第13話 学園・ト・日常
小鳥のさえずり。
差し込む晴天の朝日。
春を告げる心地の良い風。
「……ん」
起きるには最高のシチュエーション下で俺はゆっくりと目を覚ます。
ラビットの邂逅からはや数日。
無事に入学を決めた俺は学園内に設置された住処の学生寮にいる。
学園を跨ぐように左右には男女別の年別ごとの寮が設置され学生はここで生活を行う。
かつては平民と貴族で分けられていたが身分の制度は数十年前に廃止されたとのこと。
三百年前は貴族と平民なんて圧倒的な格差があったのに良い時代になったものだ。
「今日から、か」
数日の休日を得て、今日は入学式。
新たなタマゴ達が盛大に祝福される所謂催し物のようなイベントだ。
別に出る必要性は感じないが……まっ、出た方が学生としては自然だろう。
寝ぼけた思考に喝を入れ、身支度を始めたその時だった。
ダァンッ!
「うぇぃ!?」
眠気を覚ます豪快に扉が開かれる音。
何事かと咄嗟に振り向いた先にいるのはエプロン身に着けプライパンを持つ少女。
黒髪を靡かせ、昇る朝日に負けないような笑顔を見せる存在ラビットが立っていた。
レイドを半殺しにしたことで見事に敗者復活戦から繰り上げで合格になっている。
「おはようゼロっち! 今から朝食作るからキッチン借りるね! あっゼロっちはそこで待ってていいよ」
「はっ? えっちょおまっ!?」
俺の返答を待たずしてラビットは寮の各部屋に設置されたキッチンへと迷わず向かう。
いやいや待て待て待て! 俺はまだ許可を出してねぇぞ!?
「ちょ待てストップ、ステイ!」
こいつが俺の部屋に勝手に入ってくるのは今回が最初ではない。
というより……あの試験から毎日のようにラビットは俺の部屋へと入ってくるのだ。
一人一人に専用部屋が設置されてるのにこいつのせいでその恩恵を全く得られてない。
懐かれたのか知らないが……毎回毎回この女が色んな口実でここに来るのだ。
「何でこうも勝手に私の部屋に入るのよ!? 女子同士だから扉の鍵はないとはいえ!」
止めに入った俺に対してラビットはキョトンとした顔を浮かべる。
「だってゼロっち着た服はそのままだし掃除してないしご飯だって食べてなかったでしょ? ほらほら、私がやってあげるから座ってて!」
「過保護な母親か!? 別にそこまでやらなくても私は!」
「駄目だよ、女の子なんだから身嗜みは整えないと! それにほら、私が殺す前にゼロっちが死んだら駄目でしょ!」
理には……適ってる。
確かにラビットに殺される前に俺が健康不良で死んだりでもしたら笑えない話だ。
というより、そんなんでゼロ少女を死なせでもしたら聖剣失格どころの愚行じゃない。
それに彼女が世話焼きなのも俺としては一応助かっている。
ラビットの言う通り、脱いだ服はそのままで飯も作るのがダルく抜いてる時もあった。
「チッ……分かったわよ、好きに使え」
「オッケィ! 健康的なの作るからね!」
嬉しそうにキッチンで料理する彼女を見て俺はため息と共に近くの椅子に腰掛ける。
事情を知らなければガサツな少女と世話焼きな少女の日常的な朝の光景。
最終的には復讐の為に殺し合う関係とはまるで見えない。
「ったく、何やってんだよ俺は」
俺達の真の関係を悟られない為、今はどこにでもいる普通の生徒として過ごす。
全て俺が提案したことだし、ラソードへの報復の為に必要な事だとは分かっている。
だが……余りに平和すぎる状況に少しばかり馬鹿馬鹿しく思えてきた。
いや迷うな俺、これもラビットを英雄に育て上げる為の糧だ。
「はい、出来たよゼロっち」
「ん、ありがと」
出された朝食を黙々と口に運ぶ。
卵とベーコンのミックス、味は悪くない。
まぁ……少し焦り過ぎか。
何もあと一週間で彼女を英雄に育てろとかそこまで鬼畜な事ではない。
先走りせずゆっくりながらも確実に彼女を成長させよう。
同時にゼロ少女から俺自身を分離する方法を探す時間も必要だからな。
そんな事を考えつつ朝食を腹に入れると俺達は入学式会場へと足を進める。
学園内は義務として全員制服を着用。
制服は黒を基調としたブレザータイプのカジュアルなデザインで中々に洒落ている。
「見ろよあいつ、確かあのレイドを半殺しにして脱落させたっていう……」
「えぇしかもあの大英雄ラソードの血を継ぐ子孫よ? 敗者復活戦でも得体の知れない技で倒したとか聞くわ」
「勇者の血は伊達じゃないのか……しかし隣の小さい娘は何だ?」
「さぁ? でもなんか小動物みたいでちっこくて可愛くない!?」
賑やかな中、左右から聞こえる男女のヒソヒソとした話し声と視線。
地獄耳でなくても分かるくらい至る所から俺達に対する話題が湧き出ている。
「話題の中心人物……ってか」
「そうみたいだね、でもいいじゃん! 別に悪い意味でじゃないんだし」
「まぁ、そうだけど」
余り目立ちたくはないと思っていたが良い意味であるなら多少ならいいか。
だが、声を聞くにラビットはまだラソードの子孫としての扱い。
あの一戦だけでは流石に変わらないか。
