第11話 錬金術師ミルアム
「まずいなぁ。最近、ずっと監視されてる……」
ミルアムは錬金術師だ。今年で十八歳になった彼女は数年前に世話になっていた錬金術師の工房を出て、独立して生計を立てている。
錬金術師は魔術師ほど魔力を必要とせず、少しの魔力を込めるだけで薬や魔道具を作ることができるから面白いと毎日を楽しく生きていた。
錬金術師は知識さえあれば誰にでもチャンスがある。それに比べて魔術師として生きるには、魔術式と一定の魔力量が必要だ。
特に魔術式の有無は血筋によるところが大きく、例えば親が魔術師でなければほとんど望みがない。それに魔術式の有無を調べるにも金が必要となる。
魔力と魔術式、これらが揃った上で今度は知識と技術が必要だ。その為に高いお金を払って王立魔術学院に入学しないといけない。
それだけの過程を経てようやく魔術師として生活できるようになるのだから、憧れる人間は多い。
ミルアムが前に勤めていた工房でも、魔術師になれたら一生安泰だろうなんてぼやいてる者がいるほどだった。
しかしミルアムは、死と隣り合わせになりながら生きるなんて嫌だと考えている。
自分は魔道具いじりをするほうが性に合ってる。そういう性分なので、一度も魔術師に憧れたことなどない。
ミルアムが独立してから数年、最初は経営が厳しかった彼女の店が軌道に乗っていた。
「また衛兵がウロウロしてる……」
ミルアムは窓の外をちらりと見る。店の経営が軌道に乗ったはいいが、王国から監視されるようになってしまっていた。
原因は王室専属の勧誘を断ったせいだ。あくまで勧誘であり、王命ではないという言葉をミルアムは信じていた。
ミルアムが作る魔道具や薬は画期的なものばかりで、町の者達からの受注が殺到している。
構想を練り、作り上げた薬や魔道具が誰かに喜んでもらえることほど嬉しいことはない。
その想いでミルアムは現状の不便な薬や魔道具よりもいいものを作ろうと奮起してきた。
その甲斐があって、最近では短い時間で料理を加熱させる魔道具や室内の温度を調整できる冷暖房魔道具の開発に成功している。
次の構想は厄介な病への抗体が得られるものだ。ミルアムに他意はない。ただ人の役に立つ薬や魔道具を作りたいだけだ。大儲けしてやろうなどという野心が一切なかった。
しかし国はそう考えておらず、ミルアムを王室に取り込もうとした。
王室からの使者にミルアムの信念を語ったところで、まったく引き下がらない。そのせいで今は連日のようにミルアムの店が監視されている。
このままだと、どうなるか? ミルアムはとある噂を思い出した。
魔道王国エイシェインでは突出した技術は淘汰される。例えば魔術が使えずとも魔術を放つことができる魔道具があるが、それを作ると消されるというものだ。
そんな噂がまことしやかに囁かれていて、ミルアムも実際にこうなるまでは与太話の類だと思っていた。
「さ、さすがに消されるなんてね。さ、仕事仕事!」
ミルアムは窓から離れて薬の調合に戻った。この日は気にせず過ごして、翌日も同じだ。
工房の外をうろついているものの、特に何かしてくるわけではない。しかしある日、買い物の帰りに誰かに尾行されてしまう。ミルアムは背筋が凍った。
早足で店に戻って鍵をかけてもまだ呼吸が整わない。落ち着いてから窓を見ると衛兵と目が合ってしまった。
「ひっ!?」
ミルアムが一瞬だけ見たその目は無機質で、とても友好的には見えなかった。
ガタガタと震えが止まらず、ミルアムはもう耐え切れない。その時、工房のドアが激しく叩かれた。
「ここで作っている薬や魔道具の制作を止めろ! 我々と共に来い!」
ドアの向こうで兵士が怒鳴る。ミルアムは耐え切れず、震えながらも薬や魔道具製作に必要な道具や非常食をまとめた。手早く身支度を整えて裏口から静かに出て走り出す。
直後、表口のドアが破壊された。ミルアムは無我夢中で走り、どこに行こうか考えると気がつけば町の外に出ていた。運よく町の門番をしていた衛兵が居眠りをしていたおかげだ。
しかし、ろくに護衛もつけずにどこへ逃げればいいのか、ミルアムは迷う。ひたすら隣町を目指して夜通し歩いた。
どうにか運よく魔物と遭遇することなく朝を迎えたが、普段からあまり運動をしないミルアムはフラフラだ。
目立たない場所で仮眠をとった後、隣町を目指して丸一日。いつ追手がくるか怯えながらその日は宿で眠った。翌朝、目が覚めてもどこまで逃げればいいのか。ミルアムにはわからない。
このまま逃亡生活を続けられるはずもなく、すでに絶望が彼女の心を支配している。町には長居せず、水を用意した後は最低限の食料だけ買ってまた旅立つことを決意した。
このまま捕まったほうが楽か。捕まっても命までは取られないはず。そう考えたこともあった。
(ダメ! 捕まったら何をされるかわかったものじゃない!)
