第19話 紅蓮・ト・闘争
激動の一日からはや数日。
アリエストという元クソニートの天才少女を引き入れて俺達ラビット派は新しい一歩を踏み始めたと思う。
ラオ・リーの任務成功を認められアリエストは在学を認められることになった。
今では大半は研究室に籠もりながらたまに外に顔を出している。
彼女は思った以上に利用価値があった。
飛び抜けた知識、魔法の技術、どれもこの学園では群を抜いている。
クラスが学んでいることの十歩ほど先を質問されても即座に答えられるほどに。
絶望的な体力のなさとコミュ障を補うほどの才能は有しているだろう。
お陰でラビットに魔法や剣の技術を教えるのも格段にやりやすい。
「あ、あの……私がこんな陽キャの巣窟にいてもよろしいのでしょうか。わ、わ、私なんかの陰キャは晒し者にされるんじゃ!?」
「大丈夫だよアリちゃん、感じる視線の大半は気のせいみたいだし! ねっゼロっち!」
「いや知らんけど……まぁ気にしない方が人生気楽に生きれると思うわ」
そんなこんなで俺達ラビット派は食堂で仲良さそうに昼食を楽しんでいた。
ちなみにラビットはあだ名が好きなのかアリエストのことをアリちゃんと呼んでいる。
あだ名という若者文化は理解し難いが、まぁ俺からしても自然な仲良しグループらしく見えるし良しとするか。
と、言いたいところだが……
「にしても凄いなラソードの子孫は、新種のモンスターを見事に討伐とはね、やはり大英雄の血筋は伊達じゃないってか」
「それもそうだけど……隣の娘もじゃない? あの引きこもりの学年首席を見事に立ち直らせたってのは激ヤバいでしょ」
「ゼロだったか、どんな手を使ったんだ? 上級生でさえ断念したって話もあるのに」
「ラソードの孫と対等に接しているし派閥も考案したみたいだぞ、背は小さいがやってることは随分と大胆だな」
「また新勢力の台頭かな? いやぁ面白くなりそう!」
四方八方から聞こえるヒソヒソとした声。
その矛先はラビット……そして俺ことゼロ少女に向けてだった。
新種のモンスターを見事討伐という内容でラビットはより注目の的とされている。
いやそれは別にいい、彼女が良い意味で目立つのは俺からしても万々歳な話だ。
しかし何処で広まったのか知らんが……何故か俺まで巻き込まれている。
どうやら後で聞いた話によればアリエストの存在は予想以上に知られていたらしい。
引きこもりの学年首席、それを更生させたという噂で俺は変に注目されてしまった。
いや事実と言えば事実ではあるが……あまり良くない状況。
俺が目立っても意味がないし何より余計な蟠りを生んでしまう可能性だってある。
なるべく早く俺への視線を全てラビットに移したい所ではあるが……。
「アリちゃん、この魔法式ってどうやって解けばいいの?」
「えっとですねこれは第二魔法式を第四魔力等式に代入すれば」
そんな事を知ってか知らずか、ラビット達は呑気に会話に花を咲かせている。
「ゼロっち? どうかしたの? もしかして具合でも悪いとか」
「いや違うわよ。ただちょっとだけ面倒なことになったなって思って」
「何がですか? あっ……も、もしかして私のせいで!?」
「それも違う」
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
ラビットは育っているとはいえ、派閥の加入者は現時点でアリエストのみ。
生徒を勧誘しても断られてしまう。
というより、寧ろこちらの派閥に入ってくれと逆に勧誘される日々。
「ぶっ壊れねぇかな……平穏」
何かとんでもない事でも起きて欲しい。
テロでも起きれば俺達も大胆に動けてラビット派を成長させられるのに。
そう……願いを込めて小さく消え入るように心の中で呟いたその時だった。
――ドォンッ!!
突如として響き渡る轟音。
その衝撃は凄まじく、テーブルに置いてあるコップが宙を舞い床に落下する。
「ぶっ!?」
俺は口に含んでいた飲み物を盛大にぶち撒けてしまう。
隣りにいたラビットやアリエストも爆音に身体をビクッと大きく震わせた。
「な、何だ爆発!?」
「事故でも起きたの!?」
「キャァァァァァ!」
何だ本当にテロでも起きたのかッ!?
