第20話 闘争・ト・凶暴

「あれがサイレント・メルブルク……ね」


「はい、この学園では珍しい平民出身かつ有力派閥の一人で同学年の間では『黒緋の狂犬』と呼ばれる実力や影響力を兼ね備えた人物だそうです」


「平民出身……って何で貴方がそんなこと知ってるのよ? ニートだったんでしょ?」


「と、図書室には色んな人が談笑目的で来ることも多くて……その際にメルブルクという名前を偶然耳にしてしまって」


「なるほどね、談笑の話題になるほどに有名な奴ってことか」


 確かに第一印象だけでも彼女の佇まいからは只ならぬオーラを感じる。

 それにあの自身に溢れた瞳、自分の力に絶対的な信頼を持っているのだろう。


 多数の人間が寄ってきそうなのも想像に難しくはない。

 だが……威厳の中に何処か狡猾さのような物が見え隠れしているのは気のせいか?


「どうするゼロっち? まさかこのまま執行闘争が終わるまで大人しく本でも読むとか言わないよね?」


「死んでも言わないわよ。アリエスト、この戦いに参加条件はあるのかしら?」


「へっ? い、いやありませんけど……覚悟と強ささえあれば誰でも参加は」


「じゃあ行きましょう」


「ふぇぁっ!? ままま待ってください! 執行闘争はいつも巨大派閥同士が戦うことが定番なんです! 個人や少数のグループか勝ったなんて事例は一度もないんですよ!?」


「なら作ればいい、寧ろ史上初ならよりラビット派が目立てるいいチャンスじゃない」 


「い、いや、い、いやでも!? 相手はメルブルク派なんですよ! この学園でも特に強力な派閥で私達のような少人数じゃ戦う以前に門前払いされますよ!」


 アリエストは慌てて俺の袖を掴み引き止めたがこれは千載一遇の好機と見る。

 社会貢献も重要だがこのように純粋な力をアピールするのも必要不可欠。   


 つまり、この場面は後者の部分を前進させるのに好都合という訳だ。

 ラビットも俺と同意見であることを示すように視線を合わせると不敵に微笑んだ。


「一ついいことを教えて上げるアリエスト、戦いは量より質よ。ましてや数十人程度の差なら勝機はより存在する」


「質って……勝てる保証が?」


「当然、私達は強いから」


 強張った表情のアリエストに俺は振り向きながら歯を見せる笑顔を向けた。

 

「さっ行きましょう、お祭りの始まりよ」


「ッシャァ!」


「ちょ、待って、置いてかないで!?」


 血気盛んな空気が漂う中、勢いよく飛び出たラビットに続き、唯一東エリアとの架け橋となる二階に位置した通路へと駆け始める。

  

 と……そこまでは良かったのだが。


「無理です。ここはロキ派や他の巨大派閥が前線をしている場所、無名は立ち去れッ!」


「ロキ様に楯突いた蛮人がこの聖なる戦いに参加出来ると思わないことねッ!」


 東エリア通路入口前。

 複数の派閥……というより、大半はロキ派の生徒からではあるが。

 問答無用で俺達は足止めされると出会う否や取り巻き達からの罵詈雑言が飛び交った。


「別に私達が参加しちゃ駄目な決まりなんてこの学園にないでしょ? 通しなさいよ」


「ハッ! 通した所で貴方達のような少人数のグループがこのロキ派や他の巨大派閥よりも先にメルブルク派を倒せるとお思いで?」


「自惚れるのも大概にしなさい。少し結果を残してるからって調子に乗らないことね」


「これは慈悲よ。痛い目を見たくないならさっさと帰っておねんねしなさいチビが!」


 あぁ駄目だ、話が通じない。

 反論すると三倍の罵声が返ってくる。

 四面楚歌のような立場にアリエストは怯えラビットは怒りの顔を見せた。


「この……! ゼロっちをこれ以上悪く言うならッ!」


「待ちなさいラビット、手を出すな」

 

 今にも暴れだしそうなラビットを俺は肩に手を置いて静止させる。

 こんな連中を本気で相手にしても疲れるだけだし返って立場が危うくなる。


 分が悪い状況に一度引き返そうと踵を返した時、背後から嫌ほど聞いた声が耳に響く。 


「君も性懲りがないね」


 何事かと顔を向けるとそこには不敵に微笑んだロキが俺を見つめていた。

 右手には彼の剣と思わしき、青白い閃光が走る宝石のような剣を所持している。


「ロキ……」


「さっき言ったことを忘れてしまったのかな? ここは危険な場所、死にはしないが下手をすれば大怪我もあり得る。君のような存在が来るような場所じゃない」


「お気遣いありがとう、でも随分と私に過保護な考えね。それともこんな少人数の弱小派閥に負けるのが怖いのかしら?」


「なっ!? このアマ、ロキ様にッ!」


「止めろ、これは僕とゼロ君の問題だ」


 いきり立つ取り巻きを制止させ、彼は鋭い眼差しで俺の瞳を捉える。


「僕は忠告したはずだよ? それでも挑むというなら……好きにすればいい。だがこの場所は僕達の聖戦の地だ。メルブルク派を倒すなら別の方法を使って欲しい」


「そう、分かったわ。お好きにどうぞ」


 俺の言葉を最後に彼は背を見せ、そのまま仲間と共に去って行った。

 最後の最後まで周りから睨まれまくったが取り敢えずこれで堂々と俺達も戦える。


「だだだだから言ったでしょ!? 門前払いされるって! どうするんですか!」

 

