第21話 黄金・ト・転寝

 メルブルク派。

 学園内有数の武闘派集団と呼ばれ荒くれ者と恐れられた存在。

 その頂点に君臨する女帝、サイレント・メルブルクは上機嫌だった。


 ロキ達を沈めた爆発と同時刻__。

 体育館の舞台上にて居座るメルブルクは轟音を耳にして小さくほくそ笑んだ。

 

「釣れたか……大量にね」


 不敵な表情を見せる彼女に一人の男がゆっくりと現れ忠誠を示すように膝を着く。

 その形姿は水色の瞳を輝かせ、群青色の短髪を靡かせる中性的な美少年。


 メルブルク派の一人であり優雅なその姿は男女の垣根を超え見た者を魅了する。


「現状報告を、サレハ・クリスティア」


「ロキ派及び他派閥への被害は甚大、制限時間の中で立て直すのは不可能に近いです」


「死人は出してないわよね?」


「はい、指示通り低火力の爆炎魔法を使用しています。中度の火傷で済んでいるかと。陽動部隊も軽傷でしょう」

 

 サレハ・クリスティアと呼ばれる存在は手筈通りの結果に思わず口角が上がった。

 彼と同様にメルブルクもまた思い通りの流れに笑みを隠しきれない。


「陽動部隊で奴らを誘き寄せ、一網打尽にする……お見事な手腕に感服致します」


「褒められることじゃない、戦場なら典型的な戦法の一つよ。しかしここはどうも平和に染まりすぎている。だからこんな事にも何の違和感も抱かなかった」


「所詮は親の七光りと?」


「もちろん技量は認めるわ。でも彼を含む一年の子供達は狡猾さが足りない。勝利への飢えが足りないわ、圧倒的にね」


 端から彼女は真っ向からの対決など考えてもいなかった。

 陽動部隊による誘導でロキ達をおびき出し予め仕掛けたトラップに嵌めて一網打尽。


 全ては勝利の為、メルブルク派の繁栄の為ならばどんな戦法だとしても行使する。

 そんな彼女の胸中を察することが出来ず宣戦布告したあの堂々した姿に騙され彼らはまんまと罠にかかった。


 泥臭さを知らない青二才達の蛮行にメルブルクは嘲笑いつつも何処か哀れな表情を浮かべていた。


「まっ、これで今回参加した有力派閥の一年は呆気なく全滅、このまま春の風に揺られて転寝でもしたい気分ね」


「メルブルク様、失礼ながら延べさせてもらいますが……まだ気を緩めるのは早いかと」


「何?」


 サレハから突然の不穏混じりの言葉にメルブルクは威圧的な瞳で見下ろす。


「情報によれば……ラビット派が動いているとの噂が。それもあの通路の爆破には巻き込まれておらず活動続行可能な状態だと」


「ラビット派? あぁ、あの大英雄の孫が作り出した新興派閥か」


「いかがなさいますか?」


「他にもトラップがあるとはいえ、念のための警戒は全員に通達しておきなさい。いつでもやり合えるようにね」


「畏まりました」


 サレハがその場から消え去り、一人残された彼女は不敵な笑みのまま、息を吐き窓越しから青空を見つめた。


「ラビット派……か」



* * *



「クソっ、爆破トラップかッ!」


 煙たく息をするのも拒みたくなる中、俺は散乱する瓦礫を飛び越えロキ達の元へと駆け寄る。


「嘘でしょ……!?」


「そ、そんな……皆死にました!?」


「死んでない、皆生きてるわよ」


 慌てふためくラビットとアリエストに俺は諭すように冷静に答える。

 だが、あそこまでの爆発なら死んだと思っても何も変な事じゃない。


「全員中度の火傷と衝撃による気絶ね。命に深刻な別状はない」


 外傷は見当たるが致命的なダメージとまではいかず脈拍も正常。

 適切に処置をすれば特に問題はない。


「敢えて低火力に設定された爆破魔法のトラップよ。死なない程度に、でも一日で再起するのは難しい絶妙な威力でね」


 精巧に考えられている。

 防御魔法陣の魔力をカモフラージュに設置されていたトラップ。

 無関係の生徒に被害が及ばない程度、だが確実に打撃を与える程の爆破威力。


 非常に戦い慣れている奴の所業だ。

 激動の時代だった三百年前でもこの罠に引っ掛かる者は少なくないだろう。

 