辺りからは阿鼻叫喚の声が挙がる。
だがおかしい……驚愕する生徒がいる反面、不気味なほどに冷静な生徒もいるのだ。
まるで今の事を予期していたような、それ程までに静観しており、人によっては興奮を示す感情を見せる者までいる。
「おいこれってまさか例の……」
「あぁ、遂に始まったみたいだそ今年も」
「噂で聞いていたとはいえ、流石にこの音はビックリするわね……」
「でも面白そうじゃない!? 初めて生でアレが見れるんだよ!」
生で見れる? 噂で聞いていた?
まるで催し物を見るような言い草。
事情を知っていると思われる生徒達には命の危機感のような表情はなかった。
「ちょゼロっち何んなのコレ!?」
「私に聞かれても……ッ!」
思考に渦巻いている混乱を整理しようとした時、ある影が俺の目に入る。
「ロキ?」
それはいつも俺に異様なほどに絡んでくる金髪の王子様、ロキの姿があった。
だが普段の朗らかな雰囲気ではなく、真剣な眼差しで廊下を歩いている。
口元は少しばかり口角が上がっており「待ってました」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「ゼロっちどうしたの?」
「……ちょっと行ってくる、その場でアリエストとジッとしていなさい」
「えっちょ何処へ!?」
ラビットに返事をする間も無く、俺はロキの後を追跡する。
足取りを追い辿り着いた場所、そこは学園長室であった。
「学園長室……何故だ?」
扉越しには何かを会話しているような声が確かに聞こえる。
少しばかり開いている扉の隙間を狙い俺は除きながら聞き耳を立てた。
中には学園長と対峙するようにロキを含む複数の生徒が椅子に座っている姿が見える。
ラハムと呼ばれる学園長は白髪を弄りながら彼に対して微笑しながら第一声を発した。
「ここに呼ばれた君達は一年ながらに既に派閥を形成している者だ。知ってはいると思うが執行闘争は理解しているね?」
「えぇ、もちろんラハム学園長」
「結構、相手は二年生メルブルク派のリーダー、サイレント・メルブルク。この機を勢力拡大のチャンスと思い全力を出すように」
「「「「「了解ッ」」」」」
執行闘争……?
無理だ、話の理解が追いつかない。
あの言い方を考察するに学園側もこの状況を容認しているような態度。
一体なんだと言うんだ? 執行闘争と呼ばれているものは。
そう、顎に手を当て考えていると
「おやおや、盗み聞きしてたのかい?」
「ッ!」
背後から聞こえてきた透き通るような低音からなる美声。
慌てて振り向くとそこには満面の笑みを浮かべているロキがいた。
どうやら考えている間に会議はとっくに終わっており俺の背後へと立っていたようだ。
「ロキ……貴方」
「全く盗み聞きとはいくらゼロ君でも関心すべきことではないかな。それとも僕の派閥に入る気にでもなったかい?」
「はっ? 何言ってんの、私はただ単に気になったから付いてきただけ。盗み聞きしていたのは悪かったわね」
「君のその強情な部分も魅力的だがもう少し可愛げというものを持っても」
「あらごめんなさい、可愛げある女の子になれる程、貴方に魅力は感じない」
ロキは一瞬だけ神妙な顔を浮かべるも直ぐ様に穏やかな表情へと切り替わる。
「まぁそれは別にいいさ、それじゃ僕は行くよ、色々忙しいことになりそうだからね」
「……一つだけ聞かせて。執行闘争ってのは一体何なの? 戦争でもするわけ?」
「どうだろうね、そういうことは君が最近仲間にしたあの天才少女に聞けばいいだろう? 僕に聞かなくてもいいことだよ」
珍しくロキは塩対応で俺の質問を蹴散らすとその場を去ろうとする。
だが突如、彼は足を止めるとこちらへと背中を向けながら言葉を紡ぎ始めた。
「ゼロ君、最近は随分と有名人じゃないか」
「えっ?」
「レイドを倒し、あの天才少女を見事に引きずり出しラソードの子孫と共に派閥を作り始めた存在、今一番良くも悪くも注目されているのは君達と言っても過言じゃない。無名の平民出身というのも相まってね」
