第6話 禁忌・ト・功罪

「はっ?」


 ロキの口から発せられた言葉の意味を理解するのには数秒の時間を要した。


「君はさっきレイド君を撃破した際に使用した剣はなんという名かな?」


「えっ……い、いやだからギガノ級の一つであるドゥー厶という魔剣を」


「つまりはの一つを使用したという訳だ」


「き、禁忌剣?」と前世では全く馴染みのない言葉を思わず聞き返した瞬間。


「嘘だろ禁忌剣をッ!?」


「そ、そんな……」


「何なんだよあの娘は!?」


「あれが禁忌剣……真のギガノ級」


 彼の言葉に呼応するよう、周りの者達は畏怖を感じさせるような態度を見せる。

 段々と俺自身も禁忌剣という物騒な単語が怖くなりロキへと質問を投げつけた。


「な、何なの……その禁忌剣って?」


「三百年前に勇者ラソードが魔王を討伐し平穏を齎した事は知っているね? その際にラソードは聖剣アロバロスを封印し他にもギガノ級の剣を全て闇に葬ったんだよ」


 ギガノ級を闇に葬った……?

 何だまたあのクソ勇者のラソードは俺を封印した以外にも変なことしでかしたのか?


「ギガノ級を闇に?」


「そうだ、平穏の世になった今、強き力を持つ剣は争いの火種になるとラソードは進言してね。全てのギガノ級、そして聖剣を地下深くへと三百年も封印させ禁忌剣と名付けた」


 ギ、ギガノ級も封印だとッ!?

 闇に閉じ込められていたのは聖剣である俺だけじゃなかったのか?


「そろそろ封印が解かれる時期かと思うけど剣達が何処にあるかを知っているのはラソードしかおらず彼は既に亡くなっている。つまり二十七本ある真のギガノ級を使える人間はこの世にはいないはずという訳なんだよ」


「なっ、そ、そんな馬鹿な!? 歴史本に禁忌剣などという記載はなかったはずッ!」


「禁忌剣は去年販売された新刊の歴史本から内容は削除されている。君はそれを見ていたのだろう。しかしまさか伝説でしかなかった剣を肉眼で目にするとはね……」


 新刊だと?

 そういえばゼロ少女の部屋にあった歴史本の裏表紙には昨年刊行と記載されていた。

 つまり俺は禁忌剣が削除された本を読んで勘違いしていたという事か?

 

 ……えっ嘘だろ、マジで?

 その話に従えば俺は……誰も使えないはずのギガノ級という名の禁忌剣を我が物顔で使っていたという事になる。


「ギガノ級が時代から消えたことにより剣自体のランクも大幅に変化した。僕らの時代ではレイド君の剣もギガノ級に位置づけられるくらいにはね」


「それってつまり……中級だの上級だった剣が格上げされて、大幅に剣のレベルがランクダウンしたと?」


 俺の言葉にロキは首肯する。

 まさかだからレイドの剣にも持て囃す人間がいたというのか?

 そんな……三百年経って剣のレベルが上がるどころか、大幅に下がっただと?


「教えてくれ、君はレイド君の剣を低クオリティと見なし、使えないはずの禁忌剣との魔力をシンクロさせ手足のように扱った」


 ロキは俺の瞳を見据えたままゆっくりと口を開く。


「君は普通とはまるでかけ離れている。改めて聞こう、一体……何者なんだ?」


 あぁどうしよ。

 これ、もしかして終わった……?


「……えっと」


 会場の静寂の中、思考を巡らせる。


 どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするッ!


 不味い完全にやらかした。

 ギガノ級二十七本の剣も禁忌とされラソードが封印していた……だと。


 あんのクソ勇者がァァァァァァァァァ! 

 何処までも何処までも俺にとっての悪手をこれでもかと打ちやがって……!

 生きていたならマジでブチ殺したい、ズタズタに切り裂いてブチ殺すッ! 


 俺だけじゃなく他の剣達も勝手に何もない闇にブチ込むとかイカれてんのか!?


