第12話 青春・ト・復讐

 刹那、視界が黒く染まるほどの黒煙を吐き出すと共に爆音が轟く。

 彼女の感情に呼応しており相手を威圧するには十分だった。


「な、何なんだそれは!?」


 勝利を確信していたレイドは一転、前兆のなかったラビットの反撃に驚きを隠せない。 

 しかし奴からすれば当然の反応だろう。


 なんせレイドから見れば防戦一方だった彼女がいきなり反撃を行い、一瞬で別人のような強者の雰囲気を纏ったのだから。


「チッ……この死にぞこないがッ!」


 尚も彼は果敢に攻めるとファイア・ストライクによる灼熱の紅い連撃を放ち続ける。

 しかしまるで通用せず、ラビットはアビス・クライで次々と斬撃を軽々相殺した。


 一振りする毎に黒炎が舞い、レイドの灼熱を支配するように包み込んでいく。


 アビス・クライは炎属性において最強格に値するギガノ級の魔剣。

 また支配的な一面が強く相手の技を黒炎で纏い相殺するのはこの剣の特徴。


 能力の技名も他の剣と違って独特の詠唱を必要としている。


「黒炎斬・烈ッ!」


 再び剣に黒炎を纏わせると今度は横一閃に勢いよく薙ぎ払う。

 黒い刃状の衝撃波が放たれレイドが放ち続けていた斬撃を一気に消し去った。

    

「馬鹿なッ! 何なんだよお前いきなり!? 英雄ラソードの力って言うのか!?」


「私とラソードは関係ない。私の人生を狂わせたあんなクソ人間と一緒にするな」


「この……この女ァァァァァァァァァッ!」 


 完全に理性を失ったようなレイドの叫び。

 怒りに身を任せながらファイア・ストライクからは龍のような炎が上空を飛翔する。


「インフェルノ・イータァァ!」

 

 巨大な龍は空中を轟々に舞い踊り彼女を喰らおうと一気に降下し襲いかかる。

 だが、今の彼女にとってその攻撃はもはや脅威にはならない。  


「黒蓮破ッ!」


 アビス・クライを地面に刺した途端、辺にはまるで華のように咲き誇る漆黒の花弁。

 黒き花弁は襲い来る龍を飲み込むように包み込んでいく。


 透かさず剣を引き抜くと一気に加速し身体を拗らせるとレイドへと攻撃を放つ。

 類まれな身体能力から放たれた黒炎の一撃はレイドを軽々と吹き飛ばした。


 咄嗟に防いだもののアビス・クライの威力に耐えきれず為す術もなく壁へと激突する。

 ……自分から全て仕掛けておいてこう言ってしまうのもアレだが。


 これはだった。  


「あそこまで……とは」  


 まさかここまでラビットがアビス・クライと適合するとは思ってもいなかった。

 魔力や技の知識を授けたが、それでもそこそこの戦いが出来る程度。


 と考えていたが、俺の想定を遥かに超える力を彼女は発揮している。

 ラソードでさえあそこまで自由自在に扱えず最後まで苦労していた。


 それなのに彼女は数多の剣豪を焼き殺した魔剣を我が物にしている。

 アビス・クライが彼女を認めた、恐ろしいがそう考えるのが妥当だろう。


 まさかギガノ級でも一番の横暴な性格だったアビス・クライが……初めて使用者を決めたとはな。


「ハハッ、面白いじゃねぇか」

 

 思わず笑みが零れる。

 ラビット自身の潜在的な才能に俺は久々に心から胸を高鳴らせていた。

 

「き、貴様……腐ってもラソードの子孫だって言うのかよッ!」


「私はラソードじゃない。ラビット、さっきからそう言っているでしょうがッ!」   


「知るかよこの化け物が! 子孫だからって調子に乗るんじゃねぇぇッ! ファイア・ストームッ!」


 レイドは剣に宿した炎を天高く掲げると凄まじい熱量を孕んだ紅い炎が吹き荒れる。

 黒炎を纏わせているラビットは冷徹な目でレイドへの炎へと距離を詰めていく。


「死にやがれェェェェェェッ!」


 振り降ろされた刃は竜巻のように業火を放出し焼き殺そうと彼女に迫り来る。


「黒蓮双斬ッ!!」


 迷わずラビットは二振りの黒炎を纏った刃による連撃でレイドの放った炎を一蹴する。

 

 トドメを刺すべく彼女の瞳には閃光が煌めき爆発のような突風が吹き荒れた。

 身体が持っていかれそうな勢いに会場中のガラスは豪快に砕け散る。


「ぐぶっ……!」


 まだ強力な技には耐えきれないのかラビットは鼻血をまた盛大にぶち撒く。

 だが膝は崩さず目の前の障壁を打ち砕こうと闘志の眼光を見せた。

 

