第10話 絶体・ト・絶命

 最大の注目が集まる中、高らかに決戦のゴングが響き渡る。

 レイドは俺と対峙した時と同じような不敵な笑みをラビットへと見せた。


「ここで大英雄の子孫を潰せばこの俺の立場も強固になるってもんだよなァ! ファイア・ストライク!」


 太陽のような魔法陣を生み出すと内部からは諸刃の長剣が引き抜かれる。

 剣身からは灼熱のような炎が吹き荒れ辺りに陽炎を生み出した。

 

「どうだラソードの子孫さんよ? 俺のギガノ級の一つであるファイア・ストライクに恐れでもなしたか?」


 先程もそうだが……レイドが手に持つ剣はギガノ級でも何でもない。

 スピニング・アイスもファイア・ストライクも良く言って中級クラスの代物。


 だが……今回はそんな剣でも十分な脅威となるだろう。

 なんせ相手であるラビットは自身が所持しているアビス・クライの能力を全く扱えていない状況なのだから。


「チッ!」


 対抗するように不慣れな手付きで抜剣し構えるラビット。

 その額からは冷や汗が零れ落ち表情が必要以上に強張っている。


 あれは不味い緊張の仕方だ。


「オラァッ!」


 弱腰に近い状態のラビットに卑劣な笑みを浮かべたレイドは地を蹴り、加速。

 勢いよく空中へと跳躍するとファイア・ストライクを振り下ろした。


 刃からは火炎が放出され熱風が会場に勢いよく吹き荒れる。


 咄嵯の判断で剣を盾にして防御態勢を取るラビットだったが力に押されて地面を滑るように後退していく。

 地面には焦げた跡が残り彼女の足元には砂煙が舞い上がった。


「ハッ、防戦一方かよ!」


 止まらぬレイドの連撃。

 攻撃をどうにか相殺するのに必死なラビットは全く反撃に移るタイミングがない。


 彼の放つ炎の乱舞に完全に押されてる。

 それに剣の能力だけじゃない、剣を扱うスキルもラビットは負けている。


 認めたくはないが……レイドの剣捌きは別に悪くはなく無駄が少ない。

 一撃放つごとに直ぐ様次の攻撃体勢へと移行することが出来ている。


 対してラビットも本能的なセンスが優れておりレイドの動きに対応している。

 だがセンスだけで補っている状況で、やはり付け焼き刃の剣術。           


 その差が徐々に広がりつつあるのは誰が見ても明白なことだった。

 

「フレイム・バーストッ!」


 しばらく試合は停滞していたがレイドの一撃により状況は大きく変化した。

 詠唱を放ち横一閃にファイア・ストライクを薙ぎ払うと巨大な炎の刃が生成される。


 三日月のようは形に変化したレイドの技は高速でラビットへと迫りくる。


「チッ!」


 危険を察知し剣を持ち替え能力を発動させようとするラビット。

 だが……今の彼女がギガノ級のアビス・クライを使おうとしても。


「ぐばっ!?」


 使いこなす魔力が圧倒的に足りない。

 能力を発動しようとした瞬間、彼女は鼻から盛大に鼻血を吹き出し膝をつく。


 逆に大きな隙を生んでしまい避けきれず、彼女の身体は宙を舞う。

 そのまま壁まで吹っ飛ばされると衝撃で亀裂が入った。


「凄い流石はレイドだな……」


「いいぞレイドさん!」


「これは勝負あったな、ラソードがいくら英雄だろうと子孫が同じとは限らないか」


「んだよ、拍子抜けだなッ!」


「勇者ラソードの血を継ぐ剣技が見れると思ったら……何よコレ、飛んだ肩透かしね」


「さっさと失せろよラソードのクソ子孫!」


 派手な一撃にどっと様々な声が沸く。

 一部はレイドを賞賛する声、大半はラビットに対しての冷ややかな声であった。

 

 右からも左からも「ラソードの子孫はこの程度か」と一種の失望のような言葉が次々と飛び交っていく。


 ラソードの子孫が無能と烙印を押され顰蹙を買う哀れな状況。

 実に愉快な光景であり俺が心から見たかった映像……だが何故か素直に喜べなかった。


 納得がまるでいかない。

 彼女がいくらやられた所でラソードの格が下がる様子はない。

 それに何処か胸糞が悪く自分が姑息で卑劣に思えて仕方がなかった。


「ガハッ!」


 粉埃が散っていくと激しく嗚咽し膝をつくラビットが露わとなる。

 致命傷は避けたようだがもう一撃食らえば完全に再起不能になるだろう。


 虚ろな目をしながら息を切らすラビットにレイドは高らかと天に向けて笑った。


「アッハハハハハハハッ! こりゃ予想以上の肩透かしっぷりだな大英雄ラソードの子孫さんよ。所詮は七光りで持て囃されただけの雑魚だったって訳だなァ!」


 会場はレイドの勝利を確信したようなムードとなり、本人も勝ち誇った言葉を並べる。

 だがラビットはゆっくり立ち上がるとまだ折れてないのか強気な視線を送り呟く。

 

「……じゃない」


「あっ?」


「私は……ラソードじゃない……あの人と私は違う……!」


「はっ? 何言ってんだお前、テメェはラソードの子孫、それだけだろうが」


「私は私……ラソードの子孫なんて枠にしかいれない七光りの人間じゃない……!」


 彼女は剣を構える。

 震える腕を抑えレイドを睨み付けた。

 

