第7話 鼻血・ト・黒兎

「えっ!?」


 この光景を見て冷静でいられる人間がこの世にいるのだろうか。

 俺に伸し掛かった謎の美少女が鼻血を吹き出しながら見つめている。


 余りにカオスな状況に理解が纏まらない。


「あっヤバっ……ガブッ!」


「ウワァァァ!? ちょっとォォ!?」


 美少女は最後に盛大に鼻血をぶっ放すとゼロ少女の衣服を汚しそのまま白目を向いて気絶した。


 ちょ何だこの意味わからん展開は!?


 女性特有の匂いと鼻血特有の鉄の匂いが混ざり合い脳がショート寸前に陥る。

 周りを歩いていた者達は何事かと俺と美少女の二人を不安そうに凝視を始めた。


「ちょ貴方、返事しなさい!」


 息はしているが身体を揺さぶろうと頬を叩こうとまるで起きる気配がない。


「チッ、クソっ!」


 この状況を無視して足早に逃げる訳にもいかない。

 ゼロ少女の身体よりも等身がある美少女の肩を貸すとそのまま医務室へと直行した。


 今日は厄日なのか……?

 ずっと災難なことしか起きてない。


 怖いほどの不運の連続に悲観しながら美少女を引きずりながら歩くこと数分。

 ようやく目的地へと到着しベットへと彼女をずり落とす。

 

 幸か不幸か、医務室には誰もおらず二人だけの不思議な空間となった。

 取り敢えず……この吹き出ている鼻血を治すべきだよな。


「ヒーリング」


 鼻尖付近へと小さく魔法陣を展開すると淡い光が傷口を包み込み、出血を止める。


「全く、何なんだこの子は……」


 深いため息と共に先程の惨劇を思い返す。

 いきなり現れてガラスを突き破り俺を巻き込んで落下。

 鼻血をドバドバ流しながら白目をむいて派手に気絶。


 正気の沙汰じゃない一連の流れ。

 そこそこの経験を積んでいる俺でも鼻血を浴びせられる奇天烈な展開は初めてだ。


 しかし奇行で余り気にならなかったがよく見るとかなり容姿端麗な女性だ。

 それに……何処か見覚えがあるような気がしてならない。


 いや絶対に初対面なのだが……そうじゃない感覚が本能的に込み上げる。

 まさか前世で出会った人物? いや人間が三百年も生きれるはずがない。

 

 そう心に蔓延るモヤモヤに苦悩する中、彼女は突然に瞼を開いた。


「ッ!」


「……んっ……えっ?」


 ゆっくりと上体を起こしキョロキョロと辺りを見渡す。

 まだ寝ぼけているのか焦点が定まってとらず虚ろな目をしている。


「あれ……ここは?」


「安心しなさい医務室よ。貴方、大丈夫? コロシアムからふっ飛ばされてたけど」


「コロシアム……? ハッ!? あっ、だっウワァァァァァァァァ!?」


 血塗れになった俺の姿に顔が青ざめ大声を上げると流れるような動きで土下座の姿勢を取り始めた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい! 貴方に鼻血をぶっかけましたよねそうですよね!? 本当に申し訳ありません! 受験生の方ですよね? ごめんなさい私のせいで受験をつぶしてしまってこの通りです! 汚してしまった服は私がどうにかしますからァ!」


 こちらの返答を待たずして美少女は自戒の念からか、ひたすら一方的に謝罪する。

 何だこの自分勝手に突っ走っているような雰囲気……妙にラソードに似ている。


 いやいや何であのクソ勇者が出てくるッ!

 思わず彼女とラソードが重なってしまった思考を咄嗟に振り払う。


「あぁいや……別にいいよ。受験はもう合格してるし、多分もう汚れが落ちないし捨てるだけから。それじゃ私はこれで」


 本能的だが多分この美少女とは馬が合わない気がする。

 そう彼女に苦手意識を抱いた俺は一刻も早くその場を立ち去ろうしたのだが……。


「あっ、ちょっと待って!」


 扉に手を掛けようとした瞬間、彼女は俺の腕をガッツリ掴んだ。

 華奢な体格には見合わない腕力が神経を伝っていく。

 

「貴方の私服を汚してしまったのに何もしないのは私のプライドが許しません! 是非お詫びをさせてくださいッ!」


「はっ? い、いや別に捨てるから結構よ」


「駄目です! 私のせいで貴方の大切な衣服を無駄にするなど言語道断! 私がいい方法を教えますので!」


「ちょ!? 別にいいっての!? 貴方に教えてもらう必要性はッ!」


「いいえ! どうかお詫びさせてください!

