第11話 契約・ト・黒炎

「勇者を殺したいか……?」


「貴方の曽祖父、シレスタ・ラソードを殺したいかと聞いているッ!」


 ピンと来ていなかったラビットもラソードの名を口にした瞬間、顔色を変えた。

 

「何故……あの人の名を?」


「質問で返すなッ! 答えははいかいいえしか認めない、あと数秒で答えなさいッ!」


 一瞬彼女は目を逸し顔を歪ませるが直ぐに視線を戻すと真剣な眼差しを向ける。

 同時に明確な殺意を感じるほどの声で力強く答えた。


「……殺したいです、出来ることなら今すぐにでもあの人の呪縛から逃れたい。もうラソードとして生きるのは死んでも嫌です」


「そう……なら私と手を組みなさい」


「へっ?」


 改めて彼女の意志を受け取ると俺はラビットが持つ剣を奪い取る。


「あっちょっとその剣は私の!?」


「貴方、この剣が一体どんな代物なのか分かっているの?」


「代物……って、いや鉄製の剣じゃ」


「やはり分かっていなかったのね。いい?

貴方が持っているこの剣はギガノ級、今の価値観で言えば禁忌剣なのよ」


 その言葉を理解できなかったのか、ラビットは口を開けて「何を言っているんだこいつは?」と思わせるような表情を見せた。


「な、なんの冗談? 全ての禁忌剣の特徴は私も熟知しています。でもそれは……ただの鉄の塊です」


「そうね、ただの鉄製の剣よ。でもこの姿を見てもまだそんなこと言える?」


 剣先に魔法陣を出現させると組み込まれた細工魔法を解除していく。

 徐々に偽りの仮面は粒子となって消滅していき真の姿が露わとなった。


 刀身は赤黒く染まり、柄には目のような紋章が埋め込まれ、鞘はアシンメトリーな天使の羽を模した造形へと変態していく。


 その姿は美しくも酷く歪んだまるで今のラビットを彷彿とさせるモノだった。


「なっ、えっ、なっ!?」


「これがこの剣の真の姿、ギガノ級の一つであるアビス・クライよ。貴方はずっと鉄製の仮面を被ったコレを使ってきたってこと」


「嘘……そんな」


「信じられないと思うけど信じる方が身のためよ。平和のためにギガノ級や聖剣を封印した貴方の曽祖父、でもこの剣だけは姿を変えて隠し持っていた、そう捉えておきなさい」


 俺だって確証がある訳では無い。

 他にわざわざアビス・クライの姿を変えて封印から逃れた理由がある可能性もある。

 

 だが今この剣の秘密を明かすことは後回しで構わない。

 早急にやるべきことは……彼女に俺の思案を全て一方的に押し付けることだ。


「貴方が剣の能力を使う度に鼻血を吹き出していた理由、この剣に耐えれても操るに値する魔力を有していないのが原因よ。オーバースペック過ぎるってわけ」


「……何なの」


「はっ?」


「普通じゃない……何でこの剣がアビス・クライと分かって……何者なの貴方は?」


「私が聖剣アロバロスだから、ってだけじゃ説明不足?」


「へっ?」


 ラビットは理解できないような間抜けな声を出しながら大きく口を開けた。


 確かにいきなり目の前の小柄な女人が聖剣だと言われても理解できないのは分かる。

 だがそのことに関して細かく問答しているほど俺は穏やかな気分じゃない。

 

「ハッ……ハハッ、何言って……曽祖父が使っていた聖剣アロバロスが貴方と? そんな馬鹿げた冗談も程々に」


「これを見ても馬鹿げた冗談とか言える? 武具生成、全てのギガノ級」


 全く信じる気のないラビットに俺は時の止まった世界で軽快に指を鳴らす。

 詠唱の刹那、俺の背後には二十七の魔法陣が空中に次々と生成されていく。


 目も眩む光と共に魔法陣からは全てのギガノ級である二十七本の剣が姿を見せた。

 もちろん、彼女が扱っていたアビス・クライも含まれている。


「えっ、ちっ……えっ、はぁぁッ!?」


 呂律が回らず、ラビットは目の前に広がる光景に尻もちをつき後退った。

 俺が腕を回すとギガノ級達は華麗に動き陣形を変え彼女の周囲を囲んでいく。


「こ、これ全部禁忌剣!?」


「二十七本しか存在しないギガノ級を私が記憶から複製し生み出した。コピー作品だけどどれも本物と同じ性能を発揮する。この能力を使えるのは聖剣アロバロスだけだ」

 

