第16話 天才・ト・陰気

 数分後、ラビットと共に気絶する首席生徒を抱えようやく医務室へと到着する。

 しばらくベットで寝かせていると目蓋がゆっくりと開く。


「うっ……あっ……?」


「大丈夫? ちゃんと生きてる?」


 まだ思考にモヤが掛かっているのか、俺の問いかけにまともに反応しない。

 だが徐々に彼女の瞳はしっかりと開き始め状況を把握し始め……絶叫した。


「ひっ……ひ、ひひひ人ぉぉ!?」


 俺達の姿を見るなりベットから飛ばされるように転げ落ちる。

 虫の如く後退ると彼女は必死に何かを探すような動作を始めた。


「け、けけけ剣剣剣! 私の剣は!?」

  

「あぁこれのこと?」


 ラビットが所持している翡翠色の大剣を視認した途端、正気の沙汰ではない形相で吃っている声を上げた。


「そ、そそそそそそれ、それです! か、変え変え変、変えして、くく、くださ!」


「駄目よ、どうせこれを持ったらまた防御魔法陣でも敷くつもりでしょ?」


「ふへぇッ!?」


 俺の言葉に「何で分かったの!?」と分かりやすく彼女は奇天烈な声を上げる。

 皆が使う医務室であんな高度な防御魔法陣を敷かれたらたまったもんじゃない。


「取り敢えず話を聞くまでこの剣は没収させてもらうわ。聞かないならこの剣を捨てる」


「ヒィッ!? や、止めてください! それがなければ私はァァァ!」


「嫌なら私達の要請に従いなさいッ! 別に貴方を殴ろうとか食おうとかしようとしてるんじゃない。少し話がしたいだけなの、そしたらこの剣は返すわ」


 ビクッと身体を震わせ、小動物のように怯えた姿を見せる彼女。

 しかし俺の言葉を聞いて少しばかり考え込むと、やがては小さく首を縦に振った。


「わ……分かり……ました」


「よしっそれでいい、ごめんなさいね大声とか出しちゃって」


 宥めるように優しいと思う口調で声を掛けると彼女も落ち着きを取り戻す。

 またあんな叫びまくられるとこっちの鼓膜もぶっ壊れてしまう。


「えっと、それでまずは名前を聞かせてくれるかしら?」


「……ト……ム」


「ん?」


「アリエスト……グランカルム……です」


「美しい名前じゃない。私はゼロ、後ろにいるこいつはラビットよ」


 アリエスト・グランカルムと名乗る少女はそっぽを向きながら微小な声で答えた。

 完全に会話を拒絶しているという訳でもないのか、それならこちらもやりやすい。


「聞いたけど勉学では学年首位の成績なんでしょ? 素晴らしいじゃない」


「す、凄いわけじゃ……ただその好きでやっているだけで、これしか取り柄なくて」


「理由はどうあれ、この国一番の学園で一位を獲得するなんて並の人間じゃ到底出来ないことよ」


「そ……そうですか……ね」


 褒め慣れてないのか、どうすればいいか分からないような困惑な表情と共にアリエストは頬を少しだけ赤らめる。


「それにこの剣、随分とユニークじゃない」


 翡翠のように綺羅びやかで血管のような白い管が刀身を纏っている独特なフォルム。

 見た目だけでもインパクトが強いが何より特徴的なのは内蔵されている能力だろう。


「あの強力な防御魔法陣もこの剣で発生させたのかしら?」


「は、はい……その子の名前はラプト・イージスって言って……ぼ、防御専門の……剣なんです。代わりにこ、攻撃力なくて」


「貴方が作ったの?」


「い、い、一応は……その、空き時間とかに一人で作っていて」


 やはりあの魔法もこのラプト・イージスなる剣が発動していたのか。

 しかし……この剣は俺から見てもギガノ級には勝らずとも劣らないクオリティだ。


 刃も精巧に作られており魔力も非常に多く安定している。

 これを一人で作ったと考えると三百年前の職人とも引けを取らない代物だ。


 しかも防御専門の剣とは昔でも聞いたことがないタイプ。

 そもそも剣を防御に全振りするなんてイカれた発想、普通は思い付かない。

 

 これぞ学年首席の力、と言ったところか。


「凄いわね、ここまでのクオリティの剣を一人で作ってしまうなんて」


「い、いえそんな他にやることがなかっただけですので全然褒められることでは! こんなゴミ人間の私なんかがッ!」


 ゴ、ゴミ人間って……。

 どれだけ褒めようと異常なほどの謙遜的な姿勢を崩さないアリエスト。


 学年一位の学力、高度な剣を作る技術、これ程まで揃っていて何故卑屈になる?

 才能に溢れ希望しかない状況なのにここまで卑下な態度を取るんだ。


「そんなに自分を蔑む態度を取るのは何故? 私からすれば貴方は才能に溢れてる。引きこもる必要性は何処にあるの?」


「……才能があれば……い、いい人生を送れるとはか、限らない……です」


「えっ?」


 別に嫌味でも何でもない質問のつもりだがアリエストは悲しそうな眼差しを向けた。

 蹲るように身体を丸めると消え入るような声で言葉を紡いでいく。


「わ、わ、私は……人と……話すのがにに、にが、苦手で……ずっと直らなくて……いつも親に……甘えて過ごして」


「それってずっと家にいたってこと?」


「わ、分かってます、こんな生き方はゴ、ゴミに等しいって。親に甘えてずっと……自分の好きなことだけやって」


 話していく度にアリエストから放たれている負のオーラのようなものが徐々に増加していき息苦しい陰気が支配する。


 何故だか分からないが息苦しくなってきた気がするのは俺だけか?