「子供の遊びと見くびっていたな……アリエスト、貴方の剣に回復能力はある?」


「へっ? あぁまぁ……盾以外にも重傷でなければ完治させられることが出来るのは一応装備されていますが」


「優秀、ならロキ達を頼んだわ」


「えっちょ何処に!?」


「決まってるでしょ? 紛争ごっこが大好きな女王様を仕留めてくるのよ」


 そう告げ、その場から離れようとした時。


「グッ……!」


 先程から蹲っていたロキが血反吐をぶち撒けながら苦悶の声を上げた。

 どうやら意識が戻ったらしく、目の前の惨劇に彼は絶句の表情を浮かべる。


「なっ……これは……!」


「お目覚めかしらロキ、でも今は安静にするのが得策。傷口が開くわ」


「ゼロ君……!? 一体何が……僕達は一体何があってッ!」


「詳しい話は他の人にでも聞きなさい。でも今絶対に言えること、それは貴方が術中にはまってしまったということよ」


「ッ!」


「さっ行きましょうラビット、日が暮れる前に片付けるわよ」


「ま、待てゼロ君……!」


 俺の裾を掴もうとしたロキの手を振り払い、背後に振り返ることなく前に進む。

 後ろで何か叫んでいるようだが今の彼に構っている暇はない。


 俺はラビットを引き連れ打開策を練るように顎に手を当て東エリアを彷徨いた。


「……そもそもの前提がおかしかった」


「前提?」


「東エリアに繋がる出入り口は二階に設置された二本の通路しか存在しない。つまりその二本が失くなれば侵入の難易度は格段に上昇する」


「ん? なら何でメルブルク派は通路を一本だけしか最初に爆破しなかったの?」


「そう、その時点で気付くべきだった。正攻法で考えるなら予め通路は破壊してルートを消すべき。だが奴らはそうしなかった」


「まさか……通路の場所でロキ派達を一網打尽にするためにワザと」


「そのように考えるのが妥当ね。最初の威勢のいい宣戦布告も相手に正々堂々と戦うという姿を見せた所謂印象操作ってやつ。だから誰もこんなトリッキーなことをしてくるとは思わなかった」


「そんな……戦いは最初の宣言から始まっていたってことなの?」


「迂闊だった、三百年前にもこのようなやり方は存在した。なのに気づけなかった、私も随分と緩んでしまったわね」


 自分に苛立っている。

 結果的にロキ達などの競争相手が脱落したのは幸と受け取るべきだろう。


 だが、そもそもトラップに気付くのが遅れたことがプライドを傷つけた。

 聖剣である立場としてこんな事にも油断していた自分が許せない。

 

 平然を保とうとしても握った拳は震えており冷静さを失っている。


「ゼロっちどうかした?」


「いや何でもない。少し自分に腹が立っただけよ」


「でもどうするの? 通路は完全に消滅、こうなったらアビス・クライでッ!」


「止めなさい、こんな戦法を取るメルブルク派のことよ、この他にも様々なトラップを仕掛けてあるかもしれない」


「ならどうすれば……このままじゃ時間切れでメルブルク派が勝つことに」


 ラビットの言う通り。

 ここでいつまでもウジウジと話をしていても時間だけが過ぎていくだけ。

 タイムオーバーで敗北など末代までの恥などというレベルではない屈辱だ。


 さて、どうするか。

 闇雲に攻め込むのは愚策、力技で倒すのも相手を殺害してしまう可能性もある。

 罠に嵌まってゼロ少女の身体を傷つけてしまうなどあってはならないこと。


「……待て」


 一つだけ、一つだけある。


 一か八かの大き過ぎる賭けだが。

 少しでも間違えれば相手を虐殺することになるかもしれない。

 いや、それを恐れていては前に進めない。


「ラビット、行くわよ」


「行く?」


「屋上、打開策があるッ!」


「えっちょゼロっち!?」

 

