第8話 英雄・ト・運命
ラビットと名乗る少女は朗らかな笑顔と共に繊細な手を差し出す。
彼女の善意に応えるように俺も自然とその手を握り返した。
「ラビット……いい名前ね。私はゼロ・リライズ。まぁそのよろしく」
「は、はい!」
天真爛漫な雰囲気のラビット。
何処かラソードを彷彿とさせ嫌悪感を抱くが悪い人ではないと思う。
まるで太陽を直視しているような明るさが彼女からは放たれていた。
「と、言っても……その私さっき盛大に負けちゃったんで入学出来ないかもしれないんですけどね……エヘヘ」
「負けたって、まさかさっきの?」
「そうです。実技試験で敗れてその際にガラスからふっ飛ばされて貴方に鼻血をぶち撒けてしまったヤツです」
やはりあれは実技試験での出来事か。
しかしコロシアムから吹き飛ばされ鼻血をまき散らすって何があったと言うんだ?
「一体何があったの? 鼻血ぶっかけられたんだから私にも聞く権利はあるはず」
「あぁ……その……なんともお恥ずかしい話といいますか」
俺からの質問にラビットは頬を掻きながら恥ずかしそうに視線を逸らす。
「その、モロに食らったというか」
「モロに食らった?」
「私の剣で受け止めようとしたんですけど……使おうとした瞬間に頭に閃光が走ったような感覚がしたんです。そしたら意識が飛んで鼻血が止まらなくなって」
「鼻血って……使おうとした瞬間?」
「は、はい。だからよく服を汚してしまうことがあってそれで漂白剤も持ち歩いてまして……ふざけた話ですよね」
「まさか、それで負けてあんな惨状に?」
「……お恥ずかしい話です。でもまだ敗者復活戦があるので! 可能性は低いですがそこで勝利し見事な剣技を披露した人は合格することが出来るんですよ!」
敗者復活戦……あぁそういえばそんな記載もされていたな。
敗戦した受験生達で再度実技試験を行い優れた結果を残した上位数名のみを特別に合格させる制度だった気がする。
つまりこのラビットは実技試験にて相手の攻撃が直撃し吹き飛ばされたということか。
しかし剣を使おうとして意識が飛んだ?
自身の魔力に対して相当オーバースペックな剣でないと意識が飛ぶなんて事はないぞ。
「……剣」
「へっ?」
「貴方の剣、ちょっと見せて」
「け、剣ですか? いいですが……別にそこらにあるような剣ですよ?」
不思議そうに首を傾げながらラビットは腰部の鞘から自身の剣を引き抜く。
その外見はゼロ少女と似たような鉄製で作られた代物だった。
別に特徴的な部分は見当たらない。
そう高を括り剣を握ったその瞬間だった。
「ッ……!」
電流のように身体全身に駆け巡る衝撃。
全細胞は異変に震え上がり、本能的な危機察知能力が警報音を鳴らす。
背後には悪寒が走り強者の匂いを漂わせたプレッシャーが襲いかかる。
思わず俺は彼女の剣を咄嗟に離してしまい地面へと落としてしまった。
「どうしましたか? あっもしかしてこの剣どこか変でした!? 確かに結構ボロボロで刃こぼれもしてましたし」
「この剣……何処で手に入れた?」
「えっ?」
「この剣を何処で手に入れたのッ!」
落ち着きを取り戻しつつあった感情は再び高ぶり俺は彼女の腕に掴みかかった。
心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が首筋を伝っていく。
「えっちょ!? い、いや実家の倉庫で埃に埋もれていた剣を持ち出して」
「実家の倉庫ッ!?」
「家出したんです! 両親は実業家で私は優秀な子を常に演じさせられて……それが吐くほどに嫌で一人でここに来たんです」
「それでこの剣を?」
「曽祖父の遺産らしく……形見と思って埃を被ってたのを取り出してここに」
急激に目の前にいるラビットという少女に異常さを感じ取り、俺は思わず後退った。
何だ……こいつ、何者なんだ? いやこいつの曽祖父も何者だ?
彼女が所持していた鉄製の剣。
一見すると何の変哲も存在しないようなフォルムだが……これは完全にギガノ級だ。
握った瞬間に溢れ出た膨大な魔力を本能的に感じ取ったのだから間違いない。
見た目や形状、魔力のオーラを精密的に細工しカモフラージュされており普通の人間なら絶対に気づくことはないだろう。
「ちょっと……借りてもいい?」
理性を思考に流し込みながら冷静に再び彼女の剣を持ち上げ今度は綿密に調べる。
……やはりだ、俺の勘違いじゃない。
こいつはギガノ級クラスの魔剣の一つ、炎属性の
能力を使う際に深淵に響き渡るような叫びが轟くということでそう名付けられている。
ギガノ級でもトップクラスの強さを誇るが特に扱いが難しく、アビス・クライが気に入らなければ使用者を死に至らせる。
三百年前も数多の剣豪が使用者に名乗り出たが全員、黒炎に焼かれ絶命した。
聖剣として俺自身も一番危険視していた最も危険な剣。
それを……何故彼女は所持している?
ギガノ級クラスは禁忌剣として全て封じられたのではないのか?
実家の倉庫にある代物ではないし何故こんなにも形状が変わってしまっている?
