第15話 多難・ト・絶叫
「えぇ投げやり!?」
「し、仕方ないでしょ! 私元々は聖剣なんだしこんな権力の争いなんてやったことがないんだから!」
純粋な知識や剣や魔法の技量なら最高峰の内容を教えられる。
だが……こういう人間同士の血が流れない戦いの知識など皆無だった。
「それに! 貴方がリーダーになるんだから貴方が考えるのが普通でしょう!」
「……醜い言い訳にしか聞こえないけど」
「うるせぇ殺すぞッ!」
しかし何かしら有効的な手を考え人を集めなければ全く変わらない。
派閥を作ること自体は誰でも出来る、そこからどう成長させるかが鍵となる。
「まぁ歩きながらでも考えましょう。ここにいたって思考は閃かない」
とは言ったものの……別に大廊下を歩いたからって何かが劇的に変わることもなく。
現状をガラリと変える案などそんな都合良く生まれることもなかった。
無常にも過ぎていく時計の針。
別にクロノスを使って止めてもいいがそんなことした所でなんの意味もない。
虚しい状況の中、ふとラビットは唐突に足を止めた。
「ち、ちょっとゼロっち」
「何? いい案でも思いついた?」
「いや……なんか絶叫が聞こえた気がして」
「はっ?」
彼女が迷わず指を差した方向。
そこは大図書室と記載された場所だった。
「お願いですから! 大図書室の一室を使うのなら学園からの要請を!」
「いいいいいいい嫌だァァァ! 痛いのは嫌いなのォォォォォォォォ!」
扉越しに耳を澄ますと確かに聞こえる。
まるで断末魔のような悲鳴が。
な、何なんだ……どう考えても穏やかな状況ではない事は分かる。
「……確かにするわね。絶叫」
「ま、まさか殺人事件でも!?」
「そういう感じではなさそうよ。行ってみましょう」
「えっちょ行動力凄っ!?」
あんなエキセントリックな絶叫を聞いて気にするなという方が無理がある。
ラビットの制止を振り払い俺は勢いよく大図書室扉を聞いた。
瞬間、首が凝るほどに高く視野に埋まらない程の圧倒的な光景が目に入る。
モダンな雰囲気の中、何処を見ても本だらけの巨大な大図書室の空間。
その端っこでは……一人の男子生徒が木造の扉に向かって必死に叫んでいた。
「早く出てきてください! この場所は公共のエリアなんですから何時までも認可が下りずに居座られても困るんです!」
「い、い、嫌ですすすッ! 外に出たくないィィィィィィィィィィィィィィ!」
「いやだからと言ってこの場にずっと要られるのであれば強制退学も辞しませんよ!」
「ヒッ!? む、無理無理無理無理! それだけは勘弁してください!」
「それが嫌なら学園側の要請に従えと!」
全く噛み合ってない平行線のやり取り。
扉の中から話しているのは女性だろうか。
妙に吃っている口調、冷静に応答しているとはとても思えない。
「ちょっと何があったの?」
声をかけると頭を掻きむしってる男子生徒は苦悩な表情をこちらに向け、俺達の顔を見ると腰を抜かした。
「あっすみませんちょっと……って、あ、貴方達はラソードの子孫とレイドを倒したっていう少女!?」
「今はそんなのどうでもいい、それよりどうしたの? 廊下まで声が響いてるんだけど」
「あぁ……ごめんなさい、実はその、大図書室の一室が占拠されてまして」
「占拠!? テロリストでもいるの!?」
「いやそういうのではなくて、そのちょっと授業に出たくないと言い張る生徒が大図書室の一室である研究室を奪取しまして」
男子生徒はそう言うとしっかり研究室と刻まれた扉を指差す。
確かパンフレットには時間予約制の公共エリアとか記載されていたな。
「その人は今年からの新入生で勉学は学年一位の首席なんですけど……如何せん人と関わるのを拒絶してここに引きこもっていて」
「首席の生徒が? でも別にそれなら無理矢理こじ開ければいいじゃない」
「それがかなり強力な防御魔法陣が敷かれていて迂闊に手が出せず……俺も学園側の要請で来たんで早く終わらせたいんですけど」
研究室に防御魔法陣を敷いただと?
何だそれ……テロみてぇな犯行だな。
そこまでして引きこもりたいのか?
