第18話 決別・ト・未来

「チッ、新種ってのはこいつかッ!」


 迫り来る巨体な氷柱を避けながら俺は舌打ちをする。

 ラオ・リーは空中に飛び上がると、巨体を浮かせたまま次々と氷の礫を放ってきた。


 飛来してくる氷をゼロ少女のロングソードで斬り払いラビットの元へと駆け寄る。

 しかし斬る度に刃から伝わる強烈な冷気に思わず顔をしかめた。


「こいつ……トリッキーな攻撃を」


 ギガノ級の連撃による力技で奴を倒すことは造作もないことだが……。


「ゼロっち! クソっ黒炎「待てッ!」」


「アビス・クライの技は使うなッ! 下手をすれば骨一本も残らずに消滅してしまう!」


 そう、アリエスト及び俺達の任務はラオ・リーの頭部を持ち帰ること。

 ギガノ級だと出力を間違えれば相手を完全に消滅させることも十分にあり得る。


 迂闊に技を発動する訳にもいかない。

 シビアな状況だが……逆にいい機会だ。


「ラビット技を使わずに倒すわよ。丁度いい、貴方の特訓に持って来いの状況ね」


「はっ、技が使えなきゃジリ貧だよ!?」


「技に依存しているようじゃラソードは超えられない。自らの身体能力で奴を倒すのよ、私がレクチャーするから見ておきなさい」


「ちょゼロっち!?」


 驚愕の表情を浮かべている彼女に構わず俺は駆け始める。

 勢いそのままに跳び上がり宙を舞う相手に肉薄し、俺は背中に備えた鞘に手を伸ばす。


「戦いは常に三手先を読む、相手が何を行い何をして攻めるかを考える」


『キュルァァァ!』


 咆哮するとラオ・リーは再び氷の礫を放とうと体勢を整え始めた。

 透かさず加速を止めずに鞘を奴の眉間に目かげて投擲する。


「グガァッ!?」


 命中し大きく怯んだ隙を逃さず空中で身を翻すと前足の関節部分へと剣を構える。


「剣を振る時は腕だけじゃなく身体全体を使うの、こんな……風にッ!」


 着地と同時に飛び込むように一気に距離を詰めると迷わずに斬り込む。

 血肉が切れ骨ごと砕ける音と共に青い鮮血が舞い、悲鳴を上げるラオ・リー。


 俺は追撃と言わんばかりに奴の身体へと蹴撃を叩き込み壁際まで吹き飛ばした。

 