「でも変に話題を大きくしないでよ。万が一私が聖剣だってことを喋ったら殺すから」
「そんなに私が口軽い女に思える?」
「見える」
「えっ嘘っ!?」
そんな事を話しながら歩いているうちにどうやら入学式の会場に着いたようだ。
学園内の中央に建てられた大きな建物。
中には無数のパイプオルガンが置かれ、天井には豪華なシャンデリア。
無駄に金の掛かった内装の中、続々と俺達のような新入生は着席を始める。
しかし……別にこの入学式自体はどうでもいいし退屈でしかない。
学園長からの挨拶もあったがほぼ聞き流したせいでもう忘れてる。
というか男性特有の低音な声のせいで眠気を余計に誘っていた。
「ゼロっち大丈夫? ちゃんと聞かないと」
「聞かなくていい、明日には内容を忘れる下らない話なんだから。周りも寝てるし」
周りを見渡せば欠伸をしている者が大半。
薄っすい話を真面目に聞いてるのは一部の媚びたがりな生徒だけだろう。
虚無な空気の中、入学式は終わりを告げ俺達はクラスへと配属された。
少年少女らしく年相応に会話に花を咲かせておりやがては授業が始まる。
「……退屈だ」
しかし、まぁつまらない。
時間の無駄でしかない。
「ラビット、受けるふりだけしてなさい。こんなの真面目に聞いても時間の無駄よ」
「えっ何で?」
幸いにも隣の席となったラビットに俺は誰にも聞こえぬ程度に声を掛ける。
必死に魔法基礎の教科書を開きノートを取っていた彼女は疑問の目を向けた。
「チープ過ぎる、こんな初歩な話を五十分も聞かされるなんて拷問同然よ。私が教える方が何倍も有益になる」
「……随分と自信家だね」
「私を誰だと思ってるの? 真面目に受けてるふりをしてればいいわ」
「不真面目なのはいい事なの?」
「有能な不真面目なら素晴らしい事よ。無能な真面目よりよっぽど役に立つ」
一年生だから仕方ないのかもしれんが歩く行為を教えられてるような気分だ。
こんなクソみてぇなロースピードで学んでれば彼女がラソードを超えるのは不可能。
まだ若いうちに、肉体が衰える前に勇者としての素質を叩き込まなければならない。
ラビットは実技は荒削りが覚え勉学に優れ何より潜在的なセンスが凄まじい。
その才能を開花させるには俺が直接教えるのが最も効率的なはずだ。
「もうこんな時間か、はい今日の授業はここまでとします。次回は魔力構成基礎について説明をするから予習しておくように」
チャイムが鳴ると同時に男教師は退室し場は緩やかな空気へと戻る。
時計の針は頂点を刺しており生徒達は腹ごしらえへと食堂へ移動を始めていた。
「ゼロっちゼロっち、私達も行こっ!」
「……そうね」
と、その前にまずは腹ごしらえだろう。
ゼロ少女のロングソードを担ぎ食堂へと腰を上げようとしたその時だった。
「やぁゼロ君」
「んっ?」
何度も聞いた爽やかな低い声色。
取り巻き達の黄色い声援。
ゆっくりと振り向けばそこには金髪碧眼の美少年、ロキが俺達を見下ろしていた。
いつものように女生徒を引き連れ太陽のような笑顔を見せる。
背後をチラ見すると彼に対する嫉妬のような眼差しを向けた男生徒がチラホラといた。
「ロキ……?」
「また会ったね調子はどうだい?」
「別に、良くも悪くもないけど」
思い込みかもしれないが……こいつはよく俺に話しかけてくる事が多い気がする。
試験の時からだ、合格が発表された際もわざわざ俺の元へと駆け寄り出逢う度に俺へと爽快な挨拶を発する。
今回もだ、彼は他クラスだというのにわざわざここに来て俺に話し掛けた。
いやこのロキという美少年は常に男女隔たりなく様々な生徒とコミュニケーションを取っている。
俺もその一人に過ぎないのかもしれないが……それにしては頻度が異常だと思う。
「それは良かったよ、ところで君は昼食はまだかい? 良ければ一緒に食べないかい? 僕としても一人で食べるよりも楽しい食事の方が好きだからね」
「結構、用事があるし女子と食べたいなら後ろにいる美女達とお好きにどうぞ」
本能的にだがこの男に心を開くのは悪手だと俺の魂が訴えている。
そう思い即座に断りの言葉をいれると取り巻き達はギャーギャーと騒ぎ立てた。
「ちょっと貴方! ロキ様に向かってなんという無礼な言動を!」
「そうよそうよ! ロキ様がせっかく誘ってくれてるんだからお言葉に甘えなさいよ!」
「なんという野蛮なことを!」
あぁ……面倒なことになってしまった。
取り巻き達は必要以上に声を荒らげ場の注目は全て俺とレイドに向けられる。
今すぐにでもその場を離れたい中、ロキは手を挙げ取り巻き達を制止させた。
「そうか、無理強いするつもりはない。ごめんね迷惑をかけてしまって」
「別にいいわ、何とも思ってないし」
「……ところで君に一つ質問がしたい」
「質問?」
その瞬間、笑顔は変わらずともロキからは得体の知れない不敵さを感じる。
顔に滲む表情の一変ぶりに警戒する中、ロキはある質問を投げ掛けた。
「ゼロ君、僕の派閥に入らないかい?」
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