第3話 天獄の魔宮で修行が始まって死にました

 白くて大きな犬の姿をした神獣の名前はフェリル。女の子みたいな名前だけど、雌や雄の概念がないらしい。

 そしてこの天界にはフェリル以外にもたくさんの神獣がいる。猫の姿をした神獣、狐の姿をした神獣。遠くの山の頂上には大きな鳥がとまっている。

 そんな神獣達が大自然の中でのんびりと暮らしていた。

 フェリルが私を連れて歩いていると物珍しそうに狐の神獣が寄ってくる。


「フェリル、とうとう退屈が極まって人間界から人間を連れてきたのか?」

「キュウ、彼女は転移魔術の使い手さ。これから私が鍛えることにしたんだ」

「ハハハッ! やっぱり退屈なんじゃないか!」


 狐の神獣がケラケラと笑う。ここにいると心が軽くなって、いつまでもいたい気持ちになってくる。

 時を始めとしたすべての概念を忘れてしまいそうだった。


「そうそう、アリエッタ。ここは人間界の時間の流れを無視している。だから君がここに時間でいう何百年いようと、向こうでは大きな時間が流れていない」

「それってどういう感じなんですか? 神獣は時間の流れが違う人間界をどうやって把握しているんですか?」

「うん、まぁ説明が難しいからそういうものだと思ってくれ。それよりあそこが君の修行場さ」

「あれってお城?」


 大きくそびえ立つ城の前に立つ。絵本に出てきそうな外観で、メルヘンチックだ。


「あそこは天獄の魔宮。人間界で悪さをした災厄が閉じ込められている。その力は神獣と大差ないほどに強力なんだ」

「牢獄みたいなものかな? 天界にもそういうのがあるんですね」

「でも、人間にとって災厄はとても手に余る存在みたいでね。殺せずに何とか人間の手で封印したり拘束したようだけど、そんなものでどうにかできるような甘い相手じゃない。

結局、封印もすぐ解かれてまた封印と繰り返しさ。そこでしょうがないから私達が彼らを捕らえてあげたんだ」

「優しいんですね」


 さすがに神獣達も災厄達に人間界を荒らされたら面白くないみたいだ。

 人間が絶滅したらフェリル達も観察対象がなくなる。だからこうして少しだけ手助けしていたと話してくれた。

 私はこの天獄の迷宮で修業をするわけだけど。


「し、死んじゃいますよ?」

「大丈夫。死ぬほど痛いけど、ダメージが致死量になったら復活させて外へ逃がしてあげる」

「初心者でいきなりこれは難しくないですか?」

「大丈夫。痛くしないから」


 いや、その理屈はおかしい。

 天獄の魔宮に入る前に私は最低限の手ほどきを受けた。転移魔術で一歩分、転移できるようになるために私はフェリルの話を聞く。

 その話は魔術式だとかそんな複雑なものじゃない。例えるなら感覚的にダイレクトに『こうすればいい』が実現できた。


「そうそう、心を落ち着かせてぎゅっとね」

「で、できた!」


 私は本当に一歩分、転移できた。でも普通に歩けばいいだけの距離だから素直に喜んでいいのかわからない。


「今はそれで天獄の魔宮に入ってごらん」

「これだけで?」

「まずは転移の感覚を掴んでごらん。最初の階層ならそれだけで何とかなるはずさ」

「本当かなぁ」


 渋々といった感じで私は天獄の魔宮に入る。薄暗くなく、どちらかというと私の屋敷みたいな貴族感のある内装だ。

 赤いカーペットを歩くと、宝箱が置かれていた。開けてみると入っていたのは一本のナイフだ。


「シルバーナイフ。君達、人間界にもある武器さ。それ一本で最初の階層を突破してごらん」

「ちょ、ちょっと! さすがにナイフ一本は心元ないんですけど!?」

「君が手にした力ならできるはずさ。迷宮を進めば、もっと有用なアイテムが拾えるはずだよ」


 フェリルの声が魔宮内に響く。神獣だから何でもありだね。

 シルバーナイフを片手に進むと、ふわっふわのウサギがいた。かわいらしいと思ったのもつかの間、私めがけて飛びかかってきた。


「ひいぃぃーーーー!」

「そいつはブラッドバニー。君は首を刎ねられた」


 一瞬だけ意識を失った後、目が覚めて私は魔宮の外にいた。倒れている私をフェリルがお座りしながら見下ろしている。


「ハッ!?」

「見事にスッパリいったね」

「なんであんなのがいるんですか!」

「キュウの奴がさ、人間に対して過保護でね。人間界に危険な魔物がいたら人間が絶滅するからとか言って、たまにああいう魔物を連れてきて魔宮に放り込んでいるんだ」

「なんて迷惑な……」


 キュウというのはさっきの狐の神獣か。生意気に尻尾なんか九本も生やしやがってからに、今に見てろと私は奮起した。

 つまり天獄の魔宮には災厄以外にも強い魔物がたくさんいるということ。

 私は与えられたシルバーナイフと一歩しか転移できない転移魔術であのブラッドバニーを倒さなきゃいけない。

 さすがにフェリルもヒントはくれないらしくて、私の頭で考えて答えを出したほうが強くなるともっともなことを言った。

 この日から私の天獄の迷宮への挑戦が始まった。初日は何度、首を刎ねられたことか。

 さすがに心が折れて休むことにした。フェリルが与えてくれた家には一通りの生活一式が整っている。

 なぜか人間界で採れる材料があったから私が料理していると、神獣達が家の周囲に集まってきた。


「いい匂いがする」

「涎が出てきたぞ」

「食わせろ、食わせろ」


 なんかちょっと怖い雰囲気があるけど、私は作ったカレーを神獣達に振る舞った。

 食堂で働いていた時に厨房も手伝ったから、味には自信がある。神獣達が私のカレーにがっついた。


「これはなんという食料だ!?」

「これが人間達が言っていた『おいしい』という感覚か!」

「アリエッタ! もっとよこせ!」


 神獣達がガウガウとうるさい。この日から私は神獣達の人気者となった。

 人間界を知っている割にはこういうところまで詳しくなかったみたいでちょっと面白い。

 この日はフェリルが枕代わりになってくれて、ふわっふわですごく気持ちよく眠れた。

 こんなにうまくいくなら、ひょっとしたら災厄達もてなづけられるかも? なんてね。

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