王室専属などと聞いてもミルアムには何の魅力も感じない。ミルアムの店のドアを叩いていた兵士の声も耳に残っている。そして、その直後に聞こえたドアの破壊音。
相手は何度も勧誘を断っているのに強引な手段に出るような者達であり、その時点でミルアムとしては信用できなかった。
捕まったら確実に軟禁されるか最悪、殺される。たとえ高額で雇われたとしても、ミルアムは縛られた生活など望んでいない。
町を出てから辿りついたのは森だった。さすがに避けようかとミルアムは考えたが、ここを通らなければ次の町へは大きく迂回しなければいけない。
ミルアムはリスク覚悟で森に足を踏み入れる。いつ魔物と遭遇するか、ミルアムは慎重に歩いた。
遠くから聞こえる魔物の鳴き声に怯えながら、ミルアムは今後の行動予定を何とか考える。導き出した結論は魔道王国エイシェインから出ることだった。
隣国に亡命してしまえば、さすがの王国といえど手を出せない。そのためには何としてでも国境を越えなければいけなかった。
ミルアムが祈りながら歩いていると、後ろから大勢が追いかけてくる足音が聞こえる。
「いたぞ!」
「待て!」
ミルアムは全力で走った。しかし慣れない森の中、普段から鍛えていないミルアムの足で逃げ切れる相手ではない。
何度か躓きかけながら逃げたところで追いつかれてしまったミルアムは木を背にする。ついに兵隊に囲まれてしまった。
「もう逃げられんぞ。大人しくこっちに来い」
「い、嫌です! あなた達には従いません!」
「であれば、命を取ってもいいということになっているが?」
「あ、う、うう、あぁ……」
ミルアムは恐怖のあまり、愕然として木を背にして足を震わせていた。
何か手はないかとミルアムはさりげなく道具袋に手を伸ばす。
「魔道王国エイシェインに尽くしたほうが身のためだ。ま、私としてはこのまま殺しても問題ないと思っているがな」
「そ、そうやって、今まで……たくさんの、ひ、人達を亡き者にしてきたんですね……」
「世を動かすのは魔道王国だけでいい。それがわからん愚者はここで殺されても文句は言えまい」
「いつか……いつか絶対に罰が当たりますよ!」
道具袋にあるのはナイフ一本のみだ。こんなもので屈強な術騎隊をどうにかできるわけがないと、ミルアムは諦めた。
結局、抗うことができないのか。捕まって一部の者達に利用されるしかないのか。
ミルアムは両親の顔をほとんど知らない。金に困った両親は幼いミルアムを錬金術師の工房に売り飛ばした。
金を手に入れた両親は行方をくらまして、一人残されたミルアムは工房で働く日々を送ることになる。
工房長はミルアムに丁寧に仕事を教えてかわいがった。物作りの楽しさに目覚めたミルアムは目覚ましいほどの活躍を見せて、町一番の工房にすることで恩返しを果たす。
ミルアムが十四歳の頃に独立を持ちかけたのは工房長だ。工房長はミルアムが自分の工房に収まる器でないことを見抜いていた。
最初は断ったミルアムだが、周囲の者達に説得されてようやく独立。店を持った後は苦労が続いたものの、少しずつ客が定着する過程をミルアムは楽しんだ。
若くして立派な店を構えることができたのも、育ての親でもある工房長のおかげだ。
ミルアムはそんな彼の顔を思い浮かべてしまった。自分のせいで迷惑をかけていないか、それだけが心配だった。
ここで捕まるくらいならいっそ、とミルアムは考える。忍ばせていたナイフに手を伸ばそうとした時だった。
「ガウッ!」
「セイ、どうしたの?」
何かが吠えた。そこにいたのは少女二人だ。傍らに犬と猫、少女の肩には鳥がとまっている。
一人は独特なデザインのドレスを着ており、もう一人は角を生やした幼女だ。いつからそこにいたのか。そう思ったのはミルアムだけではなかった。
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