第4話 王子様・ト・戦乙女

「オラッ、早く土下座してみろッ!!」


「あぁ……ち、ちょっとタイム!」


 激昂するレイドを前に俺は必死に今の現状を把握し、打開策を練る。


 マズッた……まさかこいつが学園でも有数に影響力のある人物だったとは。

 だから受付嬢に絡んでいても誰も苦言を呈することをしなかったのか。


 そういや確かにゼロ少女の本には武装学園は貴族出身の生徒も多いと記載されていた。

 クソっ! こうなる可能性もあったのに安易に動いてしまった俺のミスだ。


「ヤベェ……どうする」


 貴族だから、重役だからと言って愚行を黙認するのは違う。

 もしこの身体が俺自身の物であれば迷いなく助けに行って正解だっただろう。


 だがこの身体はあくまでゼロ少女の物だ。

 彼女の幸福と平穏を最優先に考えるべき。


 再び彼女に所有権が戻るまで俺はゼロ少女にとって不利にならない行動を取るべきだ。

 しかし結果として良かれと思い動いた結果ゼロ少女にいらぬ負荷をかけてしまう。


 チッ……これのせいでゼロ少女が犯罪者扱いされたら最悪の結末だぞ。

 

 俺が心の中で葛藤している間にもレイドは更に苛立ちを募らせている様子で声を荒らげた。


「おい貴様、まだ状況分かってねぇみたいだな? お前のような平民如き俺が一声かければ即座に退学に出来んだよッ!!」


 どうする……力任せにこいつを蹂躙するのは完全に悪手だ。

 爪を噛みながら厳しい状況に苦々しく苦悩していたその矢先だった。


「やめたまえレイド君、レディに向かって、これ以上騒ぎを大きくするのであれば学園側に報告し試験を無効とするぞ?」


 凛とした透き通った声音が聞こえる。

 それは紛れもなく俺の後方から発せられており、振り返るとそこには黒の短髪を靡かせた一人の美少年が立っていた。


 宝石のようなエメラルド色の瞳。

 色白の肌に彫刻のような端正な顔立ち。

 目には映らない独特な、だが周りを引き込むようなオーラを彼は放っていた。

 

 まるで王子様のように華麗な服を身のこなしている姿に息を呑んでいると、周りはレイドを含めて全員が驚きと歓声を上げる。


 何だまた新キャラか?


「ロ……ロキ……!?」


「ロキ様だと!?」


「ロキ様よッ!!」


「キャァァァァァァァ!! こっち向いてェェェェェェ!!」


「あぁ……本物のロキ様だ……」


 彼を見た途端、女性達からは考えられないほどの黄色い声援がこれでもかと発生する。

 それまで強気だったレイドはロキという名の男を見た途端、再び顔が青ざめた。


 突然のカオスな状況に理解が追いつかず俺は思わず近くの受験者に耳打ちをする。


「ち、ちょっと誰アレ? なんか有名人とかそういうの?」


「貴方知らないの!? あのロキ様よ!」


「どのロキ様?」


「あの御方はリベロス王国直属の騎士団団長のご子息のロキ・ラフレシア様よ、その甘いマスクと優れたスキルや学識を持つ才貌両全な人、実業家としても手腕を発揮し今はカジノリゾートを経営している。あぁそのご尊顔を拝見するだけで私は天国に!」