 俺はラビットの手を掴み東エリアがよく見える校舎の階段を駆け上がる。

 ここなら何をしたって誰かに見られることはないだろう。


「武具生成、アイアン・チェイン」


 迷わずに詠唱を唄うと魔法陣から大量の鎖を纏った歪んだ剣を生み出す。

 剣先には黒鉄で作られた巨大なアンカーが禍々しく備えられている。


「それは……?」


「アイアン・チェイン、剣型の高速移動装置よ。アンカーを引っ掛けることでこの距離からでも東エリアに突入できる」


 アイアン・チェイン。

 一度切りのみ使用できる移動専用の剣。 

 攻撃能力はなく中級クラスだが射程圏内ならば何処にでも到達できる優れもの。


 昔は余り価値を見い出せなかったがまさか今になって重宝する事になるとはな。

 

「ちょっと待って、仮にそれで東エリアに突っ込めてもあそこには防御魔法陣が敷かれていて! それに他にもトラップがあるかもしれないってゼロっち言ってたじゃん!」


「そうね、これだけじゃ確実に失敗する。だからもう一つ噛み合わせるのよ」


 微笑を向けながら俺はもう一つの魔法陣を顕現させ辺りは心地よい熱に包まれる。

 同時に黄金に染まった風が俺の身体を安らげるように吹き荒れた。


「武具生成、ゴールデンスランバー」

 

 黄金の粒子を散らしながら現れたのは眩しい程に輝く長刀。

 鍔には竜を模した彫刻が施され、柄は金色の装飾が施された神々しい武器。


 ラビットは本能的に察したのか瞳孔を開き激しく身震いをする。


「それ……ギガノ級?」


「御名答、貴方のアビス・クライと同じ誇り高きギガノ級の一つよ」


 ゴールデンスランバー。

 黄金の転寝という名が添えられているギガノ級の一角。

 神々しいフォルムを兼ね備えているがその能力は最も優しく、そして残酷である。

 

「こいつは何かもを眠らせるのよ。人間だろうと魔族だろうと……魔法だろうとね」


 全てを眠らせる。

 それがこいつに備わった能力。

 触れた対象の概念を時間内の期間だけ眠らせることでゼロにし無力化させるのがこの剣の誇るべき要素。


 余りに魔力が強く四秒も経てば周りごと廃化させてしまうのが唯一の難点だが。


「こいつの能力を三秒だけ発動させる、その間に突っ込むわよ。やられた借りを返してあげましょう」

 

 俺は二つの剣を両手に持つとゴールデンスランバーを東エリアに向け狙いを定める。

 チャンスは三秒間だけ、それを逃がせばこちらに勝機は存在しない。


「グランド・スリープッ!」

 

 三秒間だけの制約を掛けた詠唱を紡ぎ俺は迷わずに東エリアへとゴールデンスランバーを投擲する。


 追従するように剣を持ち替えアイアン・チェインからアンカーを射出した。

 生物的に楕円を描きながら加速するのを見つめながら俺はラビットの腕を強く掴む。


 先行していたゴールデンスランバーは東エリアの防御魔法陣と触れた途端、眩い光を放ち魔法陣を三秒間だけ眠らせ消滅させる。


 その隙を狙ってアンカーは建物の窪みへと見事に引っ掛かり固定された。


「その手を離すなよラビット!」


 身を委ねるように俺達は即座に屋上から飛び降りアイアン・チェインに導かれ、なすがままに目標地点へと突っ込んでいく。


「貫けェェェェッ!」


 僅か三秒。

 この時間だけが俺達の未来への活路。


「あっ?」


「どうした、天使でも見えたのか?」


「いや何かが近付いて……グボァッ!?」


 絶叫を木霊させながら窓ガラスを突き破り付近にいた屈強な生徒を蹴り飛ばす。

 猛烈な速度に着地が間に合わず俺達は盛大に転げながら壁へと背中を叩きつけた。


 周りのメルブルク派と思わしき生徒は唖然としながらこちらを凝視している。


「いってぇ……! ゼロっち、これ成功?」


「えぇ……大成功よ」


 ラビットの言葉に俺は背中を抑えながらゆっくりと立ち上がる。


「ごきげんよう騎士の方々、猟奇的な女王様を狩りに王子様がやってきたわよ」


 太陽が沈み始め黄昏色に染まる空の下、俺は不敵な笑みを浮かべながら宣言した。

 

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