「そんな……本当に聖剣……?」


 信じ難い、でも信じるしかないと思わせるような顔をラビットは浮かべる。

 鼻血を拭うのを忘れるくらい瞳孔が開いた瞳で俺を見つめ頭を抱えた。


「今はゼロという少女の魂で私、いや俺は封印から開放され生きている。何故この身体にいるのかは分からないがな」

 

 もう今は女性口調でいる必要性もない。

 演じていた少女の仮面を外し、俺自身の口調へと戻して言葉を紡いでいく。

 

「……俺はラソードを殺したい、あいつに関わる家族も全て。無論末裔であるお前もだ」


「殺す……って」


「俺達のような剣を身勝手に封印して英雄扱いだと? 虫唾が走るッ! 平和だのなんだの知らないが私はあいつがッ!」


 怒りに任せて叫ぶとラビットはビクっと肩を震わせ怯えた表情を見せた。

 その反応を見て追撃をするように俺は彼女へと近付き激情をぶち撒ける。


「だが、お前のような鼻血塗れの末裔が死のうが負けようが奴の英雄という立場が揺れ動くことはないと気付いた。今のお前にラソードを殺せるほどの価値は微塵もないッ!」


 浅はかな慰めの言葉などは必要ない。

 今ある事実を罵倒に込め彼女を真っ直ぐに言葉で殴りつける。

  

「だから……俺はお前を英雄にすることにした。ラビット」


「私を……英雄?」


「俺が、聖剣である俺がッ! お前を育ててラソードを超える存在へと成長させる。そして最後はッ!」


「はぁっ!?」


 自分でも何を言っているか分からない。

 まともな思考状態ではないとも思う。

 俺がラビットの立場だったら彼女と同じように理解しきれない反応をするだろう。


 だが……正気でいてもあのクソ勇者を殺すことは出来ないはずだ。


「このゼロ少女の身体からどうにか分離して世界の脅威となり俺は聖剣としてお前に立ち塞がる。そして……俺を殺せッ! ラソードではなくラビットとして!」


 ラソードはもう亡くなっている。

 死した魂は蘇らない。


 ならばどうすれはラソードを殺せるか?

 実に簡単な話だった、奴の存在を世界から上書きして消してしまえばいい。

 その為には、新たな英雄と新たな世界の脅威が必要となる。 


「そんな貴方を自作自演で殺せと!?」


「構わない、この身体のゼロ少女と分離して安全と名誉を守れれば俺自身はどうなったとしてもいい」


「で、でも私の為に貴方が死ぬなんてッ!」


「構わないと言っているだろうがァッ!」


 感情に身を任せ絶対に逃さないほどに自らの瞳を彼女の瞳へと近づける。


「俺はラソードが英雄視された世界で生きるのは胸クソ悪いくて仕方ない! そんな壊せるなら命だって投げ出してやる、お前だってラソードの呪縛から開放されたいはずだッ! 利害は一致している!」


「み……見てたでしょう私の惨劇を。超えたくても私の力じゃあの人を」


「卑屈になるんじゃねぇッ! お前は何故ここにいる? 何のために今を生きてる? ラソードを振り払うために、自分がラビットとして生きたいからこの学園に来たんだろ! そのくせに逃げるつもりかアァッ!?」

  

 視線を逸らすラビットの頬を両手で挟み込み無理矢理に俺の方を向かせる。

 絶対に逃しはしない。奴を変えるにはここしかチャンスがない。


「断言する、ここが……この瞬間、お前がラビットとして生きることが出来る最後のチャンスだ。ラソードを殺したいと思うなら新たな英雄となり俺を殺せッ! その為なら俺はお前の手を取る! 今この場で……自分の未来を、運命を決めてみろラビット」


