたかが人間の小娘に関わる理由などない」
「出会わなかったらなんてことないんだけど、出会ったからにはねぇ。見過ごせないね」
「意外だな。まだ人の心が残っていたとは……」
まだってなにさ、まだって。私はどこからどう見ても人間だ。
ミルアムちゃんは私が預かる。危険が迫ってるなら片っ端から排除すればいい。
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