 

「その……私の親……この国で書物関連の貿易会社を開いていて……私一人を養うことなんか造作もない状況に甘えていて……」


「書物関連?」


「せ、世界からの書物のば、売買をやり取りする会社で……そのおこぼれでわ、私は勝手に世界中の本を読んで勉強したり剣作る技術を得たり……暇つぶしにというか」


「まさか、それで学年首席になったと?」


「ぜ、全然誇れることじゃないです、だってこんなクズ生活していて人より学ぶ時間が多かったんですから……でも数ヶ月前……遂に親に怒鳴られてこの学園を卒業するまで帰ってくるなと、ヘヘッ、クズ過ぎますね私」


 諦めたような悲壮感しかない乾いた笑いでアリエストは天を見上げた。

 なるほど……何となくだが彼女の実態が見えてきたような気がする。


「でも学園に来たからには卒業しようと意気込んだんですけど……やっぱりコミュ障が再発して耐えられなくなって……それであの研究室に閉じこもったんです。そしたら!」


 突然、声を荒げ立ち上がるとアリエストは必死な形相を浮かべた。


「が、学園側から指示に従わなければ退学させると言われて……その指示がラズレイブ洞窟からラオ・リーの頭部を持って来いということで」


「はっ?」


 何だなんの言葉だ。

 ラズレイブ洞窟? ラオ・リー?

 

「な、何その聞いたことない言葉は?」


「この近くの洞窟に存在している新種のモンスターで……デ、データ採取の為に奴の頭部を切り取って持って来いと」


「それが学園側からの?」


「は、はい、でも、でも私戦ったことなんてないし絶対に無理なんです! 何より私は死にたくないんですッ! だから行きたくないんですゥゥゥ! 痛いの嫌ァァァァァァ!」

 

 アリエストは顔を青ざめさせながら涙目で懇願してきた。

 鼓膜を破壊してしまいそうなほどの大絶叫が室内に響き渡る。


 どうしたものか……昔なら「甘えてんじゃねぇよ!」と発破をかける一択だが。

 今は色々と感性も違う、そう頭を悩ませたその時だった。


「あっ、そうだゼロっち来て!」


「はっ? え、ちょっと!」


 それまで静観していたラビットが突如声を上げ俺を室外へと引きずり出した。

 何事かと思考が困惑する中、彼女は満面の笑みで口を開く。


「ゼロっち、助けようよ彼女を」


「……えっ?」


「だから助けようよ彼女を!」


「はいっ!?」


 突拍子もない発言に俺は驚愕の声を発することしか出来なかった。


「ラソードを超えるには善行を重ねるべきなんでしょ? ならあの娘を私達が助ける第一号の人間にしようよ!」


「いや待て落ち着けラビット、あんな破滅の未来しかないコミュ障を助けるよりもっと影響力ある奴を助けた方が!」


「だってあの娘学年首席の天才だよ? 助けて損はないって。派閥に入ることを条件に助ければ得も多いはずだよ」


「それは……まぁ一理はあるが」


 出来るなら最初は所謂カースト上位の人間を引き込む方が今後もやりやすくなる。

 あんなコミュ障を拗らせたボッチを引き入れてもメリットは皆無。


 と思ったが……腐っても彼女は学年首席であり高度な剣を製作する技術もある。

 使い方によっては利用価値も存在するかもしれない。

 

「それに利用価値もそうだけど、あぁいう困っている人を見捨てるのは私のプライドが許さない、そんなのラビットじゃないから!」


「はぁ……分かった」


 俺達はアリエストのいる部屋へと戻り、彼女に事情と条件を伝えた。


「へっ?」


「だからこの後ろにいるラビットの派閥に入る代わりに貴方の手助けをしようって話よ」


 俺の話を聞きアリエストは呆然とした様子で見つめる。

 それもそのはずだろう、いきなり「お前を救いたい」とか言われて信じる方が難しい。


「わ、私なんかを助けてくれるんですか?」


「派閥に入るならね、私達はボランティアじゃない」


「そ、そ、それでも私みたいなゴミ人間に手を差し伸べてくれるのですか!?」


「さっきからそう言ってるでしょ! 嫌なら別にいいけど、貴方がこの学園から散った所でこちらに害はないし」


「た、たたたた助けてください! 何でも致しますからどうか私をッ! このまま退学になったら帰る場所がないんですッ!」


 俺の袖を強引に掴むと切羽詰まった表情で泣き叫びながら懇願してくる。

 恥も外聞もないその姿はもう後がないことを物語っていた。


「決まりね、行くわよラビット、貴方も来なさいアリエスト」


「へっ……? えっ今すぐに?」


「当然でしょ、行かないなら見捨てる、行くのなら私達を案内しなさい」


「ふぇっ!? ち、ちょっと待って!」


 きっと明日になればこいつはまた「死にたくないッ!」と駄々をこねるはず。

 即断即決、即行動、こうでもしなきゃアリエストは閉じこもったままだろう。


 慌てふためくアリエストを使い、俺達はラズレイブ洞窟なる場所へと歩を進めた。

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