第12話 ここが人間界?

「さてと、ここはどこかな?」


 人間界に転移したつもりの私だけど、ここがそうなのかはまだわからない。どこかの森だと思うけど、それ以外の情報がなかった。

 だけどこの空気、どこかなつかしさを感じる。天獄の迷宮にも森のフロアがあったけど、あれに比べたらこっちはまだ人を迎え入れてくれそうな雰囲気があった。


「アリエッタ。そなた、さてはしくじったな?」

「リトラちゃん、ここが人間界であれば失敗じゃないんだよ」

「なんだ、そのリトラというのは?」

「グリドーラだからリトラにした」


 グリドーラことリトラちゃんがわなわなと震えている。怒った?


「な、なぜこの我がそのような名前を!」

「気に入らないなら他の名前を考えて名乗ってもいいよ。グリドーラって有名らしいし、普通に名乗ったらおいしいものを食べられなくなっちゃうかもね」

「そなたが考えたにしては上出来だ。褒めてやろう」

「どーも」


 このシンプルな精神構造のおかげで、世界最強の災厄の制御も容易い。

 本音を言えば、別にグリドーラを名乗ったところで誰も本物だなんて思わないんだけどね。

 ただ万が一を考えて、バレてもメリットはなさそうだからリトラちゃんでいてほしい。


「それでこれからどこへ行くのだ?」

「そうだねぇ」


 今後の計画なんてない。ただし人間界なら何をするにしても、確かお金が必要だったはずだ。

 500年前の私がどうやって稼いでいたのかを思い出したけど、労働の対価として貰っていたはず。

 労働によっては衣食住を与えられるし、賃金もピンからキリだ。生きるには稼がなきゃいけない。食べるには稼がなきゃいけない。

 そう考えると人間界は思ったより住み心地がいい場所じゃないように思えてきた。

 いや、神獣達が良くしてくれたから反動でそう思っちゃうだけかもしれないけど。

 大体、あそこには何でもある。人間界の器具や食材だって、神獣の力をもってすれば何でも賄える。

 それも魔術の一つらしいけど、人間界にはそんなものはないんじゃないかな? あるなら労働なんて成立しないし、畑だって耕す必要もない。

 フェリルによれば私なら大体の願いは叶うみたいだけど、人間界に来た以上はそのルールに従いたい。

 だからお金がほしかったら何らかの労働で稼ぐし、衣食住だって同じだ。その上でまずは町を目指したいと思う。と、その時だった。


「オウ、何か見つけたの?」

「くぁっ!」

「あ、何かいるね」


 セイが木々の向こうに、武装した人間達がいるのを見つけた。鎧や兜を身にまとって、女の子に武器を突きつけている。

 何はともあれ、こんなにも運よく人間に出会えるとは思わなかった。

 リトラを巻き込んで集団の近くに転移すると、武装した人達の様子がよくわかる。

 全員が同じ武装をしているところから、どこかの組織の手先だと思った。女の子共々、まだ私達には気づいていない。


「もう逃げられんぞ。大人しくこっちに来い」

「い、嫌です! あなた達には従いません!」

「であれば、命を取ってもいいということになっているが?」

「あ、う、うう、あぁ……」


 女の子が恐怖のあまり、愕然として木を背にして足を震わせていた。

 丸い帽子を被り、ぶかぶかのローブを着込んだ女の子はお世辞にも戦いができそうに見えない。

 対して武装集団は全員が武器持ちだ。よく見ると鎧に何かのマークが書かれている。


「魔導王国エイシェインに尽くしたほうが身のためだ。ま、私としてはこのまま殺しても問題ないと思っているがな」

「そ、そうやって、今まで……たくさんの、ひ、人達を亡き者にしてきたんですね……」

「世を動かすのは魔導王国だけでいい。それがわからん愚者はここで殺されても文句は言えまい」

「いつか……いつか絶対に罰が当たりますよ!」


 どうしたものかと思っていると、セイがガウッと吠えた。どうしたの、と声を出したと同時に全員が一斉にこちらを向く。


「なんだ!?」

「少女二人に……動物か?」

「おい、貴様ら。何者だ」


 武器を構えたまま、武装集団がにじり寄ってくる。この間に女の子は逃げられそうなんだけど、私の存在に釘付けだ。

 まさか人間界に来て、いきなり物騒なことに巻き込まれるとは。別にいいんだけど、この分じゃ情報を得られそうにない。


「私はアリエッタでこっちがリトラ。道に迷っただけだよ」

「誰が名を名乗れと言った。身分や所属を明かせ。ハンターには見えないな」

「天界から来た。人間界には今、着いたばかりで何もわかってないからできれば教えてほしいんだけど……」

「訳の分からぬことを……。怪しいな、捕らえろ!」


 武装集団が私達に手を伸ばしてきた。まさかこんなにも話が通じないなんて。

 これなら天獄の迷宮にいた災厄のほうがまだ交渉の余地があったよ。

 しょうがない。捕まるわけにはいかないから、少しだけ――。


「この痴れ者が。触れるな」


 リトラが武装集団の一人の胸元に手の平をぶつけた。ベキリと音が鳴って男の胸が陥没する。ごぽりと男が血を吐いて倒れた。 


「お、お、ごほ……」

「なっ! このガキ!」


 あーあ、もうこうなったらしょうがない。どうせ交渉なんて出来そうにないし、やるしかないか。

 神剛の宝玉を連続で壊転移して、武装集団の武器をそれぞれ破壊した。攻撃手段さえ奪えば諦めてくれるでしょ。


「ぶ、武器が!」

「手入れは怠らなかったはずだが……」

「いや、同時に壊れたぞ!」


 うろたえている武装集団だけど、まだ逃げる様子がない。

 このまま転移して逃げちゃってもいいんだけど、あの女の子がどうしても気になる。

 あっちのほうがまだ話が通じそうだから、このチャンスを逃したくなかった。

 もういっそ、このまままとめて転移で――


「我らには人工魔術式が刻まれている! 得体のしれない連中だが、ここで殺す!」

「え、まだやるんだ。じゃあ、もういいや。殺しにきたってことは覚悟はできているよね?」

「なに……」


 武装集団が言い終える前に、壊転移で全員の頭部を破裂させた。残った胴体がどしゃりと倒れて、場が静かになる。

 あれ? もう終わり? 確かに頭は潰したけど。


「胴体だけになって襲いかかってくるんでしょ? こない?」

「こいつらは人間だ。そんなこと、あるはずがないだろう」

「そ、そっか。そうだよね。」


 ここは天獄の魔宮じゃないんだし、無限再生する魔物とは違う。

 あまりに呆気なさ過ぎて手足なんかの部位ごとが分裂して襲いかかってくるかなと構えたけど、そんな気配もない。

 500年前の私なら同族殺しなんて躊躇していただろうけど、今はそんな感覚なんてない。

 人間も魔物も、襲ってくるなら等しく敵だ。天獄の魔宮の怪物たちのおかげで、私も染まったのかもしれない。

 それはともかく、これでようやく落ち着いて女の子と話ができる。


「そこの子、ちょっと聞きたいんだけど」

「ひぃぃぃ~~~~!」

「あ、コラ! 逃げないで!」

「あぁぁーー!」


 女の子が逃げようとしたから私の前に転移してもらった。走って逃げたと思ったら私が目の前にいる状況だ。木の枝につまづいて、女の子が転んだ。

 そんなに怯えなくてもいいのに。

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