「行けレイドさん! そんなラソードの汚点な子孫なんてぶっ飛ばせ!」


「大英雄ラソードのブランドを汚しやがって! さっさとこっから消えろ出来損ないなクソ子孫!」

 

「はぁガッカリ、ラソードの血を持ってるのにこんなのなんて」


「もしかして嘘ついてんじゃねぇの? そうでなきゃこんな惨事にならねぇだろ、そうなんだろ嘘つき女ッ!」


 期待外れ、幻滅するようなやられっぷりに辺りから聞こえる非難の数々。

 誰も彼もが「ラソード」と比べ劣っている彼女に向けて罵倒を浴びせていく。


「ハッ、何がラソードとは違うだ下らない。さっさと終わりにしてやるよ」


 呆れた顔を浮かべだレイドはトドメとばかりに剣を天に掲げ炎を集約させる。

 恐らく、自身が持つ最大級の技を彼女に放つつもりだろう。


「とっとと消えろラソードの汚点が。ヘル・トゥ・メテオッ!」


 ファイア・ストライクを振り下ろすと巨大な魔法陣が上空に出現し炎を纏った数メートルはある隕石が落下を始める。


 もしかしなくてもアレが直撃すれば彼女はもう立ち上がることは出来ない。

 

「ウハハハハハハハハハハッ! これで俺のブランドはより上がるんだよッ!」


 正気を失ったようなレイドの高笑い。

 回避不可能かつ、防ぐことも出来ない技にラビットは顔を激しく歪ませる。

 

「クッ……ソ……!」


 悔しさに歯軋りする彼女の表情。

 それはこの世の全てを呪うかのような負の感情が入り混じったもの。


 ……きっと今の彼女が本質であり純粋ぶった天真爛漫な一面は気丈に振る舞う為のペルソナを被っていたのだろう。


 それが剥がれ劣等感に苛まれ過去を払拭したい野心に溢れた性格が浮き彫りとなる。

 実に人間らしく、本質とは違う何かを演じている様は今の俺と似ていた。


「どうすればいい。どうするべきだ」


 俺は今、心の中でそう疑問を抱いていた。

 このまま見過ごせば彼女は隕石に押し潰され完全なる敗北が与えられる。

 無様な姿が見たい動機でここに来たのだから俺は動くべきではない。

 

 何も……するべきじゃない。

 ただここで傍観者に徹するべきなんだ。


 だがソレが本当に清々しい結末か?

 彼女が敗北した所で、彼女を殺した所でシレスタ・ラソードに何の影響がある?

 ラソードを殺したいほど嫌ってる彼女を貶めた所でなんの意味がある?


 周りの空気を見ても奴の立場が崩れ落ちる様子もない。

 きっとこれから先もきっとラソードは英雄として崇められ続ける。


 俺は何がしたい?

 何をすればラソードの呪縛を解ける?

 どうすれば俺から三百年もの時間を奪ったあのクソ勇者を淘汰出来る?


 どうすればいい……どうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば。

 

「ッ!」


 突如脳裏に過ぎった一つの閃き。


 そうだ、なんでこの手を俺はずっと気付かなかったのだろう。

 何も殺すことだけが……ラソードへの報復となるとは限らない。


 殺す方法は一つじゃない。

 奴が記憶から消えない英雄なら……それ以上の


「ラビットォォォォッ!」


 理性が働く前に俺は彼女の名を叫んだ。

 地を大きく蹴り上げ、空中へと飛躍する。


 きっと今の俺は正気の沙汰じゃない。

 だがそうするしか選択肢がない。


 辺りからは薄っすらと俺に対する悲鳴のようなモノが聞こえる。

 ラビットは何事かと咄嗟に鼻血をぶち撒けた顔で振り向いた。


「武具生成、クロノスッ!」


 レイドの隕石が迫る中、迷わず魔法陣を生み出しギガノ級の剣を引き抜く。


 時間を操るギガノ級の魔剣。

 時計の模様が刻まれた銀色の剣を持ち替え着地と同時に勢いよく地面へと突き刺す。

      

デンファレ・アイオーンわがままな永劫ッ!」


 詠唱と共に剣先からは白い魔法陣が広がり辺りを急速にモノクロ世界へと変えていく。


 剣を刺すことで自らが指定した特定の時間をゼロにさせるクロノスの能力。

 石化したようにレイドや観衆、迫りくる隕石も完全に停止した。


 今この世界で動ける人間は俺と目の前にいるラビットの二人しかいない。


「えっ?」


 一拍遅れて灰色の世界に気付いたラビットは辺りを必死に見回す。    

 全てが止まった世界に彼女は驚きを隠せない様子な表情を浮かべていた。


「な、何これ……?」


「私が時を停止させた」


「ッ! 貴方は……ゼロ……!?」

 

 ようやく俺の存在を認知しラビットは怪物を見るような目で反射的に後退る。


「なっえっ、ど、どういう」


 困惑する彼女を他所に俺はゼロノスを投げ捨てると一点に近づき胸ぐらを掴んだ。

 握った白い服からは鼻血が滲み、自分の手は彼女の赤黒い液体に染められていく。


 一つ深呼吸をすると見上げる形でラビットの瞳を見つめ言葉を紡いだ。


「……細かい説明は全部後でする。今は貴方の意志を聞きたい」


「意志?」


「貴方は……本当に勇者を殺したいか?」

 







 

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