 いや、私怨を抱くのは後だ。

 今はこの状況をどうするべきかだ。


「いや……その」


「答えられないのかい?」


 ロキからの追及に冷や汗を流す。


 チッ……安易に下手な事を言ってしまえば絶対に怪しまれ追い詰められる。

 相手は騎士団団長の息子だ。小手先の方法が通じるだろうか?


「えっと、ほら私田舎者だから」


「田舎と禁忌が関係あるのかい?」


「み、見間違いとか……そんな何処にもいるような私がギガノ級の剣なんて」


「君の口からしっかりとギガノ級と聞いたしレイドを圧倒する技をこの場にいる全員が目にしているのだが?」


 駄目だ、通じない。

 感情を模倣した俺の言葉は簡単にロキによって破壊される。

 寧ろ、先程よりも追い詰められた状況へと陥ってしまった。


「白を切るのは止めたらどうだい? そろそろ僕達のような観衆に事実を述べて欲しい」

  

 ロキの言葉に周りも賛同するよう小さく頷き向け俺へと視線が集まる。


 このまま黙っていたところでより確実に疑いの目を掛けられる。

 だが真実を告げれば間違いなく異端扱い、いやそもそも「実は私は聖剣なの」と言って周りが信用するか?


 頭がイカれた奴と思われるかもしれない。

 そうなればよりゼロ少女の立場は最悪なモノとなってしまう。


 ……仕方ない、こんなことは余りしたくはなかったのだが。

 だが俺が優先すべきなのはゼロ少女の平穏と安全、その為なら手段は……問わない。


「武具生成、アネモネ・シュネー」


 ゆっくりとロキから後ろへと振り向くと即座に魔法陣を地面へと生成。


 周囲には空間が歪むような不快な音波がこれでもかと奏でられた。

 同時に花のように美麗なフォルムに目のような紋章が刻まれた長剣が顕現する。


「はっ!?」


「なんだよあの剣は!?」


「また禁忌剣かッ!?」


 辺りがより混乱に支配される中、俺はお構いなしに刃先を地面に向け剣を持ち替える。


「なっゼロ君一体何を……!」


 異変を即座に感じ動き出すロキに対して、俺は間髪入れずにアネモネ・シュネーを勢いよく地面へと突き刺した。


「ファイル・リセット」


 詠唱を唄った瞬間、紫色の花弁が吹き出され幻影のように宙を踊る。

 刹那、俺以外の全員は魂を失ったように動きが停止し虚ろな目を浮かべた。

 

 アネモネ・シュネー。

 ギガノ級、及び禁忌剣の一つであり、記憶と花弁を支配している特殊な剣。

 殺傷能力は無に等しいが補うように特殊な能力が備わっている。

 