「黒龍……斬華ッ!」

 

 アビス・クライの技の一つ。


 剣から放たれた黒炎の大波は具現化していき無数の黒龍となって灼炎へと噛み付く。

 為す術もなくレイドの炎は黒い数多の龍に飲み込まれ跡形もなく消え去る。


 勢いは止まらず龍達は切り裂くような咆哮を轟かせながらレイドへと食らいついた。


「ぐっ!? ア"ァァァァァァッ!」

 

 響き渡る断末魔のような悲鳴。


 咄嗟にレイドは剣で受け止めるも直ぐに折れてしまい黒龍の餌食となる。

 神龍の咆哮のような爆音と共に辺りには盛大に砂埃が舞い上がった。


 やがて視界が晴れると大怪我をして白目を向いた哀れなレイドの姿が観衆に映った。

 手元には無惨にも木っ端微塵に砕けたファイア・ストライクが散らばっている。

 

「レイド・ウェロス戦闘不能……勝者……ラビット・ラソード!」


 審判の宣言に場は静寂という名の圧倒に包まれている。

 だが数秒もすれば手のひらを返すように場内からは割れんばかりの歓声が湧いた。


「す、すげぇッ!」


「何だよあの技!? レイドを一方的にぶちのめしたぞ!」


「あれがラソードの子孫の力ってやつか!」


「でもあの剣何なの? スゴイ能力を沢山使ってたけどもしかして禁忌剣?」


「まっさか! あんな月並みな見た目の剣が禁忌剣なはずがないでしょ」


 幸いというか必然だが周りにはラビットの剣がアビス・クライと確信した者はいない。

 高度な魔力で偽装されているのに加えて元の情報が少ないのだろう。


 関わった者や使用者候補をほぼ焼き殺していったからな、生き証人が全くいないはず。 

 故にラビットがアビス・クライの技を使っても指摘する存在は誰もいなかった。


「やっ……た」


 服が鼻血で滲む中、ラビットは笑みと共にその場でぶっ倒れる。

 見てられないような哀れでだらしない姿だが何処か清々しさがあった。

 

 互いに流血して気絶しているというどちらが勝者なのか分からないカオスな状況。

 双方が救護班によって運ばれ、この戦いは終幕を迎えた。


 未だに熱狂が渦巻く中、踵を返すと俺はラビットの元へと向かう。

 彼女が運ばれた場所は俺達が出会った医務室であり治療は既に終わっているとのこと。


 扉を開ければそこにはベットを腰掛け明後日の方向を見つめるラビットがいた。

 顔にはガーゼが貼られており服は鼻血によって赤黒く染まっている。

 

 医務スタッフ達には「二人だけにして欲しい」と言いこの場には俺達しかいない。

 

「調子はどう?」


「ッ……!」


 俺の声に即座に反応するとまるで猫のようにラビットは顔をぐるっと動かす。

 

「ゼ、ゼロさ……あっいっつ!?」


 痛そうにラビットは脇腹を抑える。

 凝視すると彼女の腹部や左腕など至る所が包帯でぐるぐると巻かれていた。

 この状態でよくアビス・クライをあそこまで使いこなせたもんだ。


「安静にしてなさい、動くと傷口が開く」


 ゼロ少女としての口調と共に付近にある丸椅子へと腰掛けると俺はため息をつく。


「全く……ここまでとはね、どう? アビス・クライを自由に使ってみた感想は」


「……不思議な感覚でした。剣を振っているというより手足を動かしているような、まるで身体の一部のように操れたんです」


 驚きと喜びが半分、そんな表情を浮かべながらラビットは自身の心境を明かす。

 手足のように……か、よっぽど適合率が高くないとそのような状態にはならない。


「アビス・クライが貴方とえげつないほどに順応したという訳よ。この剣に限ってはラソードを超えるセンスだったわ」


「そ、そうなんですか!? なら私は曽祖父を超えたことにッ!」


「はっ? 自惚れんなバカ、まだまだラソードには程遠いわよ。剣術も魔法も技術も自らのブランドも奴の足元にも及ばない」


「なっ!? そ、そんな……」


 まだまだ荒削り。

 剣術の基礎もなっておらず、ペース配分も全く考えられていない。

 周りの反応も「ラソードの子孫」という枠から一切脱出できていない。


「でも、奴を超える素質はある。この聖剣アロバロスが責任を持って断言するわ」


 だが彼女の中には磨けば眩い光を放つ原石が確実に存在する。

 これほどの潜在能力を所持しているのなら俺を殺せるほどの力は得られるはずだ。


「さて何はともあれあれほどの成果を見せたなら合格は間違いない。だからこそ改めてこの場で聞かせてもらう」


「何をですか?」


「ラソードを殺すために私に育てられ私を殺し貴方が新たな英雄となる覚悟はあるか、この落ち着いた環境でもう一度聞きたい」


 先程はその場のイカれた勢いに任せて発してしまった失言かもしれない。

 だからこそ、この落ち着いた環境下で改めて俺は彼女の覚悟を見定める。

 

