第3話 繁栄・ト・因縁

 僅かに数時間後。


 家に帰るや否や爆睡した俺は小鳥の甲高い囀りによって早朝に目を覚ます。

 一度ゆっくり考える時間も夢を見る時間もなく直ぐ様に出発の時間を迎えた。


 メンダの用意した朝食を頬張り、必要な持ち物を鞄の中に詰め込んでいく。

 ゼロ少女のロングソードは別に不要だが彼女の名誉の為に持ち歩くことにした。


 目の先には王都へと繋がるであろう一般的な馬車があり他に乗車者は見当たらない。

 後ろを振り返れば少し寂しげな表情を浮かべるレルスと号泣するメンダがいた。

 

「ウワァァアン! ゼロちゃぁぁぁん! 気をつけて行ってくるのよぉ! 辛かったらいつでも帰ってきていいからねぇぇぇ!!!」


「メンダ……これはあいつが自ら望んだことだ……笑顔で行かせるのが親の努めだろ」


「ふぇぇぇぇん!! そうは言っても辛いわよレルスゥゥゥゥ!!!」


 涙と鼻水を垂れ流しにするメンダを宥めるように優しく頭を撫でるレルス。

 ……うん、愛されているのは理解できるがここまで来ると憐憫の目を向けてしまう。

 

 いや愛されているだけでも全然マシか。

 俺を使ってたラソードとはまるで違う。

 あいつは薄情極まりねぇクソ野郎だ。


「大丈夫だよお母さんお父さん、私なら平気だから。必ず立派な魔法騎士になってまたここに帰ってくるよ」


 俺はゼロ少女らしい笑顔と穏やかな声色で二人の言葉へ応える。


 これ以上長居するのはキツい。

 半ば強引に両親との別れを告げると馬車に乗り込み扉を閉めた。


 荷物を下ろしゆっくりと座るのを御者が確認すると手綱を握り馬車を走らせる。

 次第に遠ざかり点のようになっていく我が家を眺めながら俺は小さく手を振った。


「さてさて、こっからか」


 揺れる馬車の中、王都に向かうに相応しい小綺麗な衣服のシワを伸ばす。

 数日というそこそこに長い旅路だったがようやく俺はリベロス王国へと辿り着く。


 王都の様相は俺がかつて生きていた過去の世界とは劇的に違った。

 まず目に入ったのは王都は高い石の城壁に囲まれている事だ。


 確か城郭都市だったか、前世では王国だろうとここまで立派な石壁はなかった。

 これなら魔物の大群に襲われてもある程度は凌げるという訳か。


 そう関心を抱いていると馬車は赤い巨大な門を潜り馬車乗り場へと到着する。

 御者に礼を述べ降りると俺は今を生きる王国の空気を吸い、景観を眺めた。


「エッグいな……マジかよコレ」

 

 何処を見回しても開いた口が塞がらない。


 本にも記載されていた通り、どの建築物も近代化が進み昔とは比べ物にならない。

 全ての建物が頑丈な石や鉄で作られており天国に届きそうな程の高い塔も聳えている。


 建築のデザインも洒落ており「ここに住みたい」という移住欲を掻き立てる。

 周りを歩く者達も全員が良質な生地の個性がある衣服を各々着こなしている。


 いい時代になったものだな。

 もう少しだけこの新鮮味ある余韻に浸りたいがそうもいかない。

 数十分後に行われる武装学園の入試試験へと向かうため俺は早速、歩を進めた。


 活気しかない歓楽街。

 経済が動く光景が至るところに溢れ、雲ひとつない晴天が気分を晴れやかにする。

 実に平穏で上機嫌になれる状況だな、一部から向けられてる視線を除けば……だが。


「ねぇ何あの娘かわいい!」


「めっちゃ綺麗な娘……親は何処なのかな」


「あんな大きい剣持ってるってことは武装学園関係の人?」


「なぁあの女の子結構イケてね? お前アタックでもしてこいよ」


「いや可愛いが……アレは幼すぎるだろ。俺にそんな趣味はねぇよ」


 四方八方から放たれる様々な私情が含まれた目線を全身に浴び小声が耳に入る。

 これは所謂モテ期という奴か? 女性からも男性からも黄色い声援が飛び交う。


 いやモテ期ではないな、どっちかというと小動物を見て萌えているような声だ。

 

