第6話 凶神バステル

 天獄の魔宮の探索開始から50年が経過した。40層を越えた私はずいぶんと多くの転移魔術を習得できたと思う。

 40層の災厄である裂剣王は近接戦が強くて、ちょっとの距離なら一瞬で詰められて殺される。そして気がつけば外だ。

 倒れている私を囲んでいる神獣達に顔を舐められて慰められてるんだから情けない。

 そこで私は転移魔術の先を求めた。編み出したのが置換転移と連転移だ。置換転移は自分と相手の位置を入れ替える。

 連転移は転移の間隔を短くして、まるで幻影のように相手を惑わすことができた。

 この二つを駆使すれば、いかにかつて世界最強と言われた人間の成れの果てである裂剣王だろうとすぐには対応できない。

 短期決戦で壊転移を決めて、なんとか剣を砕くことができた。壊転移に使ったのは36層で手に入れたこれだ。


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神剛の宝玉

レアリティ:S

効果:絶対に壊れず、汚れない宝玉。

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マジックポーチ

レアリティ:S

効果:アイテムを無限に収納できる。

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 フェリルによれば国一つが買えるほどの値打ちものらしい。

 大きさは人間の頭くらいあるから、攻撃用のアイテムとしてはうってつけだ。更に25層で手に入れたマジックポーチのおかげで邪魔にならない。

 マジックポーチの中から直接、攻撃するために転移させられるのは便利だった。

 40層以降のフロアの魔物も基本的にこれだけでどうにかなる。どれも、とんでもない魔物ばっかりだったけど。

 空気中に溶け込んで、突然目の前に現れたと思ったら大鎌を振るってくる巨大カマキリ。

 グラシオルゴーレムよりも堅い甲羅を持つ巨大な亀がフロア全体に炎を吐いてきたこともあった。ブラッドバニーがかわいく見えるレベルの魔物ばっかりだ。

 そんな魔物ばかりの中、50層に到達した時にまた私は足踏みをしてしまった。

 50層到達までにすでに90年が経っている。この50層の災厄である黒猫の化け物が何をどうしても攻略できなかった。

 ブラッドバニー以上の素早さでフロア中を縦横無尽に駆け巡るだけじゃなく、反射速度も並みじゃない。

 しかも一撃でも受けてしまったら毒状態やら麻痺状態で実質、終了の一撃必殺。あの爪にはそういう効果があった。

 距離を取って転移して息をひそめても、すぐに見つかってしまう。見事に惨敗した後でフェリルに聞いたら、黒猫は凶神と恐れられる化け猫らしい。

 凶神が辿りついた国は例外なく滅びの一途をたどり、不吉な存在とした国々が連合を組んで討伐に向かうけど返り討ち。

 不意打ちをしようにも、その卓越した聴力で呼吸音すら察知されてしまう。各国が総力を挙げて魔術師連合部隊を結成しても手も足も出なかった。

 そんな凶神に足止めされていたこともあって、探索開始から130年が経ってしまった。

 フェリルに相談すると、私はまだ転移魔術の底を知らないらしい。


「壊転移、素晴らしい発想だけどこれは直接当てなければ意味がない」

「そうなんだよね。あの猫、転移させた場所にはすでにいないんだもん」

「かつて人間の討伐隊からかすり傷も追わずに逃げ続けたからね。まぁ最後はようやく罠にはめられて封印されたみたいだけどさ」

「逃げ続けたんだ……」

 

 その封印も例によって長くは持たず、天界で預かることになったみたいだ。

 私はここで発想を変えることにした。追うんじゃなくて待てばいいんだ。

 この日から私と黒猫の読み合いが始まった。魔力を高めることによって身体能力や五感を向上させて、黒猫が襲ってくるのを待つ。

 背後から迫ってきたところで私は神剛の宝玉を黒猫に壊転移させた。ところが黒猫が弾き飛ばされてしまう。


「んにゃぁッ!」

「い、今のって?」


 転移先の物質破壊とはならずに黒猫が弾き飛ばされた。そうか、転移のタイミングや物質の体積によっては物質破壊とはならないのかもしれない。

 転移した物体が優先されて、元からあった物体はその場からはじき出されてしまう。

 絶妙なタイミングで成功させれば、そういうことも可能なわけだ。これを打転移と名付けよう。


「さて……」

「にゃあん……」

「え? お腹を見せてる?」

「なぁーお……」


 黒猫がみるみるうちに小さくなって、普通の黒猫と同じ大きさになった。そしてゴロンと寝っ転がって降伏の意思を示している。

 この子、本当は戦いたくなかったんじゃないかな? 不幸になるなんて逸話があるけど、実は近いうちに滅ぶ運命にある場所にこの子が向かったのかもしれない。

 わからないけど、私は焼いてきたマヨチーズパンを差し出すと、黒猫ががっつく。


「にゃん!」

「お腹いっぱいになった?」

「なぁおん!」

「そうか、そうか。こんなところに閉じ込められて寂しかったよね」


 黒猫がゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってきた。やだ、かわいい。よし、決めた。


「私と一緒に来る?」

「みゃあっ!」

「そうか、そうか。じゃあ、おいで」

「にゃあぁんっ!」


 黒猫が私の肩に飛び乗った。喉を鳴らしながら頬にすりすりしてくる。

 この子、名前はなんていうんだろう? そう思って一度、帰ってからフェリルに聞いてみた。


「確か人間達はバステルと呼んでいたね」

「なんかかわいくないなぁ。それに不幸をもたらすなんてさ。そうだ、逆に幸運からとってラッキー……いや。ラキでどう?」

「なぁおん!」

「気に入ったみたいだね」


 この日、私とラキは一緒にフェリルのもふもふの中で眠った。

 誰が凶神なんて不吉な名前をつけたのか知らないけど、そうじゃないと証明してあげたい。

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