「余りコレはしたくなかったが……」


 それは対象とした人物全員の記憶を自在に操作すること。

 ファイル・リセットと呼ばれ最大で現在から一年前までの記憶を弄ることが出来る。


 便利な代物だが、稀に記憶改ざんの際に脳に障害を与えてしまい後遺症を齎す可能性もある事もあり積極的に使いたくはなかった。


 だが……こうなってしまっては仕方ない。


「この場にいる全員、レイドと取り巻き達の記憶からドゥー厶を使用した映像を消去」


 剣へと命令を下すと同時に俺を中心にして紫の風が舞う。

 夢のように幻想的な光景が広がり暫くすると俺はアネモネ・シュネーを引き抜いた。


 誰にも悟られぬよう、即座に剣を手元から消滅させる。


「……あれ、僕は一体」


「何だ? いっつ頭が」


「なんか凄い事起きてなかった?」


「レイドにあの女の子が勝って……あれどうやって勝ったんだっけ?」


 幻影に惑わされていた者達は徐々に意識を取り戻し全員が思考に疑問符を浮かべる。

 ロキを含む全員が禁忌剣の記憶を改ざんされ歯痒いような表情を見せた。


 よしっ、成功か。


「えっと……それじゃその私は終わったんで失礼するわッ!」


 またボロを出すのは不味い。

 咄嵯に俺は会場を抜け出し、ロキの声を背に受けながらその場を後にする。

 暫く走り続け、誰もいないようなスタジアムの裏側へと辿り着く。


「あっぶねぇ……死ぬかと思った」


 全身から力が抜け壁へと寄りかかり、安堵のため息と共に胸を撫で下ろす。

 無事に危機を乗り越えたのに心臓はまだバクバクと激しく鼓動していた。


「クソっ、まさかギガノ級までもが全て封印されていたとは」


 聖剣の俺だけでなく、ギガノ級の剣達も封印され「禁忌剣」などと烙印を押される。

 それを原因としてまさか昔よりも剣のレベルが落ちていたなど予想外過ぎる真実。


 俺の調査不足のせいで危うくゼロ少女の首を絞め殺してしまう所だった。

 ここまで……ここまでラソードのせいで世界の価値観が変化していたとは。


「あんのクソ勇者がッ!」


 思わず付近の木箱を盛大に蹴り飛ばす。


 俺が苦労してるのも、剣達が理不尽に闇に葬られたのも、全てはあいつが元凶……!

 どれだけ周りから英雄と言われようと俺からすれば悪魔でしかない。

 

 殺したい……殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいッ!


 もし奴が生きているなら、奴の先祖や家族がいるならこの手で全員ブチ殺したい。

 俺だけならまだ良かったが、他の剣も同じ目に合っていたと思うと怒りが収まらない。


 憎悪と殺意が煮えたぎるように溢れ、今にも爆発しそうな程に込み上げる。

 

「いや落ち着け……今はそうじゃないだろ」


 取り敢えず証拠の隠滅を計り、ゼロ少女の合格を勝ち取る最低限の任務はクリアした。

 ロキからもレイドからも全員からも俺が禁忌剣を使用したという事実のみ消えている。


 多少強引だが乗り切ったという結果に俺は達成感を見出し冷静さを引き戻す。

 気を落ち着かせる為、ゆっくり背伸びをすると学園を散策することにした。


「しかし別世界だな本当に」


 改めて見ても視線に入る光景は三百年前とはまるで違う。

 素材、構造、デザイン、簡素で侘しい建物しかなかった過去と比べても今は活き活きとしており芸術性もある。


 俺がさっきまでいたコロシアムも天井辺りはガラスで覆われており、ドー厶ながら開放感のある造りとなっている。


 複数あるコロシアムからは受験生達がしのぎを削りあっているのか歓声やらが薄っすらと耳に入った。

 

 眼福な光景と熱を感じる空気に心地よさを覚えながら歩を進める。

 眠気が走り少しばかり睡眠を取ろうと広場を探し始めた……その瞬間であった。


 バリンッ__!


「ん?」


 上空から聞こえた甲高い破裂音。

 咄嗟に見上げると付近のコロシアムのガラスが盛大に飛び散り、太陽光を反射させた。

 同時に……逆光に照らされた一つの人影が視界に映り俺へと急速に迫りくる。


 それは一人の少女であった。

 純黒な長髪に紅玉のような瞳。

 透き通る色白な肌をした美しい容姿。

 身に纏う可憐な衣服。


 何かに吹き飛ばされたのか驚いたような顔を浮かべバランス大きく崩している。


「えっちょ!?」


 唖然とする思考に少女の絶叫が響き渡りようやくハッとするがもう遅い。

 もはや回避行動を取る時間もなく俺は少女と衝突し彼女の下敷きのようになった。


 な、何だ何がどうなってこうなった?

 顔には少女の豊満な胸が押し当てられ覆い被さるようにして倒れ込む。


 ふわりと鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い匂いと柔らかい感触に脳髄が刺激され思考が上手く纏まらない。


「ハッ! だ、大丈夫ですかッ!?」


 数秒の沈黙後、少女は咄嗟に上半身を起こすと密着していた身体を放す。

 繊細な黒髪を垂らしながら心配そうな表情を俺に向けた。


 ……鼻からを流しながら。

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