第17話 静寂・ト・激動

「ここでいいの?」


「は、はい……っていいんですか? そのまだそちらは授業とかがあったり……して」


「大丈夫、今日は午前授業だから。それにあったとしても一回サボったくらいどうってことないわよ」


 リベロス王国郊外の森林エリア。


 アリエストに弱々しく案内されたはラズレイブ洞窟は陰気な雰囲気が漂っている。

 入り口は暗く不気味な冷気が靡き、まるで冥界だと錯覚してしまいそうなほどだ。


「ああああのやっぱり止めませんか!? し、失禁しそうなんですけど!」


「ここで逃げても貴方の未来は破滅よ、それが嫌なら覚悟決めなさいニート」


「ひゃ、ひゃい!」


 洞窟内は一本道で奥に進むにつれ気温が低下していく。

 冷たさもそうだが内部から放たれる独特な禍々しさが否が応でも体を震わせる。


 確かにこれは自ら進んで行こうとは思わない場所だろう。

 俺とラビットは特に精神的な恐怖を抱いてはいないが……アリエストは。


「ヒッ水滴っ!? ヒヤァァ虫!? ウギァァァァァァァァァァァッ骨ェ!?」


 絶叫のオンパレード。

 些細な事にも身体を飛び跳ねる程に驚き洞窟内の恐怖に見事に飲み込まれていた。

 叫ばなくても常に爪を噛んだり、ブツブツ何かを呟いたりと情緒が安定していない。


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ッ! やっぱり無理ですクソニートのゴミ人間な私にはァァァ!」


「ちょ、ちょっと落ち着きなよアリエスト! ほら深呼吸すればリラックス出来るよ。吸って〜吐いて〜ほら!」


「そうなんですか……スゥ……ウギャァァァァァァまた虫が出たァァァァァァ!」


 あぁこれは駄目だ。

 ラビットの気遣いも逆効果で余計に取り乱してしまっている。

 正直この洞窟内で一番怖い存在なのはこいつだと思うのだが。


「ちょ静かにしなさいアリエスト、そんなに叫んでたらモンスターも来ちゃって」


 と、警告の言葉を口にしたその時だった。

 突然大地を揺らすほどの咆哮が耳を抉り地面を破壊しながら数体の熊が現れる。


 人間を遥かに超える白い巨体で鋭く伸びた牙が特徴的な魔獣。

 下品によだれを垂らし、俺達を喰らおうと鼻息を荒くしている。


「ギャァァァァァァ!?」


 アリエストは腰を抜かし情けない格好で蹲ってしまう。

 この魔獣……過去に何度も俺が斬り殺してきた奴とそっくりだが。


「まさか、ヘイト・ベアー?」


「そそそそそうですそうです! 怪力が特徴の氷属性の熊型モンスターですゥ! 私達じゃ勝てないですゥゥゥ!」


 やっぱりそうか。

 ヘイト・ベアー、三百年前にも存在した凶暴な性格の熊型の魔獣。

 アリエストが言う通り並の人間であるなら奴に一発殴られれば骨が全て砕ける。


 一般人が見れば脅威と言っていいだろう。

 一般人……という話ではあるが。


「丁度いい、腕鳴らしにはも持って来いね」


「えっ、ま、まさか挑むんですかッ!?」


「当たり前でしょ、ラビット彼女をしっかり見張ってなさい」


 俺からすれば身体を慣らすのに最適な存在としか思わない。

 三百年前に何千頭も殺してるから絶滅していると思ったがそうでもないのか。 


「武具生成、スカーレット」

 

 詠唱を終えると空中からは紅色の炎を纏わせた血液のような剣を生み出す。

 鮮血なそのフォルムの刃先からは液体がポタポタと気味悪く溢れている。


 スカーレット。

 上級クラスに位置する炎属性の剣。

 これ程の代物で十分だろう。


「来いよデカ物」

 