迷惑をかけたら必ず詫びる、そう昔読んだ小説に教えられたのでッ!」


「だからいらないっていってるでしょ!? ありがた迷惑なのよ!」


「そういう訳にもいきません!」


「いらないわよ!」


「ダメです!」


「いらねぇつってんだよ!」


「絶対に譲りません!」


 な、何なんだよこいつはッ!?

 頑固か!? 怖いほどに頑固なのか!?


 俺の意見など聞く耳持たずに美少女は握る手を強め、必死に制止をしてくる。

 何だよこの少女は……どうしてそこまでしつこくするんだ。


 そういえば……ラソードも頑固なほどに貸しを作ったら必ず返していたな。

 この押し付けがましく少しズレた善意、まるであいつを見ているような錯覚に陥る。


「わ、分かったから! 分かったから腕を握るの止めなさいッ!」


 遂に根負けした俺は美少女に屈して彼女の揺るぎない思いに身を委ねる。

 きっとこのまま拒否し続けても平行線のままだろうしな……多分。


「本当ですか!? 良かった~……!」

 

 そんな俺の言葉にホッと胸を撫で下ろした美少女は朗らかな瞳をこちらに向けた。

 同時に魔法陣から大きめのリュックを取り出すと慣れた手付きで漁り始める。

 

「こういう汚れは何も考えずに洗濯をしても跡が残ってしまいます。血が付着してる貴方の黒い衣服にはコレです!」


 まるで秘密兵器を出すようなオーバーなリアクションである大きな瓶を天に掲げた。


「酸素系の漂白剤ッ!」


「ヒ、ヒョウハクザイ?」


「こういう汚れを完璧に落としてくれる便利な代物ですよ」


 そんな物が現代にはあるのか。

 昔なんて水洗いでも落ちないならそのまま捨てるのが普通だったのに。


「ちょっとその服貸してください!」


 そう現代の技術に唖然とする俺を他所に美少女はテキパキと取り進める。

 言われるがままに黒い上着を彼女に渡すと初級魔法の「ウォーターボール」を発動し空中に水の球体を生み出す。


「付着した部分に漂白剤を少しつけて……冷たい水に暫く浸けておけば」


 異様な空気が流れる中、数十分の時が経ち美少女は豪快に衣服を取り出す。


「ほら元通り! 最後は風魔法で上手く乾かせれば……はい完成です!」


 同じく初級の風魔法である「ウインド」を発生させると急速に衣服を乾かしていく。

 すると先程まで酷く汚れていたゼロ少女の衣服は元の形へと完璧に修復された。


 完全に汚れが落とされている。

 捨てるしかないと思っていたが……まさかここまで元通りになるとは。

 

「どうですか? 凄いでしょ」


 自慢げにフフンっと鼻を鳴らしてドヤ顔を決める美少女。

 確かにこれは凄い、久々に心の底から感動したと思う。


「す、凄いわね……その、ありがとう。もう捨てるしかないって思ってた」


「衣服の一つ一つ、多くの職人が作り上げてくれた努力の賜物です。であるなら出来る限り長く大切に使うのが使用者の努めかなって思っただけですよ!」


「ッ……」


 やっぱりだ。

 この言い方、性格、どれもラソードを彷彿とさせるくらい酷似している。

 まるで奴を見ているような、絞め殺したくなる憎悪が湧いてくる。


 いや待て、彼女はラソードじゃない。

 似てるからって私怨を抱くのは違う。

 深呼吸をしながら頭を冷やすと俺は真っ直ぐな目を美少女に見せる。


「貴方、名前は?」


「えっ?」


「名前、助けてもらったんだし是非とも教えてほしいわ」


「……ラビット」


「ラビット?」


「私の名前はラビット。兎のように跳ねる人生になれ、とつけてくれた名前です」


 

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