 少しばかり迷うかと思ったが意外にもラビットは即答で俺の質問に答えた。


「私の人生を忘れたんですか? ラビットとして生きたいからここに来たんです。その思いはどんな場所でも変わらない」


 ゆっくりと立ち上がると彼女はこちらへ歩み寄り手を差し伸べる。


「変わりたくても変われない……ずっとソレに藻掻き苦しんでいた、でも貴方が私の手を引っ張ってくれた。だから私は貴方を殺して英雄になります。だからこの私を好きに育ててください、ゼロ」


 発言とはまるで違う屈託のない笑顔。

 その矛盾は不気味さがありつつも清涼感のあるものだった。 

 

「私の曽祖父を殺すために」


「握手はしないわ、私は貴方と仲良くするために手を貸したんじゃない。あくまで真の目的はシレスタ・ラソードへの報復よ」


「そう……ですか」


 若干悲しそうな声質でラビットは差し出した手をゆっくりと下ろす。

 少しでもラソードの血がある奴と仲睦まじくなるなんて死んでも御免だ。

  

「まぁでも復讐を達成するためには表面上は友達としていた方がやりやすい。だからその……タメ口で話すくらいならいいわよ」


 流石にこの関係性を表面化すれば辺りから奇人と思われゼロ少女の名誉にも関わる。


 親しい間柄は敬語を外した所謂タメ口という口調で話すと本に記載されていた。

 不本意、しかし平素だけは仲の良い友人を演じるのは今後において得策だろう。


「ッ! ほ、ほんとうに!?」


 俺の言葉にラビットは犬のように表情を変化させ喜びに染まっていく。


「ただし、あくまで表向きの関係だけ。裏で馴れ馴れしくし過ぎたら容赦なくブチ殺すからそこら辺は承知しておいて」

 

「分かった!」


「そうそう、そうやってタメ口……ん?」


 おい待て、こいつ今なんて言った?

 ゼロ……っち?


「ゼ、ゼロっち?」


「うん、だってゼロさんなんて言ったら堅苦しくて変でしょ? 親しい間柄ならあだ名で呼んでもいいかなって!」


「ハァッ!?」


 おい待て何の冗談だ!?

 なんだ「ゼロっち」ってダサいセンスは! 


 いや、親しい間柄がらを演じると提案したのは俺だから……いやいやそれでもだろ!?


「待てふざけんなよ!? 何で俺がお前にそんなクソみたいな呼び名されなきゃ!」


「今の若者は親しい人にはあだ名を使うのが当たり前だよ? 自然な関係にするならこういう言い方をしなきゃ!」


「嘘だろ……!?」


 あだ名で呼び合うだと?

 今はそんなことになってるのか!?

 今の時代の文化はそうなのか!?


 最後には殺し合う関係とは思えないほどに馴れ馴れしい言い方。

 いや……復讐の為にはこういうことをするのも大切なのか。


「チッ分かったわよ、好きに呼びなさい。それが今の自然体な姿なら」

 

「やった! これからよろしくねゼロっち、絶対に貴方を最後は殺すからッ!」


 満面の笑みを浮かべるとラビットは俺の手を握るとブンブンと上下させる。

 まるで子供のような純粋無垢な感情を向けられ、俺は顔を歪めながらも彼女の手を振り払った。


「ったく……調子狂う」

 

 これだからラソードの血統は嫌いなんだ。

 本当に波長が合わないし疲れるし不快。


 だが、こいつが俺の目的の鍵となる。

 ラビット・ラソード、この女を英雄に育て上げ最後は黒幕として俺は彼女に殺される。

 

 同時にゼロ少女の身体と俺自身を引き離す方法を学園生活の中で何とか見つけ出す。  

 それが、この時代に蘇った俺の聖剣としての野望だろう。


「その、これからよろしく、ラビット」


「こちらこそゼロっち!」


 傍から見れば女子達の可憐な光景。

 だが実際は復讐と劣等に塗れた歪な状況。


 青春と混沌が混じり合った空間で俺達は輝く瞳を交差させたのだった__。

 




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