第5話 伝説・ト・激突

「さっきはよくも公衆の面前でこの俺に赤っ恥をかかせてくれたな? だが……まさか対戦相手がお前だとはお灸を据えてやるには絶好の舞台だなァ!」

  

 最ッ悪だ……!

 よりにもよって相手がこいつかよッ!?

 

 レイドは怒りを滲ませており、慈悲の欠片もない殺意の目で威圧する。

 周りの取り巻き達もレイドに続いて俺に威嚇に値する言葉を次々と投げつけた。

 

「ついねぇなチビ女、レイドさんにあんな無礼を働かなければ楽に倒してもらえたのになァァ!」


「命はあってもギガノ級の支配者であるレイドさんを相手に無傷で帰れると思うなよ?」


「ギガノ級の支配者?」


「オイオイ知らねぇのか? この方はな、数々の剣技大会でも有数の成績を残しギガノ級に値する最高峰の剣を所持しているんだ。貴様とは格が違うんだよッ!」


 ギガノだと……ギガノ級クラスに値する剣をこいつが扱っているという訳か?

 何百万もある剣の中でたったしか存在しない代物をこいつが?


 いや待て、過去の価値観で考えるな、もしかしたら技術の進歩でギガノ級クラスも簡単に生み出せるようになったのかもしれない。


 信じ難いが俺達を遠目から見る周りの反応を見る限り本当だと考えるべきだろう。

 

「死んだな……あの娘」


「可愛そうだけどまぁ因果応報よね」


「レイドさんに歯向かったんだからな。権力もあり実力もあるから誰も逆らえない」


「せめて今土下座すれば少しは楽に倒してくれるんじゃねぇのか?」


 俺に向けられる視線は獅子に挑む鼠を見るような哀れなモノだった。

 完全なるアウェーな状況にレイドは卑劣さを感じる笑みで見下ろす。


「運がねぇなチビ女、しかも初戦から俺とお前の対戦なんて。まぁ命が朽ち果てない程度にはしてやるよ、ウハハハハッ!」


 高笑いをするとレイドはその場から円形の闘技場へと歩を進ませる。

 

 まさか相手がレイドでしかも対戦が初戦からだとは。

 これじゃ周りの技量や魔力のレベルも把握出来ず手探り状態で挑むしかない。


 ぶっつけ本番でやるしないか。

 こんなにも緊張と不安に煽られる時が来るとは思ってもなかった。


 まぁいい、俺は呼吸を整えるとレイドの後に続いて闘技場へと足を動かす。

 辺りの観客席には受験生が席を埋めており俺とレイドの対戦カードを見守っている。


「では第一試合、レイド・ウェロス、ゼロ・リライズ、前へッ!」


 歓声が湧く中、試験官の指示に従い俺達は一定の距離まで離れると構えを取った。


「ルールは単純、どちらかが戦闘不能になった時点で試合終了とする。相手を死に至らせる攻撃は禁止とし決着後の攻撃も同様に失格と見なす。両者、準備はいいな?」

 

 試験官の確認を取る声に対して双方共に返事をする。

 

「それでは……始めッ!」


 開始の合図が高らかに響き渡り、同時にレイドは獲物を食らうように微笑んだ。


「世間知らずのチビ女に教えてやるよ、この俺に噛み付いたことがどれだけ愚かだったのかをさァァァァァァッ!」


 絶叫するとレイドは眼前に魔法陣を生成し剣のグリップ部分が徐々に現れ始める。

 不味い、来る……奴が言うギガノ級クラスの剣が。


 どの剣が俺に牙を剥くのかと生唾を呑み込み今か今かと待ち構えた。


「魔剣:スピニング・アイスッ!」


 魔法陣からは氷塊が放たれ、氷を纏う刃を持つ真蒼の長剣が顕現する。

 演舞のようにレイドは剣を振り回すと俺へと刃先を向けた。


「どうだ? これが俺の魔剣スピニング・アイスだ。ギガノ級クラスを目の前にして震えたか? 泣き喚いて謝罪するなら多少は手加減してもいいぞ」


「……えっ?」


「オイオイ声も出ねぇほど驚いたのか? チビ女には圧があり過ぎたかウハハハッ!」


 ん? いやちょっと待て、えっ?

 どういうことだ……俺がおかしいのか?

 

 確かにレイドの言う通り驚いてはいるが、強いからという理由ではない。

 ギガノ級と言うには余りにも……からこそ驚いているんだ。


「あの……それ本当にギガノ級? 虚勢を張って嘘ついてる?」


「はぁっ!? 何だとこの女ッ! 舐めるのもいい加減にしろやッ!」


 本人の反応を見る限り嘘をついてる様子はない。

   

 聖剣の立場から言うと……スピニング・アイスなる剣はギガノ級な訳がない。

 ギガノ級と言うには相手を威圧する魔力をまるで感じず、刃の造りも荒すぎる。

 

 上級クラスでもない、中級クラスという格付けが妥当なほどだ。

 何でこんな剣に対して周りや本人はギガノ級などと抜かしているんだ?


