第9話 劣等・ト・不穏
「えっ?」
その一言で全ての思考が停止した。
数秒後、徐々に真っ白に染まっていた脳内は色を取り戻しラビットの言葉を理解する。
嫌い……?
ラソードのことが嫌いだと?
彼女が発した内容に俺は抜剣しかけた剣を再び鞘へと戻した。
「あっすみませんいきなり! でもその曽祖父のこと私は大嫌いでして。この世界に法がないのなら殺したくも思います」
唖然としている俺に構わず、ラビットは俯きながら言葉を紡いでいく。
「あの人がやった事は私も凄いし勇者としては尊敬すべき存在だと思います。でも……彼は偉大過ぎたんです」
「偉大過ぎた?」
「ずっと生まれてからラソードという英雄が私の人生にこびり付いて、色んな人や親からも「ラソードの子孫」と扱われ誰も私をラビットとしては見てくれないんです」
ゆっくり顔を上げ、俺を見つめる瞳には尊敬と軽蔑が混じった矛盾した殺意があった。
「ラソードの子孫なら優秀、ラソードの子孫なら聡明と常に言われ、何をしてもラソードラソードって……私はあの人の生まれ変わりじゃない」
「それで……家出したと?」
「この学園なら私の中のラソードを殺せるんじゃないかと思い切って家族を捨ててここに来たんです。でも結局その有り様はこれなんですけどね」
不本意そうな苦笑いをラビットは見せる。
その姿にはラソードのような英雄らしい面影はなく劣等に塗れたような表情。
先程の明るかった純粋そうな姿はまるで何処にもない。
「ってヤバっ敗者復活戦もう直ぐじゃん! すみません私はこれで。それと……ありがとうございます、久々に愚痴れて少し楽になりました。それじゃ!」
「なっ、ちょっとッ!?」
俺の手元からアビス・クライを奪い取るとラビットは勢いよく扉を開け風のように消えていく。
その走り抜ける姿を俺はただ見つめることしか出来なかった。
「ラビット……ラソード」
何もできなかった。
あと少し、あと少しで奴の首を切り落とそうと思っていたのに。
彼女の言葉に俺は支配された。
きっと……今のは嘘じゃない、本能的だが妄言で惑わせるような雰囲気はない。
心から、底の底から放出された黒く歪んでいるような言葉。
俺自身と少し重なり手が出せなかった。
ラビットも俺もラソードに様々な恨みを抱き呪縛から放たれたいと思っている。
「いや……違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッ!」
ふざけんな絶対に違うッ!
ラソードの血が入っているクソ人間に俺が共感しただと?
絶対にない、そんなの俺が作り上げた一種の気の迷いだ。
「俺はアロバロス……ラソードを殺したい聖剣だろうが……!」
深呼吸をして冷静さを整える。
そういえば、確か奴は敗者復活戦に出るとか言っていた。
だが恐らく……このまま挑んでも彼女が勝ち上がる未来は絶対にない。
あいつはアビス・クライに耐える魔力はあるも匠に扱う程にはまるで達していない。
能力を使おうとすれば鼻血を出して自爆。
たとえ相手が初級クラスの剣だとしても簡単に蹂躙される光景は容易く想像出来る。
つまり、奴の負けは確定している。
このまま俺が何もしなければ……だが。
「……行ってみるか」
断じて助けようとか馬鹿なことを思っての行動ではない、絶対に。
奴が醜態を晒して無様に敗北する姿をこの目に焼き付けて嘲笑するためだ。
鮮血をぶち撒けて泣きじゃくるような姿をしっかりと見届けてやる。
理性が働く前に扉から飛び出すと俺は一目散に駆け始めていた。
敗者復活戦は複数のコロシアムで同じように行われると他の受験生から聞いた。
「ここか……!」
全速力で駆け回っているとラビット・ラソードと記載された対戦表が目に入り即座にコロシアムへと乗り込む。
会場には対戦を終えた受験生、在校生やら教職員と思われる人物など満員になるほどの数が集まっている。
「なぁラソードの子孫が戦うって話だろ?」
「あぁだがさっきは瞬殺されたらしいぜ? ソレが本当なら拍子抜けもありゃしない」
「大英雄の子供、大英雄にあらずってか? まっあの勇者様の血を引いている奴の顔を見るだけでも価値があるだろ」
「ラソードの子孫がいなければ一度負けた奴らの泥試合を見に来る奴らなんかいねぇよ。在校生や教師まで見てるらしいしな」
左右の彼方此方から聞こえる会話。
既にステージでは敗者復活戦が始まっているが周りは見向きもせず会話に興じている。
その大半がラソードに関する内容で耳が腐る程の不快感を抱いた。
やはり彼女が言っていた通り……ラソードという言葉は飛び交えどラビットという名前は全く聞こえない。
周囲が彼女をラビットという一人の少女ではなくラソードの子孫として見ていることは間違いないみたいだ。
この身体の身長が低いため彼女がよく見える前方の席へと座った、その瞬間だった。
元々ざわめいていた空気は更にざわつきを強くし地鳴りのように轟々に響き渡る。
何事かと凝視したその先には……剣を持ちステージへと上がるラビットの姿があった。
表情は何処か強張っており、肩の力が全く抜けてない様子が分かる。
「おい来たぞラソードの子孫が!」
「えっ女子だったの!? 勇者の子孫だからてっきり男かと思ってたけど……」
「しかしめっちゃ美人だぞあの子、やはりラソードの血を引く奴は伊達じゃねぇな」
「でも何でラソードの子孫があんな無滑稽な剣を持ってんの?」
「さぁ? なんか内部にとんでもない仕掛けでもあるんじゃね?」
周囲の反応は様々であり彼女の一挙手一投足に注目している。
だが、それはあくまでラソードの子孫としての見方をする者しかいない。
さて奴の対戦相手は誰だ?
出来ることならあのラビットをボコボコにして欲しい所ではあるが……。
「ハッ! 初めましてだな、ラソードの子孫さんよォ!」
「ん……?」
突如耳に入ったのは妙に聞き覚えのある不快で嫌悪感を抱くような声。
何事かとラビットとは反対の方向へと目を細めて見ると……
「なッ!?」
思わず俺は立ち上がってしまう。
顔は整っているがガラの悪い形相と琥珀色の跳ねた短髪。
取り巻きを複数人連れてラビットをこれでもかと見下す視線を向けている。
目を擦り見直したが……間違いない。
彼女の対戦相手は俺が先程ボコボコにしたレイド・ウェロスであった。
「まさか敗者復活戦の相手があの大英雄ラソードの子孫とはな。しかしさっきは見るも無惨に負けたと聞くぜ? ラソードの血を本当に受け継いでんのか?」
「……あの人は関係ないです。そちらこそそんなにベラベラ喋っていたから試合に負けてここにいるのでは?」
「あっ!? んだとこのアマァ! アレはあのクソチビ女に……なんか何も分からないままいつの間にか負けてたんだよッ!」
不機嫌そうに顔を歪めたラビットからの返答に激昂するレイド。
あぁそういえば……あいつの記憶からも俺が禁忌剣を使った映像を削除したからな。
奴からすればいつの間にか俺に負けていたと意味不明な記憶になっているだろう。
「敗者復活戦第八試合、レイド・ウェロス、ラビット・ラソード前へッ!」
会場のボルテージが上昇し続ける中、審判員の声により二人は構えを取り始める。
「ルールは変わらず相手を先に再起不能にした者の勝利とする。では……始めッ!」
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