「才貌……両全」


 確かに女性達が心を魅了されるほどの容姿ではあるのは俺でも分かる。

 カリスマ性というか華のような物が他とは桁が違う。


 しかし王国騎士団団長のご子息……ね。

 それにあの若さで生意気に実業家とは。

 こいつもレイドと同じく上流階級、やはりこの学園にはエリートが多いという訳か。


 そう思いに耽けていると場の中心人物であるロキはレイドに向かって口を開き始める。


「レイド君、ここは王国が直々に管理している由緒正しき学園だ。君の私有地じゃない。レディに対する態度も含め傲慢な振る舞いは慎んでもらいたいね」


「う、うるせぇな善人気取りが! そうやって優等生ぶって周りの人気を集めようとするお前が昔からウザいんだよ! どうせ裏では女癖悪く食いまくってんだろッ!」


「根拠のない噂は謹んでもらおう。白い目を向けられる悪行を重ねる君に比べれば僕は遥かにマシだと思うよ」


「何だと……!?」


「ここは国立の学園だ。スタートラインは平等に扱われるのがルール。これ以上君が権力を振りかざすのなら僕も同じく権力を振りかざし君を陥れる事も可能だが?」


「……クッ! 覚えてろよクソチビ女!」


 最後まで悪態をつくとレイドは取り巻きを連れて足早にその場を後にした。

 対称的にロキは周りから「流石ロキ様!」と賞賛の雨を浴びる。


 と、取り敢えず助かったんだよな?

 危ねぇ……横槍が入らなければ序盤から詰むかもしれない所だった。

 予期していなかった危機回避に俺はホッと胸を撫で下ろす。


「君、大丈夫かい?」


「ん?」


 すると先程までの威厳のある佇まいとは一変した様子で俺へと駆け寄ってきた。

 俺の手を取り、小柄なゼロ少女と同じ視線までしゃがむと爽やかな笑みを浮かべる。


「君名前は?」


「……ゼロ」


「ゼロ君か、ケガはないかい? 君の勇気ある行動は称賛に値する。でも可愛い女の子なんだからもっと自分も大切にしないとダメだよプリンセス?」


「プリンセス!?」


「あぁごめん、ヴァルキリー戦乙女のほうが君にはお似合いかな?」 


 な、何だコイツ?


 よくもまぁ歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言えるな……。

 前世でも幾多の王子様と出会った事はあったがここまでキザで華麗ではなかった。


 先程と人が変わったようなフレンドリーなギャップに俺は呆然と立ち尽くす。

 周りの視線はロキが俺の手を握っている事に対して歓喜と不穏な感情が混じっていた。


「この場所に制服じゃないのにいるって事は君も今回の受験者だよね? 僕もそうなんだ、お互いに頑張ろう」


 そう言うと俺の手を優しく離し、踵を返して立ち去ろうとした瞬間、こちらを振り返るとニコッと微笑んだ。


「困った時はいつでも僕の事を頼ってくれ。ゼロくん」


「は、はぁ」


 そう言い残すとロキはそのまま辺りに手を振りながら颯爽と去って行く。

 嵐のように過ぎ去った出来事に俺は唖然として見つめる事しか出来なかった。


「流石ロキ様……あの紳士的な対応、やはりあの方は美しい!」


「しかし何なのあの小娘? ロキ様に優しく手を握られて抜け駆けは許さないわよ!」


 周囲の女性陣からは歓声と嫉妬が上がる。

 窮地を逃れたのも束の間、今度は別の意味で悪い注目を集めてしまった。


 不味い……これ以上ここにいれば余計に面倒なことになる。

 危険を本能的に察知した俺は受付嬢から受験票を受け取ると足早にその場から去った。

 

 クソっ、俺の良かれから始めた事とはいえども、こうも空回りするとはッ!


 貴族の成金息子なレイドには目をつけられ……あのイケメンのロキと関わったことで周りからも浮いた視線を向けられる。


 踏んだり蹴ったりの結果、試験前からそこそこに面倒な状況へとなってしまった。

 

「落ち着け……俺は聖剣だろ? これくらいの逆境どうってことねぇだろッ!!」


 誰もいない敷地内の裏で壁に頭を叩きつけ自分を鼓舞する為に呪文のように唱える。

 

 そうだ、俺は聖剣だ。

 幾度となく何万の人々の危機を救い、世界に平和と発展を齎した。

 なのにたった一人の女性を守れずなんて聖剣の恥晒しにも程があるッ!