 剣のブランドを侮辱しているように思え俺は少し憤りを覚える。

 

「糞女が……引導を渡してやるよッ! アサルト・パニッシュ!」


 そんな中、激情に支配されているレイドは剣を操り巨大な氷の斬撃を放った。

 見栄えはいいが技としてのクオリティは見てられないレベル。


 こんな技なら……ゼロ少女の無属性なロングソードだとしても。


「見えた」


 切れる。

 直ぐ様に抜剣すると斬撃にある僅かな隙間を狙い、氷へ切り込み空中へと振り払った。

 

「なっ!?」


「う、嘘だろレイドさんの技を!?」


「あんな滑稽な鉄製の剣で相殺したァ!?」


「どうなってるんだよコレは!」


 レイドは目を丸くし、辺りからは次々と困惑したような声が上がる。

 何故だ……何でこんな技を弾いたくらいで驚かれる?


 三百年前はこの程度の技を相殺した所で賞賛の声を浴びることはなかったぞ。


「このチビ女! クソがッ!」


 その後もレイドはスピニング・アイスを使用し猛攻を仕掛ける。

 俺はそれをロングソードで躱すという流れが数十回続き、遂にレイドは剣を杖にしながら息切れを始めた。


「ゼェ……ゼェ……何故だ……何故躱される!? そんな安っぽい鉄の剣如きに俺の至高なる剣がッ!」


「貴方の持っている物がギガノ級と偽ったクオリティの低い剣だからよ」


「クオリティの低い……? ふざけんじゃねぇぞ! お前と俺は格が違うんだ、この剣はギガノ級なんだ! テメェみてぇな愚民に翻弄される筋合いはねぇんだよォォ!」


 顔を真っ赤にするとレイドは怒りを大爆発させスピニング・アイスの鋒に巨大な氷塊を生み出す。


「シアン・メテオッ!」


 剣を振り下ろすと同時に放たれた巨大な氷塊は俺へと目掛けて急降下を始める。

 

「……そんな物、ギガノでも何でもない。ギガノっていうのは……こういうことッ!」

 

 気軽に伝説、ギガノと抜かす姿に段々と腹が立ってきた。

 真のギガノ級を見せるべく俺はロングソードを納剣すると地面へ魔法陣を生み出す。


「武具生成、ドゥー厶」


 瞬間、会場を包み込むほどの冷気が全方位に噴射され足場は急速に凍っていく。

 顕現されたのは蒼白く光り禍々しさと神秘さが絡まった歪な剣。


 二十七本存在するギガノ級の一つである氷属性の魔剣ドゥー厶。   

 使い勝手の悪い代物だが攻撃力は破格であり多彩な応用技を行使できる。


 即座にグリップを握るとドゥー厶を氷塊へと振り下ろした。

 爪のように鋭利な氷の柱が次々と突出し氷塊を無慈悲に貫き木っ端微塵に破壊する。


「な、何だよあの剣はッ!」


「これ現実なのッ!?」


「ど、どうなって……」


 周りの声も気にせず俺は剣先を怒り混じりにレイドへと定める。


「これがギガノ級の剣ドゥー厶よ。貴方のその陳腐な剣とは格が違うッ!」


「ふ、ふざけんな……ふざけんなチビ女がァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 レイドは怒号を上げながら剣を握り締めると俺へと接近し袈裟斬りを放つ。

 迫り来る一撃を冷静に見極めつつドゥー厶で受け流し横薙ぎに振り払う。


 もうこれ以上戦う意味はない。


「バース・オムニス」


 ドゥー厶に存在する内の一つの技。

 地面を優しく剣先を刺すと昇り龍のように氷柱がレイドを囲うように突き出した。


「ぐっ……!? ア"ァァァァァァッ!」


 悲鳴と共にレイドは宙を舞い観客席の柵まで吹き飛ばされる。

 彼が手にしていたスピニング・アイスは衝撃により硝子のように粉々に砕け散った。


「レ、レイド・ウェロス戦闘不能……勝者はゼロ・リライズ!」


 一瞬の間を空けて試験官が宣言するも会場からは歓声は湧かず静寂が場を包んだ。

 レイドは蹲っており、取り巻き達に抱えられその場から運ばれている。


 さて……これでしっかりと合格は奪取出来たという訳だが、一体どういうことだ?

 

 何故本人は愚か、周りの者達もレイドの剣をギガノ級などと言っているのか?

 俺がドゥー厶を出現させた時、受験生達は何故唖然としたような反応をしたのか?


 確かにドゥー厶を生で見る機会がある人間は余りいないと思うが、それでもギガノ級としてかなりの知名度や人気があるはず。


 まさか国内トップクラスの学園に挑む受験生達が全く知らなかったなんて事があるか?

 そう思考を巡らせ、疑念の目を辺りに振りまいていた時だった。


「やぁ、ゼロ君」


 聞き覚えがある低音の透き通るような声が耳に入り咄嗟に振り返る。 

 そこには先程のイケメン王子のロキが手を振りながらこちらへと近付いてきていた。


「ッ! 貴方……確かロキとか」


「やぁまた会ったね。実は僕も実技試験がこの会場でね。密かに君の剣技を見せてもらったよ」


 彼が現れた瞬間、静寂に包まれた環境に黄色い声援が上がり始める。

 だが、先程とは違い彼は何処か引いたような目線で俺を見つめていた。


「合格おめでとう。本当に凄い剣技で感動させてもらった。だが……」


 祝福の言葉を区切るとロキは真剣な眼差しで俺の瞳を見つめた。

 何なんだ、どうしてそんな困惑と疑念が混じったような目線を俺に向ける?


「君は……一体何者なんだ?」


 

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