そもそも数多の剣豪を焼き殺した代物を握ってこのラビットは鼻血だけで済んでいる。
つまりアビス・クライに耐えれているということ……こんなのラソード以外の人間で目にしたのは初めてだ。
疑問が次々と浮かび上がり、彼女の健気さに潜む只者じゃない要素にに俺は生唾を飲み込む。
「何者なの?」
無意識に言葉が漏れ、剣を持つ手に力を入れてしまう。
一般人が所持できるような代物じゃない剣を彼女は手に入れている。
尚且つ、アビス・クライを握っても焼き殺されずに耐えきっている。
そして、このラビットという少女は気持ち悪い程にラソードの面影がある。
この違和感は何だと言うんだ?
待て、いやまさか、そんなはずは。
「貴方……上の名前は?」
「う、上?」
「上の名前を教えなさいッ!」
脳裏に走った一つの最悪な可能性。
一刻も早くその考察がどうかを知りたく俺は激しく声を荒らげる。
杞憂と思いたかったが……俺の嫌な予感はすぐにも現実へと変化した。
「……ラソード」
「はっ?」
「私の本名はラビット・ラソードです」
その瞬間、脳内に巡っていたあらゆる思考は停止し純白に染まっていく。
身体は鎖に絡め取られたように動かず穴という穴から冷や汗が溢れる。
嘘だろ……そんな最悪な奇跡があるのか?
いや違う、まだ決まった訳じゃない。
絶対にあっていいはずがないッ!
「ラ、ラソードって……ハッ、ぐ、偶然ね。まさかあのクソ勇者と同姓なんて」
「同じとかじゃないです」
俺の冗談ぶった口調を真っ直ぐにぶった斬るとラビットは顔を歪ませた。
「ラビット・ラソード。余り言いたくないですが……かつて聖剣アロバロスを操り魔王を討伐し現代の価値観を広めた伝説の勇者とされるシレスタ・ラソードの曾孫です」
「なっ……なっ……!?」
俺の瞳孔は大きく見開き、頭の中で鳴り響く警鐘音と共に呼吸が乱れ始める。
震える唇からは掠れた声しか出せず、全身の血液が沸騰していく感覚に陥る。
「あぁそうでした、その証拠と言ってはなんですが……コレを見れば分かるかと」
ラビットは再びリュックを漁ると額縁に飾られた手のひらサイズの写真を見せる。
そこには過去に何度も見た若きラソードが写っており背景には大きな聖堂が見える。
腰部にある鞘には聖剣アロバロス……つまり俺が納剣されていた。
「なっこれは!?」
「曾祖父が若い時の写真として親から渡されていた物です。なんでも辺境の村で撮られたとか。昔は写真技術も乏しく撮るのに数十分かかったらしいですけどね」
この場所……薄っすらとだが覚えてるぞ。
ラソードに使われてから日も浅い頃、辺境の村でモンスター討伐の際に聖堂前で撮られた写真。
俺の記憶にも存在するのだからこの写真が捏造ではないことは事実。
つまり目の前の少女、このラビットがあいつの子孫だと言うのか?
「嘘……でしょ」
だが……そうと仮定するなら疑問に浮かべていた事にも最低限の説明がつく。
ラソードの血を受け継いでいるのならアビス・クライを耐えるのも夢物語じゃない。
実家の倉庫に細工された禁忌剣があったのもラソードが一本だけ偽装して隠し持っていたと仮定すればあり得ない話でもない。
「貴方、本当にラソードの子孫なの?」
「……えぇ、まぁ一応。ほら受験票を見れば分かると思います」
俺からの最後の確認にラビットはゆっくりと首を縦に降り受験票を提示する。
そこにはしっかり名前の欄にラビット・ラソードと記されていた。
あぁそうか……だからか。
一々ラソードと重なる奴だと思っていたがそういうカラクリだったとは。
それならこの嫌悪感も理解できる。
凄い運命だ……ここで……復讐が出来るというのはさァッ!
「もう一度聞く、貴方はシレスタ・ラソードの子孫で間違いないのね?」
「そ、そうですけど」
やはり聞き間違いでも妄想でもない。
こいつはあのラソードの血を受け継ぐ者。
俺の、いや剣達の人生をブチ壊した者。
俺は気付かれない程度にゼロ少女のロングソードのグリップへと手を掛け始める。
こいつはラビット・ラソード、シレスタ・ラソードの正当なる子孫だ。
ここで首を斬り落とせば……奴の血統を少しでも減らすことが出来る。
ラソードに関わる奴らは全て憎い。たとえ事情を知らぬ身内だろうと仲間だろうと。
己の身勝手な考えで俺達のような剣を正気を失いそうな程の闇に葬り去った。
ならその身勝手さを貴様に、いや貴様が残した者に返しても問題はないだろう?
一歩一歩ゆっくりと息を殺して近付く。
幸い、俺の見た目が女性だったおかげがこいつも警戒心を完全に解いている。
殺す……確実に殺してやる。
ラソードもその家族も、奴の地位を利用して私腹を肥やすような奴も全員殺すッ!
そう、純粋な思いを確かに抱き、彼女の首に目掛けて抜剣しようとしたその時だった。
「まぁでも……私ぶん殴りたい程に嫌いなんですよねラソードのことが」
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