 

「大丈夫だ……まだ挽回はいつでも出来る。だから安心してくれゼロ少女」


 改めて身体を借りているゼロ少女の平穏を願い俺は必死に決意を固める。

 先程までの事は一旦忘れ、まずは目の前に聳える障壁に集中しよう。

 

 まずは筆記の試験。

 トラブルもあったせいで開始時間まではもう既に僅かしかない。

 俺は受験票を握りしめると足早に広大な学園内の試験場へと疾駆した。

 

「それでは試験を開始する! 各自指定された場所に着席しろ!」


 数分後、場所は学園内の大ホール。

 筋肉質な男の試験官の声が響き渡る。

 俺は迷路のような学園内を必死に動き回りギリギリの所で到着した。

 

 筆記試験会場は何箇所かに別れているはずだがこの場所だけでも何百人にもなる受験生達の姿があった。


 国内屈指の人気校であるが故の倍率の高さがこれでもかと伺える。

 異様な空気に呑み込まれたか歯をガタガタ言わせ萎縮している者も少なくない。


「制限時間は百分、途中退席の者はその場で試験を終了と見做す。不正行為は即時失格及び当学園への受験資格を永久的に剥奪する。

では試験始めッ!」


 その言葉と共に一斉に問題用紙を開く音が聞こえてきた。

 内容は一般教養全般と剣や魔法に対する専門的な知識が半々。


 まぁぶっちゃけると……かなり簡単だ。

 一般教養は多少なりとも苦労したが別に一夜漬けでも覚えられる範疇。

 専門知識に関しては三百年前の形式と特に変わりはなく寧ろ簡易化されている。


 前世の知識をトレースすればいいだけだ!

 しかし、だからと言って満点は取らない。


 受験前にあれほど目立って学力でも一位となればゼロ少女はより浮いた存在になる。

 適度に間違え、確実に合格しているであろうラインで正答していくのが得策。

 

 この考え出来る俺、天才なんじゃないか?

 直ぐに解答を終え、そう自尊心に浸っているといつの間にか試験は終了していた。


 周りは激しく一喜一憂をしており、中には嘔吐しかけている者もいる。

 まぁ筆記試験はどうだっていい。俺が端から問題にしているのは……。


「一対一の剣技による実技試験……か」


 各々が所持する剣を使用して模擬戦を行い技術や才能を選別する実技試験。

 正直、今の剣のレベルがどれ程のモノなのか把握しきれていない。


 下手をすれば過去よりも強力な剣がわんさかいる可能性だってある。

 いや三百年経ってるんだ、昔よりも進んでなければおかしい話。


 聖剣であるとはいえ、苦戦を強いられるのを覚悟しなくてはならないはず。

 

「三十分後、順次実戦形式の試合を行う。各参加者は自分の番号が書かれた場所へ移動するようにッ!」


 試験場は学園内に設置された複数のコロシアムにて行われると記載されていた。

 背伸びをしながら移動をしているとやがてはドーム型の特設会場へと辿り着く。


 流石は国内トップクラスの学園。

 観覧席や柱など全ての設備が鋼鉄で出来ており、規模も今まで見た中で最大級。


 なるほど、ここで大勢の受験生に見られながら決闘を行うって訳か。

 学園も随分とサディスティックな趣味をしてやがる。


「さて、俺の対戦相手は」


 巨大看板に掲げられている対戦表と渡された受験票の番号を照らし合わせる。

 出来ることなら優しい人間とお手合わせ願いたいと祈ったその時だった。


「よぉ……また会ったな。チビ女ァ!」 


「ッ!」


 聞き心地の悪い「チビ女」の声に咄嗟に振り返り俺は即座に声の主を理解する。


「レイド……!」


 取り巻きを連れそこに仁王立ちしていたのは琥珀色の短髪を靡かせたレイド。

 相変わらず俺を見下したような態度を取りながらニヤリと口元を歪ませた。

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