 挑発するように手をクイっと曲げるとヘイト・ベアー達は突進を開始する。


「グォオオオッ!」


「遅い」


 荒々しい繊細さを欠いた攻撃。

 俺は即座に横へ避け、すれ違いざまに一頭の腹を切り裂いた。


「ガァアアッ!?」


 緑色の血液が宙を舞い、悲痛な叫び声を上げながら力なく倒れ伏せる。

 まだ息はあるようだが数分もすれば出血性多量で絶命するだろう。


「グゴォォォォ!」


 その光景に恐怖したのか、怒ったのか、ヘイトベアー達は更に咆哮を強くし鋭利な爪で切り裂こうと左右から強襲。


 口内からは冷気が噴射され周囲の空気を凍らせながら接近していた。


「ノーバ・ブラッシュ」


 右手に握る剣を縦に振り下ろした瞬間、刀身から紅蓮の火柱が噴き出し襲いかかるヘイトベアー達を飲み込む。

 一瞬にして焼き焦げた肉塊が地面に転がり、ブスブスと煙を立てていた。


「流石ゼロっち、スーパー火力!」


「う、嘘……ヘイトベアーをこんないとも容易く……倒すなんて」


 二人の反応を小耳に挟みながらヘイトベアーの焼き焦げた残骸を観察する。

 やらかした、火力調節を少しばかり間違えてしまったな。


 適度な温度で焼き殺していれば任務のついでにヘイトベアーの肉も剥ぎ取れたのに。

 昔からこいつの肉はかなりの絶品だと聞かされたからこそどうせなら食いたかった。


 まぁ、またここに来ればいいか。

 ヘイトベアー達の絶命を確認し遺体処理の為にスカーレットで完全に燃やし切る。


「さっ進みましょう、日が暮れる前に」


 その後もアリエストの絶叫に導かれモンスターが湧きに湧きまくったわけだが。

 特に問題もなく俺とラビットで次々と蹴散らしていく。


 順調に事が進んでいた訳だが……最後の雑魚を斬り殺した所でアリエストは突然足を止めてしまった。  

 

 終始俺やラビットの後ろに怯えて隠れていた彼女だが様子がこれまでと違う。


「どうしたのアリエスト、怪我でもした?」


「私……何処までもゴミクズですね」


「はっ?」


 唐突すぎる自虐発言に思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「だって……わ、私叫んでるだけで……何も貴方達の力になれなくて私の問題なのに自分は何も出来なくて……ク、クソニート過ぎて嫌になって……きます」


「ちょ、待ってよアリエスト、私達は別にそんなこと思ってな「嘘ですッ!」」


 ラビットの言葉を遮るように今日一番の凄まじい大声が木霊していく。

 自暴自棄になったかのようにアリエストは長い髪を乱雑に掻きむしる。

 

「私は皆さんみたいに優しくないし戦う力もない! 自分のことだけ考えて誰かに甘え続けて生きてきた最低最悪なクソ女です! 変わりたいとは思っても怖くて何も出来ない、何もしてない! そう思うと……申し訳なくて辛いんです……!」


 蹲りながら訴える彼女の言葉は心の底からの本音だろう。

 今まで溜め込んできた鬱憤を全て吐き出すように彼女は叫ぶ。


「もう辛いです……本当に何処までも私は人様に迷惑かけるゴミクズ人間です」


「そ、そんなことは「そうね」」


「ゼロっち?」


「貴方は正真正銘のゴミクズ人間よ」


 ラビットの諭しを断ち切り真っ直ぐな視線と共に俺は口を開く。

 様々な感情が駆け巡りぐちゃぐちゃになっている彼女に言葉を紡いだ。


「何処までも喚き散らしてうるさくて、身なりもまともに出来ず自分勝手で臆病。親の力に甘えて脛をかじり続けて自分から変わろうともしない。絵に描いたクソ人間ね。小説でもここまでのクズはいないわ」