「本来なら即退学ですが相手が首席ということもあり学園側が渋っていて。それで学園側が指示した要請を達成すれば研究室を使って構わないという事になったんです」
「まさか……それも拒絶してると?」
「はい「死にたくない、痛いのは嫌」の一点張りで……どうしようかと」
それで今の現状に至る訳か。
聞く限り、相当な拗らせた性格をしていることは嫌でも分かる。
だがこのまま面倒だからって放置していても何もいいことないのは目に見えてる。
ラビットの方を振り向くと俺と同意見なのかコクッと首を縦に振った。
「ちょっとその子、私達に任せてもらえいないかしら?」
「貴方達にですか?」
「大丈夫上手くやるから、それにどうせなら同性が相手の方が心も開きたがるでしょう」
「……分かりました、彼女のことをよろしくお願いします」
深々と頭を下げると男子生徒はその場から去っていく。
さてさて、早速試しに扉へ触れようとしてみたが。
「ッ!」
バチッっという音と共に翠玉色の稲妻が走り俺の指を焼く。
咄嗟に手を離すも少しだけ焼け焦げた匂いが鼻をついた。
「危なっ!? ゼロっち大丈夫!?」
「問題ない少し火傷しただけよ、でもこの魔法陣……結構厄介ね」
雷属性の円形型の防御魔法陣。
精巧に何重にも形成されており並大抵の事ではヒビ一つ入れられないだろう。
学年首席入学ゆえの高度な技術と言ったところか……しかし引きこもりなんだよな。
意味が分からない、首席という誇れる立場で何故閉じこもる必要性がある?
「ちょっとそこにいるんでしょ? 何時までも閉じこもってないで少し私と話さない?」
「い、いいい嫌です! い、嫌、嫌です!」
「そんなこと言わずにこのまま閉じこもってたら退学処分になるのよ? ちょっとでいいからその扉を開けて私と」
「た、たたた退学は絶対に嫌ッ! で、でも外に出るのも嫌なんですゥゥ!」
あぁ駄目だ、話が通じない。
出来る限り優しい声で話しかけてみるものの返ってくるのはワガママな言葉の数々。
この態度で強力な防御魔法陣が敷かれてたらあの男子生徒の苦労も理解できる。
「……仕方ない、ラビット他にこの場所には一人もいないわよね?」
「えっ、あぁ特にいないと思うけど」
「なら実力行使と行きましょう」
「実力行使?」
相手がそのような態度なら仕方ない。
こちらも手荒な真似をさせてもらう。
申し訳ない気持ちもあるが。
「武具生成、アリアンロッド」
生み出した白銀に輝く魔法陣から現れたのは彫刻のように歪な形をした剣。
もはや剣と言っていいのか分からない程に形状が定まっていない。
「それってもしかしてギガノ級? ま、まさか扉ごと破壊でも?」
「そんな野蛮なことはしないわよ、ギガノ級だけどこのアリアンロッドに攻撃能力はないから」
「ない!? じゃあどうするの?」
「ここに引きずり出すのよ、彼女をね」
アリアンロッドに殺傷能力はない。
だがアネモネ・シュネー同様、代わりに強力な特殊能力が仕込まれている。
今回の場合は……あらゆる場所、次元に存在する物体を転移させる力。
「アリアンロッド、空間座標を指定。目標は研究室を占拠しているワガママなお姫様」
俺の言葉に呼応するようアリアンロッドからは幾何学模様の数式を形成する。
「スティル・ブリリアント」
剣先を扉へ突き、抜くように振るうと一つの大きな人影が防御魔法陣を貫通して強制的にこちらへ引きずり出される。
「ひやっ!?」
素っ頓狂な声を出しながら中で引きこもっていた少女はゴロゴロと転がった。
その少女は腰までありそうな非常に長く目に掛かった青髪に整った顔立ち。
背は俺と同じ位で制服の上から所謂ゴスロリのような衣服を被っている。
手元には翡翠色に光る大きな剣を大事そうに握りしめていた。
寝てないのか黄色い瞳の下にはクマがあり肌もかなりの色白。
そんな彼女は俺達を見て世界が終わったかのような表情で腰を抜かした。
「なっ……なっ!?」
「こんにちは、引きこもりのお姫様」
「ば、馬鹿なぼ、防御魔法陣で何重にも敷いてききき強化した、はは、はずなのに!?」
何が起きたか全く理解できず吃りながら尻もちをつき後退っていく。
やがては窓越しに太陽が差し込む場所へと辿り着いた、その時だった。
「ヒッ!? た、た、た、太陽ゥゥ!?」
「さて引きこもっていた理由でも……ん?」
「ギャァァァァァァ! 太陽は嫌! 太陽見たくない! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いィィィィ!」
「ちょ、ちょっと?」
太陽の光が彼女を刺激してしまったのか、耳を切り裂くような悲鳴が轟く。
アレルギーとかではない、単に太陽という存在を嫌がっているような……。
「引きこもりの大敵! 二ートの宿敵! 止めろ私を照らすなァァァァァァァァァ!」
「ちょ待て、落ち着きなさいって!?」
「あっ」
やがては魂が抜けたようにバタッと泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
「あぁちょっとォ!?」
「うわっ……ゼロっちが殺しちゃった」
「殺してないわよッ!」
慌てて抱きかかえるが意識を失っているだけで命に別状はないようだ。
ただ極度の日光への恐怖心があるのは確かである。
「とにかく医務室へ運ぶわよ、貴方は彼女が持ってた大剣を運びなさい」
白目を剥いてる彼女をお姫様のように抱え足場に駆けていく。
何故だ……ラビットといいこの娘といい何故気絶する奴ばっかりなんだ?
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