「それは……どうも。別に私自身は有名人になりたい訳じゃないけど」
「でも少し出しゃばり過ぎかな」
「はっ?」
「いや……何でもない、とりあえず君は大人しくしていればいいさ。また首を突っ込んで目立とうとすれば痛い目みるよ?」
「ちょ私は目立ちたい訳じゃ!」
その言葉を最後にロキは俺の元から離れていった。
何なんだあいつ……出しゃばり過ぎだとかまるでもう目立つなというような言い方。
そういえば考えるとあいつからの反応も日に日に薄くなっている気がする。
最初はまるでお姫様のように扱われていたが今ではそんな様子はない。
寧ろ何処か軽蔑を感じるというか。
奴の気に障ることをした覚えはないが。
「ゼロっち!」
そうしていると入れ替わるようにラビット達が俺の元へと駆け寄ってきた。
「ラビット? アリエスト?」
「ごめんゼロっち、でもジッとしているのもなんか怖くて!」
「ちょうどいい所に来たわね、アリエスト執行闘争って教えなさい」
「へっ? あっ執行闘争ですか? えっと簡潔に言えば……派閥が引き起こすクーデターでしょうか」
「クーデターですって?」
「何なのそれアリちゃん!?」
アリエスト曰く、執行闘争というのは巨大派閥が学園に仕掛けるクーデターとのこと。
執行闘争は不定期ながら毎年発生しており学園側が認める程に影響力が強い派閥が対象とされている。
クーデターは一日の期間で行われ仕掛けた側は学園のエリアを自由に占拠。
破壊行為は学園側が弁償という形で認められているが人命を奪うことは禁止。
時間内にリーダーを無力化させることが出来なければクーデター側の勝利。
その場合、学園側は如何なる要請にも従わなくてはならないとのこと。
逆に学園側が勝利すればクーデター側は派閥を強制かつ永久的に解散させられ勝利者が提示した罰に従わなくてはならない。
噛み砕いて言えば……生徒達が紛争ごっこをやっているということか。
「所謂大きなギャンブルみたいなのです。負ければ全てを失い、勝てばこの学園でさらなる地位につける。それを目的に毎年巨大派閥が学園及び、全生徒に仕掛けてるんです」
「何それ……何故そんな野蛮なことを学園側は容認して」
「この学園は未来のエリートを育てる機関。これもその一環かと、但しこれはパンフレットにも載っていない非公表の話です。生徒の反応が別れたのはそれが理由だと思います。ちなみにこの話を外に漏らした人間は……消息が不明になっているとか」
「クーデター側の勝率は?」
「ここ数十年で起きた二十件の内、勝利したのは四件のみ、敗北による崩壊のリスキーを超える大義を持つ人だけが学園側に戦争を仕掛けるのです。この確率の低い戦争を」
なるほどね、だから生徒達の反応がバラバラだったって訳か。
しかし殺害禁止とはいえクーデターを容認してるとは……随分とユニークな学園だ。
こんなのを大々と世間に公表すれば批判に晒されるのは目に見えている。
「全生徒に告ぐ、この東エリアは我々メルブルク派が占拠を完了させた。この地を開放させたくば武器を取り反抗の意思を示せッ!」
そう状況を纏めていた中、窓越しに聞こえるハツラツとした女性の声色。
俺は咄嵯に窓から顔を出し、その光景を覗いた。
体育館や校舎裏の広場が位置する東エリアには数十人の生徒が魔法陣を構えている。
場所を繋ぐ二つの通路の一つは木っ端微塵に破壊されていた。
恐らく先程の耳を切り裂くような轟音はアレを爆発したことによるものだろう。
もう一方は防壁魔法陣により徹底的に封鎖され、体育館の上には一人の少女がメガホン片手に周囲を睨んでいた。
「我が名はステラ高等魔法学園二年のサイレント・メルブルク。此度は執行闘争によってこの場所を占拠した者なり! 私は学園に対して東エリアの私有地化を求めるッ!」
右目が隠れた朱色に輝くポニーテール。
鋭く威圧するには十分なほどの黄金の瞳。
可憐な制服を着こなしながら、彼女は堂々とした態度で要求を口にした。
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