「ちょ、ちょっとゼロっち!」


「事実でしょう? 私達が今ここにいるのも貴方が引き篭もり続けた結果なのよ。貴方のせいで私達は余計な苦労をしている」


 アリエストを見下ろしながら、ラビットの静止を振り切り俺は尚も続ける。


「誰も言わないなら私が言ってあげる、今の貴方は生きる価値が微塵もないゴミ人間よッ! まだ残飯の方が使い道がある。もういいわ、貴方これが終わっても私達の派閥に入ってこなくていいから」


「えっ……?」


「こんなにも使えない奴を入れた所でこちらに何のメリットもない、この任務だけは私達が特別にやってあげる。でもそれ以降は絶対に関わらないで、自由に生きて何も出来ずウジウジしたまま……死になさいクズがッ!」


 叫ばずに無言のままただ唖然としているアリエスト。

 吐き捨てるように言い放つと俺は踵を返して奥へと歩み始めた。


 しばらくするとラビットが後ろから徐々に駆けつけ俺の腕を強く掴む。

 その表情は納得がいってないと分かるほどに怒りが滲み出ていた。


「ちょ待ってよゼロっち! 流石にあんな言い方はないでしょ! あんな強い言葉で彼女を否定しなくても」


「なら優しい言葉を掛ければ彼女は綺麗に更生してくれるのかしら?」


「そ、それは……分からないけど」


「あぁいうのに慰めの言葉は毒よ、それに甘え続けて彼女は堕落した。優しいことが常に人の為になると思っているなら大間違いよ」


 正直、堪忍袋の緒が切れてしまった。

 いつまでも甘え自虐しているだけで何も出来ずただ叫んでいる姿は滑稽で仕方ない。

 

 言いすぎてしまったと少しは思うが、あぁでもしないと奴は何処までいっても甘え続けたクズのままだろう。


「後は彼女次第、私の罵倒に壊れるか、それともクズらしく意地を見せるか」


「だからって……もう少し他にやり方があったんじゃ」


「私は人間じゃなく聖剣よ、繊細な人の心を気遣えるほど有能じゃない。さっ行くわよ、最深部も近付いているはず」


 ラビットはやるせない表情で無言になりながらも渋々付いてくる。

 きっと同じく劣等に塗れた人生を歩んできたからこそ通ずる物があるのだろう。


 その後、先程の一件以降一言も話さず黙々と歩き続け、とうとう最後のエリアの前に辿り着いた。


「ここ……でいいのよね」


 目の前には巨大な扉が鎮座しており、隙間からは禍々しい邪気が漏れ出ている。

 確証は無いが本能的にここにラオ・リーなるモンスターがいることを察した。

 

 ギィイっと鈍重な音を響かせながら開かれた先は異様に広い空間。

 冷気がこれでもかと漂っており辺りには水色の鉱石のような柱達が突起している。

 

「ねぇ本当にここにいる?」


「今のところは……モンスターの気配を特には感じないわね」


 ラビットに返答しながら周囲を見渡すがモンスターの姿はなく静寂だけが流れている。

 違う場所だろうか……そう思い始めたその時だった。


「ッ! ラビット避けろッ!」


「えっ?」


 全身に駆け巡った警告を知らせる悪寒。

 考えるよりも身体が先に動きラビットの身体を強引に突き飛ばす。

 

 直後、俺達がいた場所には氷の礫が降り注ぎ地面を穿った。


「なぁっ!?」


「チッ!」


 二人で体勢を崩しながらも衝撃が起きた場所へと即座に振り向き臨戦態勢を取る。

 ゆっくりと煙が晴れていき現れたのは白い体毛を生やし頭部に二本の角を生やした電流の走る狼型の魔物。


「何だ……こいつがラオ・リー……?」


 体躯は大きく鋭い眼光を向ける姿。

 過去にも見たことがない外見。

 得体のしれなさが緊張感を煽り立てる。


『キュルァァァァッ!』


 呼吸も苦しくなる程の急迫の中、幻想的な雄叫びが空間を震わせた。

 


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