「エグっ……!?」


「関節部分はダメージを入れやすい、、貴方の潜在能力を進化させることがラソードを殺す最短ルートよ」


 こいつに足りないのは成功体験。

 潜在的な能力は高く、素質だけで言えばラソードにも劣っていない。

 経験と自信がついていけば着実かつ迅速にこの新たな英雄は急成長を遂げるはず。


「ッ! 分かった」


 覚悟を決めた表情でラビットは駆け出し、俺と同様に剣を振りかざす。

 怒り心頭で立ち上がるラオ・リーの寸前で停止すると煙幕のように地面を叩き切る。


 視界を遮っている内に彼女は顔面に目掛けて左手を突き出し掌底を放った。


「キ。ッ、ガァッ!?」


 彼女の攻撃が眉間に直撃し苦悶の声を上げたラオ・リー。

 反撃の隙を与える暇なくラビットは跳躍すると首を目掛けてアビス・クライを構える。


 俺の錯覚なのか彼女の瞳には閃光のようなものが走り、もはや猟奇さが含まれた形相。

 的確に俺のアドバイス通りの動きをコピーし自分でアレンジをしている。


「戦術は……三手先」


 落下の勢いに身を任せた一撃に首は千切れると胴体から切り離され地面に転がった。

 美しく血しぶきが舞い、ラビットは蹌踉めきながらも着地する。


 目の前に転がる遺体を見て彼女は従順な犬のように満面の笑みを俺に向けた。


「で、出来たよゼロっち! 三手先を見る秀麗な戦法! どうだった!?」


「まぁ……及第点ってところかしら。最初にしては良くやったほうじゃない?」


 やはり荒削りだが潜在的なセンスは高い。

 一度見せただけで俺のやり方をほぼ完璧にマスターした。

 これならいずれ俺を殺せる……そう思いラオ・リーの首へと視線を逸した時だった。


「えっ?」


 ない、何処にもない。

 奴の首が……見当たらない。

 消えた? いやそんな馬鹿な、確かにラビットに切断され転がった首を視認したはず。


「……ラビット、まだ終わってな」


 言い終わる前に肌が傷つきそうな程の冷気が一気に噴射され場を包み込む。  

 彼女も異変に気づき、笑みから困惑の表情へと生々しく変化していく。


 刹那、『キュルァァァ!』と響き渡る咆哮と共にラビットの背後から大きな影が襲いかかった。


「ラビットッ!」


 咄嗟に身体が動き彼女にタックルする形で押し倒す。

 その数秒後、巨大な氷柱が俺たちがいた場所を穿った。


「な、何ッ!?」


「……どうやら、楽観視していたようね」


 目の先で俺達を殺意混じりに睨む存在。

 そこには首を切り落としたはずのラオ・リーが佇んでいた。

 切り口からは氷の柱が伸びており、まるで再生されたかのように元通りになっている。


「な、何で復活してるの!? 確かに切り落とした感触はッ!」


「再生能力……か、少し面倒な相手ね」


 チッ、この新種のモンスター自らで再生する力があったとはな。

 知らなかったとはいえ、これは少しばかり度肝を抜かされた。


 さてどうするか。

 再生能力ということは身体の何処かに核となる物が存在しているはず。

 恐らくだがそれを潰さなければどれだけ切っても奴はいつまでも再生して……。


「ラビット一回退いて「ならッ!」」


「なら……再生が追いつかないくらい切りこめばいいってことだよね!」


「はっ?」


「見ててゼロっち、私が奴を今度こそ倒してくるからッ! 三手先を見て!」


「ちょ待て!? 早まるな!」


 何やってんだあの馬鹿はッ!?

 焦燥感からか、あろうことかラビットは剣を構えて再び突っ込んでいく。

 先程と同じ容量でラビットはラオ・リーへと三手先の猛攻を仕掛ける。


 しかし、何度首を切ろうと直ぐ様に再生され次第にラビットの動きの質も落ちていく。


「こいつしぶとい……ッ!」


『キュルァァァ!』


「やばッ!?」


 やがては荒くなる動きの隙を狙われラオ・リーの頭突きで彼女は大きく体勢を崩した。

 その千載一遇のチャンスを逃すまいと身体中に目掛けて氷の礫を生成していく。

 

 呆気にとられるラビットを見てラオ・リーは何処か嘲笑したような鳴き声を上げた。


「ラビット!」


 不味い、このままじゃやられる。

 ギガノ級を使用するか?


 いや駄目だ、あの至近距離ではラビットも巻き込まれる可能性が否定できない。

 ラオ・リーの性質を全て把握しきれてない以上、迂闊な手は返って状況を悪くする。 


 そう考えている間にもラオ・リーの攻撃が放たれラビットの顔先へと接近していた。

 連鎖する制約の中、タイムリミットは刻々と迫りくる。


 その……瞬間だった。


「ス、スーパー・アイギス!」


 耳に伝わる聞き覚えのある声色。 

 刹那、翡翠に光る巨大な盾が次々と生成されラビットを囲う。

 ラオ・リーから放たれた無数の連撃は簡単に全て受け止められる。


「盾……?」


 その場にいる全員が困惑する中、弱々しく吃った声が響き渡っていく。

 だが何処か、決意のようなものが混じった力強さを感じる。


「だ、だだ……だ……大丈夫ですかァ!」


 それは紛れもなくアリエストの声だった。

 自らの剣であるラプト・イージスを震える手で持ちながらラオ・リーを見据える。


「ご、ご安心ください私の剣があればどどどどどどうにか、どうにかで、出来ましゅ!」


 威勢のいい言葉を発しているが手足はガクガクしており顔も号泣寸前のように目元に集まる涙を堪えている。

 

 だいぶ無理してこの場にいるということは目に見えていた。

 