 全て……俺が抱く心の底から生まれた言葉を全部ぶつけられたと思う。

 

 ラビットは俯き黙り込んでいた。

 顔の様子が見えないほどに下を向いており何を考えているのかは分からない。

 静寂、永遠とも感じる無音の静寂が俺達の間に流れていく。


「……空っぽ」

 

 ようやく彼女は小さく口を開くと頬を挟み込んでいた俺の腕を力強く振り払う。

 ゆっくりと上げたその瞳は吹っ切れたように迷いがなく、美しくも歪んでいた。

 

「空っぽ、そんながらんどうな人生でした。この世界に生まれてからラソード……ラソードって呪文のように言われ続け、彼の子孫として真っ当に生きる。個性はいらない、私はラソード子孫、ラソードの末裔、周りからそう教えられずっとそう生きていました」


 淡々と早口に言葉を紡ぐその姿は壊れた機械のそれに近い。

 だが、彼女の奥底には確かな怒りが含まれた熱を感じた。


「嫌でしたよ、えぇ凄く嫌でした、明るく皆に接しやすく演じても結局はラソードになって誰もラビットとして見てくれないッ! 私は曽祖父のお人形? そんな人生で終わるなんて……絶対に嫌ッ! だから、だから私はここに……変わりたいから来たんです」


 徐々に声色に力が込められていき、俺を睨むように輝く双眼を向ける。


「……貴方を殺させてください、聖剣アロバロス。貴方の願いの通り私を英雄に育て貴方を私の手で殺し曽祖父を殺すッ! 皆の記憶から消え入るほどに! 私がラビットとして生きれるように!」


 その姿に先程の弱々しい面影はない。

 鼻血をまき散らしながら決意を口にするラビットの姿は輝きを放っていた。


「私、ラビット・ラソードをッ!」


 熱情を開放し、ラビットは生き生きとした心からの聲をぶち撒ける。

 

「……決まりだな」


 その言葉から確かな意志を俺は感じた。


 俺は再びアビス・クライを偽装された姿に戻しラビットに差し出す。

 同時に彼女の額に魔法陣を生むと俺が持つ魔力と知識を少しばかり流し込んだ。

  

 あまり力を流し込み過ぎると彼女の思考が許容範囲を超え壊れてしまう。

 だが……戦える基盤は作られたはずだ。


「俺の力と知識少しだけお前に預けた。今のお前ならアビス・クライを悠々に使え能力も自在にこなせるはずだ」


 後は彼女次第、こいつが何処までアビス・クライの力を発揮することが出来るかだ。


「俺を殺す決意が本物ならまずは目の前の敵を倒せ。勝って俺に証明してみせろッ!」


「……はいッ!」


 闘志溢れる返事と共に、ラビットは鼻血を拭うとアビス・クライを持ち直す。

 その様子を見て、観客席へと戻りながらクロノスを手に取ると時を再び動かした。


 モノクロだった空間は色を取り戻し静止していた世界は動きを始めていく。  


「ウハハハハッ! 死ねぇやァァ!」


 瞬間、観衆の大歓声とレイドの勝ちを確信した笑いが耳を抉る。

 ラビットの頭上に佇んでいたレイドの剣から生み出された隕石は再び動き出す。


 さぁどうする、ラビット。

 この絶体絶命を切り抜けてみせろ。


「……黒炎斬」

 

 静かに呟かれた彼女の言葉。

 刹那、アビス・クライは刀身に黒い炎を纏わせると同時に振り払う。

 隕石は真っ二つに斬り落とされ凄まじい風圧が会場に吹き荒れる。


「何っ!?」


 唖然とするレイドと観衆。

 静寂が支配しているこの場で彼女はゆっくりと顔を上げた。


「私は……ラソードじゃない」


 辺りに黒炎を纏わせると狂乱混じりの瞳を見せ激情をぶち撒けた。


「ラビット……その名を覚えろッ!」

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