「慌てんな、通路を使わずとも方法はいくらでも存在する。まずは様子を見ましょう」


 月のように目を丸くするアリエストに微笑み俺達は通路内の様子がよく見える校舎裏へと向かった。


 窓越しにではあるがここならロキ達の動きがよく見える。

 長期戦になるかと予想していたが事態は意外にも早く動き始めた。


「クソっ、騎士団長の息子がッ!」


 ドスの効いた声で後退るメルブルク派と思わしき屈強な男達。

 顔を歪める彼らの視線の先にはロキが先程の青白い剣の刃先を鮮やかに向けていた。


 既に何人も倒しているのか彼の足場には複数の男が剣から手を放し、蹲っている。


「怯むんじゃねぇ! メルブルク様に勝利を齎すのが我々の役目だッ!」


 一人のメルブルク派がそう身を奮い立たせる姿をロキは鼻で笑い、構えを取り始める。

 見たものを魅了する夢幻さと上品な妖しさを秘めた剣をロキは華麗に振り下ろした。


「サイライト・パーラクス」


 詠唱の直後、剣からは鉱石のような柱が無数に生え始め、生き物の如く、意思を持っているかのように動く。


 無数に広がる柱達は相手を蹂躙するように一方的な暴力で相手を殴り飛ばす。

 

「ぐぼぁッ!」


「がふっ!?」


「何だあの技はッ!?」


 次々と屈強な身体は至る所に叩きつけられ混乱と嗚咽の声が錯綜していく。

 圧倒的過ぎる実力差に最早戦いと呼べるものでもない。


「ハッ見たかメルブルク派、これがロキ様の誇らしき剣、グロリアスの実力よ」


「ひれ伏すがいいわッ!」


 高らかに笑い、まるで自分の成果のように意気揚々と語るロキ派の取り巻き達。

 他派閥の生徒達もロキの無双に畏怖のような表情を見せていた。

 

 確かに……あのグロリアスなる剣からの技は俺から見ても中々のモノだ。

 鉱石を操るユニークな剣は三百年前では聴いたことがない。


 ロキ自身とも適合率が高いのか、放たれた華麗な技には血が通っていた。

 有頂天に達してもおかしくない状況だがロキは冷静に手を叩き場を収める。


「よしてくれ、称賛やらの話は戦いを終えてからだよ。あの堂々とした宣戦布告を見るにメルブルク派はきっと真っ向から防戦を仕掛けてくる。さぁ一気に攻め込むよ」


 賛辞の声も心に響いてないのか、ロキは冷静な顔つきで場に緊張を促す。

 彼に先導されるようにロキ派や他派閥の生徒は攻める手を緩めず進んでいく。


「ファイア・スラッシュ!」


「アイシクル・グラウンド!」


 ロキに負けじと他生徒も果敢に技を放ち続けメルブルク派を数の暴力で圧倒。

 男女の体格差がそこまで反映されない剣の戦いにおいて、拮抗した実力下での数は決定的な戦力の差を生む。

 

 ものの数分でメルブルク派の生徒はバタリバタリと倒れていき、通路は完全にロキ派達の手によって奪還された。


 歓喜の声が上がり、ロキ自身も東エリアへと繋がる扉に手を掛けようとした。

 だが次の瞬間__。


「ッ!?」


 バリッという何かが弾ける音と共にロキの手は電流のようなものに弾き返される。

 同時に火花のような閃光が走るとロキは苦痛に顔色を変え、剣を落としてしまう。


「ロキ様!?」


「大丈夫ですか!」


 心配そうに駆け寄る取り巻き達を横目にロキは険しい顔を浮かべ電流が走る扉へと目線を向ける。


「……防御魔法陣か、そういう小細工もやはり仕掛けてくるものか」


 軽く火傷した手を抑えながらもロキは笑みを崩さず強気な姿勢を保つ。

 周りの者はロキが傷ついたことに怒り心頭と顔を酷く歪めていた。


 一矢報われたという結果だが依然としてロキ派達の連合派閥が優勢であることに変わりはない。


「かなり順調……って感じだけど。まだ静観してるつもりゼロっち? もし防御魔法陣を突破してあんな数が雪崩込んだら流石に私達も出る幕がないんじゃ」


「そうね、そろそろ私達もアクションを」


 かなり練られた魔法陣だが破壊されるのも恐らくは時間の問題。

 奴らよりも早くメルブルク派を討ち取るべく腰を上げた瞬間だった。


「ッ!」


 悪寒__。

 突然に全身へと痺れるように駆け巡る不穏な感覚思わず身震いをする。

 それが何かは分からないが間違いなく俺の本能から理性に危険信号が点灯された。


 何だ、何なんだ?

 何かを見落としてる?

 展開されてる防御魔法陣とはまた違う、微力な魔力が近くを漂っている。


 これは……爆炎の魔法?

 一体どういうことだ?

 杞憂かと自分を疑ったがアリエストも同じように怪訝な表情を浮かべていた。


「……アリエスト、貴方も感じてる?」


「はい、これは爆炎? 防御魔法陣とは明らかに違う魔力、一体何処から」


「ちょ二人共? 何を言っ」


 その惨劇はラビットの言葉を遮って突如として起こった。

 前触れなく東エリアへと続く通路が赤白く発光すると熱を帯びる風が全身を伝う。


 俺はそれがだと直ぐに察知した。


「ッ! 伏せろッ!」


 二人の頭を抱え、その場に屈んだ直後、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響き渡った。

 業火が空中へと舞い踊り、校舎全体を揺らしながらガラス窓は盛大に砕け散っていく。

 

 数秒後、鳴り止む爆風の余韻の中、俺達はゆっくりと立ち上がる。


「何だとッ……!?」


 激しく崩壊し、血の混じった火薬の匂いが蔓延する東エリア通路。

 衝撃が急速に広がる中、俺の視線に焼き付いたのは蹲り倒れるロキ達の姿だった。

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