「アリエスト!? 何故ここにッ!」


 予想だにしなかった展開。

 俺の罵倒を受けて、アリエストは心が折れ逃げるように帰路についたと推測していた。

 だが彼女は……この場に留まっており瞳は覚悟を決めたことを物語っていた。


「……私はクズです。救いがなくて消費するだけのお荷物で生きたいなんて思う資格のない最底辺のウンコ製造機のクソニートです。世の中に甘えた救いのない存在」


 言葉を紡いでいく度に剣から放たれている盾には閃光が走り、ラオ・リーの氷をカウンターのように弾き返す。


「でも……未来までクズでいたくない。クズのまま終わりたくはないッ!」


『キュルァァ!』


「ひっ……!?」


 怯えながらもラオ・リーを睨みつける彼女の表情は今まで見たことのない程の勇ましさが感じられた。

 恐怖を押し殺しながらアリエストは何かを示すかのように指を差す。


「ラ、ラオ・リーの弱点は背中です、背中に存在する緋色の十字架模様を潰さない限りいくらでも回復するんです!」


「何……?」


「信じてください、私は知識だけは無駄にあるんです。が、学年首席ですからァァァ!」


 心からの絶叫にハッとした俺は即座にある剣を詠唱から生み出す。


「武具生成、アサルトエッジ!」


 出現したのは先端が鋭利すぎる鉄製の剣。

 アサルトエッジ、中級クラスの武器だが突き刺すことに関しては一級品の強さを誇る。


 即座にラビットへと投擲すると彼女は慌ただしくアサルトエッジを受け取る。


「ラビット使え! 弱点は背中だ、背中の十字架に突き刺せッ!」


「背中? り、了解ッ!」


 アリエストの防御壁が解除された途端、ラビットは二刀流の形で迅速に接近。

 アビス・クライをフェイクのように振り上げ気づかれないよう背後へと回る。


 ラオ・リーの身体を踏み台に跳躍するとラビットは勢いよく瞳を大きく見開く。


「あった……食らえェェェェェェッ!」


『キュルァァァァァァ!』


 最後の抵抗かのようにラオ・リーも至近距離から氷の槍弾を放つ。

 だがアリエストが再び発動した防御壁に阻まれ攻撃は届かない。


 瞬刻、ラオ・リーの十字架に深々とアサルトエッジが突き刺さり断末魔のような叫びが響き渡る。


 十字に広がる赤黒い閃光が乱反射し、ラオ・リーの身体は徐々に色を失っていく。

 最後は生気を失ったようにゆっくりと倒れ込み二度と動くことはなかった。


「た……倒した?」


 荒い息を吐きながら、肩と胸を上下させ緊張の糸が切れたのか、へたり込むラビット。

 俺はそんな彼女へと近づき、


「えぇどうやら勝利みたいよ。馬鹿者」


 勝利の事実を馬頭混じりに述べた。

 ラオ・リーからは魔力を感じない、絶命したと確信を持って言っていいだろう。


 俺の言葉にようやく実感が湧いたのかラビットの顔には笑顔が浮かびこちらへと抱きつこうと近付く。


「やった、やったよゼロっちィィィ!」


「ハッ!」


 そんなラビットを……俺は渾身の回し蹴りをケツに叩き込んだ。

 ドグォという鈍い音と共に彼女は盛大に吹き飛ばされる。


「いだぁ!? な、何すんのッ!?」


「このアホンダラ! 貴方が先走ったせいで余計な手間がかかったじゃないの! ちっとは冷静さを覚えやがれダボがッ!」


「ぎっ!? すまん……」


 ったくこのアホは……手が焼ける。

 俺を殺す前にこいつが死ぬところだった。  

 こう後先考えずに熱くて突っ走るところも妙にラソードと似ていて無性に腹が立つ。


「それより、まさか立ち向かうとは思ってもいなかったわ、アリエスト」


 まぁそこはどうだっていい。

 振り向きながら放った俺の言葉にアリエストはビクッと身体を震わせる。

 

「あ……あの、その……すいません。やっぱり迷惑ですよね、私なんか……」


「逆よ。正直見直したし助かっだわ、貴方の勇気にね、あの姿はクズじゃなかった」


「そ、そうですかね……エヘヘッ」


 初めてアリエストは穏やかな笑顔を俺達に見せた気がする。

 しかしオドオドしているがあの時の覚悟と金言には助けられた。


 あれはクズではなく戦士の振る舞いだ。

 

「その悪かったわね、あの時色々とキツい言い方しちゃって、撤回させてもらう」


「い、いやいやいやいや!? しないでください実際私はゴミのクソニートなので!」


「はぁ……まぁ別にいいけど、私達の派閥に入るって約束、もしいいんだったら別に入ってもらって構わないわよ」


「へっ? い、いいんですか!?」


 アリエストが驚きの声を上げ、同時にラビットも目を丸くし同様に声を上げる。


「いいのゼロっち!? さっき貴方はいらないって冷酷に言ってたけど」


「勘違いしないで、あの度肝と知識の豊富さは多かれ少なかれ力にはなってくれるはず。合理的に判断しての手のひら返しよ」


「……ふぅ〜ん、そうなんだ」


「何? その腹が立つような視線は」


「いや別に〜ゼロっちって何か素直じゃなくて可愛いところあるんだなって」


「はぁ!? 合理的に判断しての決断よ! 変なこと言うならブチ殺すわよッ!」


 ニヤつきながら意味ありげに視線を向けて煽ってくるラビット。

 この野郎……マジで一回だけ半殺しにしてやりたい。


「とにかくッ! 身勝手なのは承知してる、それでももし私達の派閥に入ってくれるというなら私達の手を取って欲しい」


 拒絶される覚悟の上の懇願。

 迷う素振りを見せるかと思ったがアリエストは即座に俺達の手を力強く取った。


「いいんです、貴方達が身勝手と思ってもそのお陰で私は少しだけクズから抜けれました。だから恩返しさせてください」


 不格好な笑顔と共にアリエストは答える。

 

「私の無駄にある知識を是非貴方達のために使ってくださいゼロさん、ラビットさん!」

 

「はぁ……じゃ、そのよろしくアリエスト」


「よろしくねアリエスト!」


 こいつがいれば少しはラビットが英雄への道を極めるのも早まるはずだ。

 俺が彼女に殺されるためなら……使えるものは使っておかないとな。


 平穏な静寂が支配する中、アリエストの瞳は希望に溢れた煌めきを放っていた。

 

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