 確かに俺も思うにゼロ少女の見た目はかなり端正で美少女と言ってもいいくらいだ。

 しかし身長や顔立ちは十六歳という年齢に相応なほどではなく幼く見える。

 

 一応黒が基調の大人らしい服とワンサイドアップという艷やかになるらしい髪型にしているのだが……どうやら効果はないらしい。


 まぁ好意的なら何でもいいか。

 そうこうしている内に目的地である武装学園へと到着した。

 

 外観は中世時代の城のような建物であり、歴史を感じさせる佇まいをしている。

 中へと入ると広々とした空間が広がっており受付と思われる場所には少年少女達が長蛇の列を作っていた。


 あの列も全員俺と同じような入学希望の受験者達なのだろう。

 流石は国内トップクラスの人気校、倍率も相当なものか。


「やぁよろしく、お互いに頑張ろう」


「君もな、二人で勝ち上がろう」


「うわぁ緊張するな〜でも頑張らないと!」


「私もだよ! でも一緒に合格しよッ!」


 至るところで各々が青春という言葉が似合う会話劇を繰り広げている。

 受験ということで危惧していたがそこまで殺伐とした雰囲気は今のところない。

 

 不味い……所謂グループという交友関係の輪が早速生成され始めている。

 こういう学園生活で一人きりというのは酷になると本にも書かれていた。

 

 いや今はまだ気にする必要性はないか。

 まずは合格を狙う、親交など学園生活を送っていれば自然と作られるはずだ。


 そう楽観的に捉え、俺は受験票を胸ポケットから取り出し列へと並ぶ。 

 数十分もすれば順番が来ると思っていたが……何故か列が一向に動かない。


 な、何だどうなってる?

 さっきまで動いていた列は時が止まったようにピッタリと動かなくなった。

 異変を感じていたのは俺だけかと思ったが周りの受験者達もザワザワとしている。


「何だよ一体……トラブルか?」


 居ても立っても居られず俺は折角並んだ列を抜け前へと進み出た。

 すると長蛇の列の先頭には美人な受付嬢に絡んでいる三人の男がいた。


「なぁいいだろ? 少しくらい遊んでみようよお嬢さん」


「すみません……学園スタッフは受験者や在校生との個人的な関係はルールで禁じられているので」


「そんなんいいじゃねぇか、別に一回破った所で大きな話じゃねぇだろ?」


 荒く品のない剣呑な声々。

 典型的な不良のナンパ現場だ。

 ダル絡みをしている男達は見た目は悪くないが雰囲気に清潔感がない。


 きっと取り巻き二人を連れた真ん中にいる琥珀髪のチャラい男がリーダー格だろう。

 周りも見て見ぬふりをしており、俺自身も余り面倒事には巻き込まれたくないが……。


 いや待て、ここでトラブルを解決すればゼロ少女の立場を上げられるのでは?

 周りからも「凄い! ゼロちゃんカッコいい!」と思われ男女から友人も出来るはず。


 よし、ナイスな妙案だぞ俺!

 そうとなれば早速やるか。


「あの、ちょっといい?」


 頬を強く叩き気合を入れると俺は男達へと近付き声を掛けた。


「あっ?」


 案の定、不機嫌そうな声を鳴らし男達は咄嗟に俺へと振り返っていく。


「何だおま……ん?」


 だが俺の姿を見た途端、男達は仰天したように目を丸くしジロジロと身体を見始めた。

 まるで見惚れられているような、そんな視線を向けながらヒソヒソと話している。


「お、おい何だこいつ可愛くないか?」


「こいつは上等の美人だぞ……結構良くないっすか? レイドさん?」


 取り巻きの二人はゼロ少女の容姿に惚れたのか口元を抑え顔を紅潮させている。

 やはりゼロ少女の見た目は思った通り美少女だったか……これは幸か不幸なのか。


 だがレイドと呼ばれるリーダーの男は俺を見て一瞬驚きながらも直ぐに挑発するような表情で見下ろした。


「おいおいテメェらはロリコンか何かか? 悪くはないがこんなチビは射程外だろ」


 その言葉に俺もムッとなり思わず眉根を寄せてしまう。

 今さっき出会った初対面の人物に「チビ」なんて発言をするか普通?


 まぁいい、気を取り直し俺は彼らへと苦言を呈する。


「そこの人、困ってるじゃん。貴方達のせいで後ろの列も進まないし手続き終わったなら早く退いてくれる? 邪魔」


 しかし完全に舐めきっている態度でレイドは俺へと乾いた口から言葉を紡いだ。


「ハッ、ガキが随分といい態度だな? この俺様の存在を知った上でそんなことを言ってんのか?」


 存在……? 

 いや誰だ、全く知らんぞ。


 俺の目にはただ礼儀知らずの若気の至りに溢れた一人の人間にしか見えない。

 何故このような人物に対して周りは一切助け舟を出そうとしないのか。

 

「いや知らないから。誰? 常識を知らないような人間は今すぐに消えて」 


 全く臆することはせず、俺はより語気を強めた態度で口を開く。

 すると周りの取り巻きやレイドは堪忍袋の緒が切れたような顔をした。


「なっこいつ!? レイドさんに向かってなんて無礼な言動を!」


「今すぐ頭を地べたにつけて謝罪しろッ!」


 取り巻きは焦りと怒りが混じったような表情を見せ、レイドはイラつきを隠せないほどに眉間にシワを寄せた。


「おいガキ……よくもこの俺に向かってそんなことが言えるな?」


「ガキじゃない、私はゼロだ」


「名前なんて知るかよッ!!」


 すると彼は男らしい腕で俺の頬に目掛けて拳を握り振りかざしてきた。

 こいつ殴るつもりか……確かに純粋な力勝負なら相手に軍配が上がっている。


 だが、そんなテクニックの微塵もない拳をいなすことなど……容易い。 

 俺はレイドの手首を掴み軽々と捻るとそのまま身体ごと豪快に床へと叩きつける。


「ぐぶっ!?」


 透かさず背後に背負っていたゼロ少女のロングソードを抜剣し首筋スレスレに当てた。

 レイドの顔色はみるみると青ざめ剣先から彼の震えによる振動が伝わる。


 取り巻き達も目の前で起きた出来事が理解できないのか情けなく尻もちをついた。


「なっ……!?」


「ここは受験会場、貴方の欲を発散させるような場所じゃない。痴情に耽けたいのなら他所でやりなさい」


「ク、クソッ!!」


 咄嗟に剣から身を離すとレイドは首筋を抑えながら俺へと畏怖に似た目を向けた。

 フッ……決まった、初日から面倒なトラブルを華麗にズバッと解決。


 周りからも賞賛の目が向けられて。


「なっ、何してるのあの娘!?」


「正気の沙汰か!?」


「レイドに向かって剣を向けるなんてッ!」


「馬鹿なのか!?」


 ……あれ?

 何だこの状況は。


 トラブルを解決したつもりだが周りの受験者は俺へと憐れな目を向けていた。

 面倒に絡まれ困惑していた受付嬢すらも俺に唖然とした表情を見せる。


 ど、どうなってるんだ!?

 予想外過ぎる周りの反応を理解し難い中、レイドは声を酷く荒らげた。


「貴様……ウェロス家のご子息であるこの俺に向かって何て無礼をッ!!」


「ウ、ウェロス家?」


「俺の親父は貿易会社の重役を努めてるんだ! この学園でも多くに顔が利く! お前のような下賤な平民はすぐにでも退学処分に出来るんだぞ!? 今直ぐ謝れば許してやる! さぁ土下座しろチビ女ァッ!!!」


 レイドの言葉を聞いた途端、他の受験生達は慌てたように俺と距離を取る。

 全員の視線は俺とレイドの方へと注がれていた。


「えっ重役の息子?」


 つまり俺は今、学園でも影響ある人間の息子に剣を当てたってことか?

 あぁ……あぁあぁあぁなるほどね!


 つまり俺は早速やらかしちまったってことだよな、アッハハハハハハッ!


 ……ヤバっ、どうしよ。

 英雄になろうとした結果、返ってゼロ少女の首を絞め上げた現実に俺は頭を抱えた。

 


 

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